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2006年11月23日 (木)

25冊目 『ニッポンのマンガ』

マンガ大国日本。今や「マンガ」は、世界共通言語になりつつあると聞きます。なぜ日本ではここまで「マンガ」文化が発展したのかについて、『漫画の神様』手塚治虫さんの存在を抜きにして考えることは出来ません。膨大な量のコミックスが毎年刊行され、ヒット作が次々と生まれている広大な「マンガ」の世界を、「手塚治虫」という視点から俯瞰した一冊の本、それが今回紹介する、

『ニッポンのマンガ』 2006.10 朝日新聞社

ニッポンのマンガ』 2006.10 朝日新聞社

です。この本は、手塚治虫文化賞10周年を記念して、アエラムック『AERA COMIC』として刊行されました。タイトルが「日本の漫画」ではなく、「ニッポンのマンガ」となっているところに、日本に留まらない人気と広がりを得ている「マンガ」の姿が反映されていると感じました。最近、オーストリアの日本語での表音表記についての話題が出ていますが、他国でも日本通の人によって「ニホン」「ニッポン」が広がっていくのかもしれませんね。

さて、まず「手塚治虫文化賞」についてですが、どのような賞なのかについて本書から引用させていただきたいと思います。

手塚治虫文化賞とは

日本のマンガ文化の発展、向上に大きな役割を果たした手塚治虫氏の業績を記念し、手塚氏の志を継いでマンガ文化の健全な発展に寄与することを目的に、朝日新聞社が1997年に創設。その前年に発行された全マンガ単行本が対象となる。(P187)

受賞者に贈られる「アトム像」は、非常に素晴らしいデザインです。

本書を開いてすぐに目に飛び込んでくる「大賞作家 夢の競演」の文字。その看板に偽り無く、浦沢直樹さん、井上雄彦さんなど次々と人気漫画家が登場します。やはり見所は本書のために書き下ろされた5作品です。

12年ぶりの短編『月に向って投げろ!』(浦沢直樹)

ファン待望、5年ぶりの執筆『おりがみでツルを折ろう』(高野文子)

あづまSFの真骨頂『墓標』(吾妻ひでお)

ほら話的ホラー『空気のような…』(諸星大二郎)

名手の鮮やかな演出『月の夜』(谷口ジロー)

この5作品を楽しめる時点で、この本には相当な価値を感じますが、すごい内容はこれだけに留まりません。2006年9月10日(日)に開催された10周年記念イベント「マンガ未来世紀」の様子が掲載されているのですが、これがすごい。

第3部の萩尾望都さん、浦沢直樹さん、夏目房之介さんのセッションでは、巨匠「手塚治虫」「大友克洋」の存在が次世代のマンガ家に与えた影響を考えるという、非常に面白い内容でした。第1部、第2部についても見逃せない内容です。

そしてさらにすごかったのが、井上雄彦さんと重松清さんの対談。多くの読者に支持される2人の〝表現者〟。その2人が魂の部分を擦り合わせるかのようなやり取りを交わしながら、井上雄彦さんの作品について語り合う様子は凄まじかったです。ものすごく惹きつけられながら読みました。

マンガの周辺というコーナーでは、「三大週刊少年誌の部数下落」「フランスで日本マンガ争奪戦」「大人のための多メディア展開」という、3つのタイトルでコラムが書かれており、興味深く読みました。

現代マンガの見取り図となる「大人のためのCOMICナビ」では、手塚治虫文化賞が創設された1997年から2006年現在までの注目されるマンガについて、年毎に解説されていて、この10年間の流れがよく分かります。全体を通じてとにかく内容がものすごく濃いので、じっくり読むと結構時間がかかります。が、この時間は非常に有意義で、心弾むものになりました。

本書でエンディング・メッセージを寄せられているのが養老孟司さん。養老さんは、いよいよ11月25日に開館する、全国初の総合まんが博物館「京都国際マンガミュージアム」の館長に就任されます。マンガミュージアムの開館についても、非常に期待大です。

これで紹介出来たのはほんの一部です。マンガ通だという人、普段マンガをあまり読まないという人、本書を通して、広大な「マンガ」の世界を見渡す稀有な試みの立会人になりませんか。完全保存版。その名の通り、「ニッポンのマンガ」における記念碑となる一冊でした。

追記1:2006年11月24日(金)

昨日の記事を読み返してみると、すごいすごいばかりで、どうすごいのかがちっとも伝わってこないことに気づいたので、追記します。

「表現者からのオマージュ」というコーナーがあります。ここでは、これまでに大賞を受賞された作家さんへ、自らも〝表現者〟である方から贈られた文章が掲載されているのですが、これがいずれも名文、いや本心から作家・作品への敬意や愛が伝わってくる見事なものでした。

特に印象に残ったのが、作家・川上弘美さんから高野文子さんに贈られた「一瞬が心にとどまる 読みとばせない快さ」という文章でした。

まんがにしても、小説にしても、映像にしても、わたしたちはその中にある情報の多くを、「読みとばして」いる。何を「とばす」かは瞬時に頭の中で決められ、「とばされた」ものが、意識の表面にのぼってくることは、ほとんどない。とばされたものは、そこにもうないものに変化し、先に書いたように、「主人公の服装は読者であるわたしの目には記号化されて、何を着ていたとしても、結局何も着ていないのと同じことになってしまう」というようなことが、常におこなわれてゆくはずなのである。(P59)

そのように綴られている川上さんですが、高野さんの作品を読むときはそうならなかったと言います。

流れるようなコマを読みつがせる、ということと、一つのコマの中にある世界に立ち止まらせる、という、矛盾するふたつの読みかたを、すべての高野作品は可能にしつづけてきたのは確かなことなのである。(P59)

近年の高野作品において、「読みとばさせない」力は、ますます強くなっているように思う。これを書くのはさぞ力のいることだろうなあ、と愛読者であるところのわたしは素朴に感心するし、また同時に「何もないところから何かをぎゅっとしぼりだす」ということをつたないながらも行っている実作者のはしくれとしては、理念的には楽しいだろうけれど実務的にはほんに骨だろうのう、と、しみじみ思う。(P59)

川上さんの言う、「読みとばさせない」力。高野さんの作品を読みたくなりました。

「表現者からのオマージュ」は、この他に、映画監督・本広克行さんから浦沢直樹さんへ、作家・松尾スズキさんから吾妻ひでおさんへ、作家・酒見賢一さんから諸星大二郎さんへ、作家・夢枕獏さんから岡野玲子さんへの文章が、それぞれ綴られています。

そして昨日に引き続き何度でも言いますが、やっぱりすごかった井上雄彦さんと重松清さんの対談。井上さんの作品への熱い思い、情熱があるからこそ生まれる、重松さんの鋭い質問と、それに対して己の魂から返答しようとする井上さん。この二人の対談は至極のものでした。

そう、そうなんです。肝心なことを忘れていました。この記事の冒頭で「手塚治虫」という視点といっておきながら、私はそのことについて何も書いてないじゃありませんか(反省)。正確にはアニメ「ジャングル大帝」や「鉄腕アトム」(共にカラー版)が手塚作品との出会いだったと思いますが、手塚マンガとの出会いは、「リボンの騎士」でした。母が子どもの時に読んだものが家に残っていて、小学生のときに本棚から出してきて読んだ記憶があります。

余談ですが、同時期に父の持っていた「夕焼けの詩」(西岸良平)を熟読していたので、現代よりも哀愁漂う時代の好きな子どもになってしまったのでした。中学生のときに、角川文庫の「火の鳥」を毎月の小遣いから捻出して少しずつ買い揃え、時間と空間を越えた超大作に胸を躍らせていました。その後、「ブラック・ジャック」「ブッダ」「アドルフに告ぐ」などを読んだ後に、短編シリーズも読むようになったのが高校生の頃でした。「雨ふり小僧」や「るんは風の中」、大好きでした。また手塚作品のこともここで書けたらいいなと思います。

◎関連リンク◎

ニッポンのマンガ(朝日新聞社)

朝日新聞手塚治虫文化賞(asahi.com)

手塚文化賞10周年(夏目房之介の「で?」)

虫ん坊2006年10月号 読者レポート「マンガ未来世紀」(Tezuka Osamu @World)

Tezuka Osamu @World

京都国際マンガミュージアム

各国語版「ドラえもん」など収蔵、まんが博物館開館へ(YOMIURI ONLINE)

日本のメディア芸術100選 マンガ部門(文化庁)

マンガの「扉絵」、ある・なし問題(Excite Bit コネタ)

マンガ雑誌の紙、なんで色分けしてあるの?(Excite Bit コネタ)

MANGA 英語入り(ことば・言葉・コトバ)

はっちの太鼓本 太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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