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2006年11月16日 (木)

24冊目 『ぼく、ドラえもんでした。』

絵の上手い下手に関わらず、誰もが一度は描いたことがあるであろうキャラクター、「ドラえもん」。「どらえもん」と言葉を入力して変換すると、ちゃんと「ドラえもん」になります。子ども向けのマンガ連載からスタートし、テレビ放映され、一躍国民的アニメになった「ドラえもん」。その声優さんとして愛されてきたのが、ご存知、大山のぶ代さんです。今回私が紹介するのは、大山さんが26年間のドラえもんとの日々を振り返り、綴られた、

『ぼく、ドラえもんでした』 大山のぶ代 2006.6 小学館

ぼく、ドラえもんでした』 大山のぶ代 2006.6 小学館

という本です。本の装丁がとっても素敵で、大山さんの温かな人柄が伝わってくるようです。その手に抱かれたドラえもんがかわいらしく、思わず本を手に取ってみようという気になります。そして、タイトルもすごくいい。これはもう、読むしかありません。目次を見ると、

まえがき

第1章 運命の出会い

第2章 テレビ「ドラえもん」スタート

第3章 『のび太の恐竜』公開!

第4章 映画ドラえもん時代・1 ~怒涛のドラ波

第5章 藤本先生の思い出

第6章 映画ドラえもん時代・2 ~先生の蒔いた種

第7章 ありがとう、ドラえもん。

第8章 伝えていきたいこと

あとがき

となっています。本を開いて、まず始めに読者が目にするのが、「大山のぶ代グラフィティ」。大山さんの子ども時代から始まって、女優としての活躍、ドラえもんとの出会い、そして今日に至るまでの写真が飾られています。

第1章は、ドラえもんとの出会いから始まります。ドラえもんは、1970年に小学館の幼児誌・学年誌で連載が始まりました。そして大山さんがドラえもんと初めて出会ったのが、アニメのパイロット版「勉強べやのつりぼり」を見せてもらった、1978年8月だったそうです。大山さんは、ドラえもんを演じるにあたって、このように考えられていました。

二一一二年九月三日生まれのあの子は、現代から百年以上未来の世界で、人間のお手伝いをするロボットです。しかも「子守り用」ネコ型ロボットとして造られました。小さい子どもの世話をしたり一緒に遊んだり、お勉強したりするのが仕事です。

だったら、はじめからけっして悪い言葉はインプットされていないはず、と思ったんです。ちゃんとご挨拶ができて、目上の人には敬語を使って、まして相手を罵倒するような言葉なんて、絶対言わないだろう、と思ったんです。(P34-35)

この思いは、主役の「ドラえもん」「のび太」「しずかちゃん」「ジャイアン」「スネ夫」を演じる5人に共有され、そして、26年間の歴史が紡がれていったのです。原作者の藤本弘さんとの初めての出会い。そこで大山さんにかけられたのは、最高の褒め言葉でした。

「ドラえもんって、ああいう声だったんですねえ」(P39)

アニメ「ドラえもん」は1979年4月の放送開始後、ぐんぐんと人気が上昇し、1980年には映画「のび太の恐竜」が公開されます。その当時のエピソードとして、なんと「のび太の恐竜」は、リハーサル2日・本番1日で録音されたそうです。日が変わって声の調子が変わるといけないからという理由だったそうですが、まさか一日で録音していたとは知らず、驚きました。

私にとって、ドラえもんの映画を見に行った最初の記憶があるのが、1989年の「のび太の日本誕生」です。確か「ギガゾンビ」というのがいて、「アーイーアー、イオチタオー」という奇妙なまじないをしていたという、かすかな記憶が今も残っています。復活する土偶が怖かったです。以前、母に聞いたところ、初めて連れて行ったのは1987年の「のび太と竜の騎士」だったと言われました。残念ながら映画を見に行った記憶はないのですが、原作で一番好きなのは、この「竜の騎士」でした。昔から地底の国というのが大好きで、洞窟や地下に作った部屋など、わくわくしながら読んでいました。

第7章までで、ドラえもんとの出会いから、主役を演じてきた5人(大山さん曰く「ドラ一組」)が卒業するまでのエピソードが綴られています。私がもっとも印象に残ったのが、最後の第8章でした。「伝えていきたいこと」と題された第8章では、大山さんがドラえもんと出会うまでに歩いてきた道のりが記されています。

今ではドラえもんの声として、誰からも愛されている大山さんの声。しかし幼少時、そして多感な中学生の頃、その声が「良くない」と周りからいろいろと言われて辛かったときのことが語られています。

「学校へ行くのがつらい……」。大山さんが次第に学校で口をきかなくなっていく過程は、読んでいてとても辛かったです。しかし、大山さんの人生はこのまま終わりはしませんでした。お母さんに悩みを打ち明けることが出来たとき、お母さんからの言葉は、大山さんを叱咤激励するものでした。大山さんはお母さんの言う通りだと、学校で「あるクラブ」に入ります。そして、それは大山さんの未来を開く大きな一歩になったのです。

大山さんは、そんな最愛のお母さんを若くに亡くされています。辛かったこと、そして母、家族からの愛情。大山さんの温かさと愛情は、そうした出来事を内包しながら大きく育まれてきたのでしょうか。そしてそれは、「ドラえもん」を通じて、多くの人にたくさんの笑顔や温もりの波動を起こしてきたように思います。

ドラえもんが「のび太く~ん」と心配する声は、大山さんの愛情が詰まった言葉として、私の胸の中にいつまでも留まって離れません。

大山さんの人柄がにじみ出たユーモアのある文章と、ドラえもんにまつわる多くのエピソードが満載の、いろいろな思いが心に残る本でした。

◎関連リンク◎

「ぼく、ドラえもんでした。」(小学館)

インタビュー 大山のぶ代(Yahoo!ブックス)

<話題の一冊>『ぼく、ドラえもんでした。』 著者・大山のぶ代さんに聞く(NIKKEI NET)

インタビュー 大山のぶ代さん(ドラえもんチャンネル)

女優・声優 大山のぶ代さん(北海道新聞)

大人のためのドラえもん特集(Yahoo!JAPAN)

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