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2007年3月10日 (土)

35冊目 『ガラスの地球を救え』

『火の鳥』『ブラック・ジャック』『ブッダ』、10代の多感なときにたくさんの手塚作品に触れ、人間の業や苦しみを、そして生命の輝きをそこに感じたことが懐かしく思い出されます。最近では『どろろ』が映画化されて話題になりましたが、亡くなられてなお、その作品群がますます輝き続ける手塚作品に通底するものとは一体何なのでしょうか。今回私が手に取ったのは、

『ガラスの地球を救え』 手塚治虫 1996.9 光文社(知恵の森文庫)

ガラスの地球を救え』 手塚治虫 1996.9 光文社(知恵の森文庫)

という本でした。手塚作品は現在でも刊行され続けており、一体その生涯を通じてどれだけの作品を残されたのだろうかと思っていましたが、本書の「刊行によせて」によると、

昭和二十一年、十七歳でデビューして以来、ただただマンガとアニメーションに生きた人でした。マンガ七百余作品、アニメーション六十余作品、マンガの原稿総枚数はじつに、十五万枚以上にのぼります。(P3)

とありました。マンガ七百余作品とあり、いかに手塚作品の全貌を掴むことが難しいかが分かりました。しかし考え様によっては、いつまでも手塚先生の「新作」に出会い続けることが出来るともいえ、それは一読者として非常に嬉しいことです。

私にとっての手塚作品のイメージ、それは「生命の尊厳」「戦争の悲惨さ」、そして「人類の未来」。人間の光と影、その両方を自らの命をもって書き尽くされた方だという印象があります。今でも心に残っているのが未来社会を書いたあるマンガで、食べ物は栄養補給のためだけに存在していて食事を楽しむことは出来ず、空を飛ぶ鳥は絶滅してしまったために機械仕掛けのものである、という描写があったことです。そのような作品に触れたとき、私は当たり前のように目の前にあった毎日の食事の風景や、人工ではない植物や鳥の鳴き声がどれだけ素晴らしいものなのか、改めて気づかされたのでした。

手塚先生は、人類の未来について常に考えられていたようです。数ある作品の中から代表作を選ぶことは難しいですが、世代を超えて愛されている作品に『鉄腕アトム』があります。

これまでずいぶん未来社会をマンガに描いてきましたが、じつはたいへん迷惑していることがあります。というのはぼくの代表作と言われる『鉄腕アトム』が、未来の世界は技術革新によって繁栄し、幸福を生むというビジョンを掲げているように思われていることです。

「アトム」は、そんなテーマで描いたわけではありません。自然や人間性を置き忘れて、ひたすら進歩のみをめざして突っ走る科学技術が、どんなに深い亀裂や歪みを社会にもたらし、差別を生み、人間や生命あるものを無残に傷つけていくかをも描いたつもりです。

ロボット工学やバイオテクノロジーなど先端の科学技術が暴走すれば、どんなことになるか、幸せのための技術が人類滅亡の引き金ともなりかねない、いや現になりつつあることをテーマにしているのです。(P26-27)

科学技術の発展は、人類全体の未来を考えるという高い倫理観を伴なってこそのものであって、そのバランスが崩れてしまえば、手塚先生の言う「科学技術の暴走」が起こることは容易に想像できます。

日本のロボット技術の発展の背景として、「鉄腕アトム」の存在が大きかったということをよく耳にします。年々高まっていくロボットの性能を目の当たりにすると、人間とロボットとの関係は極めて今日的な課題として重要になってきていると実感します。手塚作品はその重要で難しい課題に私たちが向き合わねばならないとき、必ず多くの示唆を与えてくれると思います。以前ここで書いた山海さんも同じ心を持っていると思います。

ようこそ山海さん(2006年12月3日)

手塚作品の特徴の一つとして、魅力のある悪役の存在を挙げることが出来ます。もしも勧善懲悪のストーリーばかりであったなら、作品の厚みも深みもこれほどまでに豊かではなかったことでしょう。本書の、「〝悪〟の魅力」「負のエネルギー」という項目で手塚先生が述べられている、人間の「善」と「悪」の二面性についての認識と、自分自身を関連させた話は非常に面白かったです。

本書を読み進めていくと誰もが必ず気づくはずです。いかに手塚先生が「子どもたち」のことを考え、人類の未来を憂えていたのかを。手塚先生の子ども時代の経験、そして悲惨な戦争体験が本書でも語られていますが、それらはすべて、未来を築いていく「子どもたち」に向けて必死で「思い」を伝えようとしてのものであることが分かりました。もちろん、手塚作品にもその思想は通底しており、そこから気づくことも多いのですが、こうして文章となって直接的にその「思い」が語られると、手塚作品を支えてきた土台とも言うべき巨大なエネルギーの源を見た思いがしました。

本書のタイトル『ガラスの地球を救え』には、副題として「21世紀の君たちへ」という言葉が添えられています。人類の未来を憂えながら、21世紀を生きることが出来なかった手塚先生、その「思い」を21世紀に生きる私たちが学び、受け取ることは手塚先生が喜ばれることなのではないかと思います。

昨秋、NHKで「ラストメッセージ」という番組が放送されて、その第一集には手塚治虫さんが選ばれていました。非常に素晴らしい内容で心に残っていたのですが、3月11日(日)の24時40分(12日(月)の0時40分)から再放送されるそうです。まだご覧になっていなければ、ぜひこの機会にご覧になられることをオススメします。(関係者じゃありません…汗)

◎関連リンク◎

ガラスの地球を救え(光文社)

ラストメッセージ 第1集 「こどもたちへ 漫画家・手塚治虫」(NHK)

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