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2007年3月 7日 (水)

34冊目 『となり町戦争』

「戦争」について考えることなんてずっと忘れていた気がする。いや、果たして本当に「戦争」について考えたことなんてあっただろうかと自分自身に問う。遠い世界の出来事よりも、リアルな日常生活の方が大切だったし、それに向かうのに必死だったというのも事実だ。考えるきっかけはどんな形でもいい、私が手に取ったのは、

『となり町戦争』 三崎亜記 2006.12 集英社(集英社文庫)

となり町戦争』 三崎亜記 2006.12 集英社(集英社文庫)

という本でした。

「僕」、北原修路は舞坂町に住んでいますが、それは車での通勤に条件が合うアパートがあったからという理由だけで、この町のことはほとんど知りません。

となり町との戦争がはじまる。そのことを知ったのは『広報まいさか』に載った小さな記事によってでした。通勤時にとなり町を通るため、開戦日だというその日、何が起こるか見当がつかないので早めに家を出た「僕」。となり町との境が近づき、不安と好奇心でハンドルを握りなおしたものの、となり町に入っても特に変わった雰囲気は感じられず、そうして何事もないまま日々は過ぎていきました。そんなある日、何気なく見た『広報まいさか』の町勢概況に「僕」の視線はくぎ付けになりました。

「戦死者十二人?」

戦争は確実に始まっていたのです。変わりのない日々の中、「僕」のもとに舞坂町役場から「戦時特別偵察業務従事者の任命について」の知らせが届きます。さらに、役場のとなり町戦争係の香西さんから辞令交付についての電話があり、「僕」はこの戦争の行方を知ることができるのならと、任命を受けることにします。確実に増えていく戦死者の数、しかし「僕」の目には戦争が見えず、何も分からないままでした…。

「ただぼくには、この町がやっている戦争ってものがまったく見えてこないし、いったい何のために戦っているのかも見当がつかないんですよ」

「戦争というものを、あなたの持つイメージだけで限定してしまうのは非常に危険なことです。戦争というものは、様々な形で私たちの生活の中に入り込んできます。あなたは確実に今、戦争に手を貸し、戦争に参加しているのです。どうぞその自覚をなくされないようにお願いいたします」(P46-47)

私は「僕」の気持ちをなぞりながら、この戦争の分からなさ、見えなさに一緒になって戸惑うばかりでした。香西さんは、なぜここまでこの戦争を「理解」出来ているのか、そしてなぜこの戦争を「拒否」しないのか。「僕」の周りの人々はこの戦争のことを「分かっていて」、「見えている」。「戦争」のことが何も分からず、見えない「僕」が逆に世界の中で浮いてしまっている。これまで同じ時代を生きていたはずの人々との間に認識や考え方の違いが確実にあったことを「僕」は理解します。

私には香西さんの存在自体が最後まで分かりませんでした。その口から出てくるのは「業務」「手続き」「運営」「事業」といった役所言葉が並べられた「戦争」についての説明であり、その行動はきちんと規則に則りながら、業務をこなしている。時折見せる人間らしさがあるのなら、なぜこの状況を肯定していられるのか。この分からなさが、静けさの中にあるとんでもない恐怖とでもいえる感情となって、「となり町戦争」を包んでいるような気がしました。

「分からなさ」に答えを与えてくれる人がいない以上、「僕」は、そして読み手である私は、自分自身でこの「戦争」を考えていくよりほかないのです。「見えない=存在しない」ことなのか、この「戦争」は必要悪として肯定されるべきものなのか、いや、そもそもこれは「戦争」なのだろうか。

この複雑化した社会の中で、戦争は、絶対悪としてでもなく、美化された形でもない、まったく違う形を持ち出したのではないか。実際の戦争は、予想しえないさまざまな形で僕たちを巻き込み、取り込んでいくのではないか。その時僕たちは、はたして戦争にNOと言えるであろうか。自信がない。僕には自信がない。(P92)

本当に始まったのか分からなかったとなり町との戦争は、本当に終わったのか分からないまま終わりを迎えます。この「戦争」が分からなかった「僕」にとって、確かだったのは香西さんとのつながりでした。

「だけどぼくは、香西さんまで、『いつのまにか』失いたくはないんだ。この、何もわからない戦争の中で、香西さんと一緒にいられたこと、香西さんと過ごした毎日、香西さんの笑顔、それだけがぼくにとってのかけがえのないものだったんだ」(P220)

「失うことの痛み」、はじめて「戦争のリアル」を感じた「僕」。

「これが、戦争なんだね」「これが戦争なんです……」(P223)

あることが「分かる」ということは、言い換えればそれをもって、あることについての思考を止めてしまうことと言えるのかもしれません。

「分かる」とスッキリするし、気持ちがいい。しかし私は、そのスッキリとした気持ちになりたいがために、「分かった」つもりになって、自らを思考停止に陥らせ続けることを成長とみなしてきたのではないかと思えてきました。

「分からない」ままの、このスッキリしない読後感は、私が「スッキリ」よりも「分かろう」として「分かりたい」として、再びなのか初めてなのか、いずれにせよ思考し始めた証であると信じたいと思います。

文庫版の目次を紹介すると、

第1章 となり町との戦争がはじまる

第2章 偵察業務

第3章 分室での業務

第4章 査察

第5章 戦争の終わり

終章

別章

となっていて、最後の別章は、文庫版だけの特別書き下ろしサイドストーリーです。この別章は「となり町戦争」本編とは、出来事でも登場人物でも関連しあっているのですが、ここで登場する西川チーフの言葉は香西さんの言葉とも通じるものがあって、地域活性事業としての戦争を理路整然と説くその姿に、私はある種の怖さを感じました。

「となり町戦争」は、『北原修路』役を江口洋介さんが、『香西瑞希』役を原田知世さんが演じて映画化され、現在公開中です。が、公開している映画館が少ないので、観に行きたいのですが難しいかなぁ…。

そして検索中に知ったのですが、小説すばるの2007年3月号で「戦争研修」と題した「となり町戦争」のスピンオフ作品が掲載されているそうです。単行本を発刊した後、別章、そして「戦争研修」を発表するというのは、作者の三崎さんがこの作品に強い思い入れがある表れではないでしょうか。集英社のサイト上では、三崎さんのメッセージを聞くことが出来ます。

「あなたはこの戦争の姿が見えないと言っていましたね。もちろん見えないものを見ることはできません。しかし、感じることはできます。どうぞ、戦争の音を、光を、気配を、感じ取ってください」(P122)

◎関連リンク◎

三崎亜記『となり町戦争』(集英社)

第17回「小説すばる新人賞」受賞作品『となり町戦争』(集英社)

となり町戦争(角川映画)

となり町戦争(舞台)

小説すばる 2007年3月号目次(集英社)

となり町戦争(WEB本の雑誌)

[気鋭新鋭]三崎亜記さん(YOMIURI ONLINE)

となり町戦争 [著]三崎亜記(asahi.com)

映画ひとこと百言 「となり町戦争」(MSN-Mainichi INTERACTIVE)

・『失われた町』 三崎亜記 2006.11 集英社

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