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2007年5月26日 (土)

36冊目 『遅読のすすめ』

電車で通勤するようになって、自分の読書生活に大きな影響がありました。片道1時間弱ほど電車に揺られている間、朝晩の読書の時間を確実に得ることが出来るようになったので、本棚に眠っていた本を起こしては読み、起こしては読み…という毎日を過ごしています。時には読書に浸りすぎて、下車駅にすでに着いていて慌てて降りたり、涙腺が緩んで出社前に感傷的になったりすることもありますが、すごく充実した時間を得ることが出来てとても満足しています。

人それぞれに自分の読書スタイルというものがあると思いますが、私にはこの人はどんな読書スタイルなのだろうと気になっている人がいました。それは山村修さんで、今回紹介するのは山村さんの読書スタイルが垣間見られる、

『遅読のすすめ』 山村修 2002.10 新潮社

遅読のすすめ』 山村修 2002.10 新潮社

という本です。まず目次を見てみると、

1章 ゆっくり読む

2章 幸福な読書

3章 暮しの時間

4章 大食いと多読

5章 読書の周期

6章 本を手にして

あとがき

となっています。

山村さんの読書は、数をこなすといったスタイルとは正反対に、1冊の本を本当にじっくりとかみしめ、そして味わうというものだったようです。本を読むという行為に対する真面目さ、そして何よりも愛や情熱、喜びといった思いがひしひしと伝わってきました。

本のタイトルにもあるように、『ゆっくりと読む』ということ、そのことがもっと大切にされ、肯定されていいのではないかと、山村さんは多くの本の一節を引用しながら読み手に語りかけます。

読みかたはたいせつだ。書き手が力をつくして、時間をかけて、そこに埋めこんだ風景やひびきをとりだしてみるのは、ちょうど熟して皮がぴんと張りつめたブドウの一粒を、じっくり味蕾に感じさせてみるようなものだ。

忙しい暮しのなかで、ゆっくりと本を読むのはあんがいむずかしい。しかしブドウのみずみずしい味わいは、食べかた一つにかかっている。おなじように、読みかた一つで本そのものがかわる。快楽的にかわる。この本ではとくにそのことを書きたかった。(P169)

私にも思い出に残る本との出会いがこれまで何度かありました。その出会いは本の一節や印象的な場面を伴って、自分自身の肉となり血となって、いつまでもその輝きを失わないように思えます。ただし、その場面を本当に当時感じたように味わうためには、階段を一歩一歩上がっていくように、もう一度初めから通読してそこに再び辿り着くことが必要な気がします。端折ってしまうと、その輝きも鈍いものになってしまうのではないかと私は思っています。

本書で、三橋敏雄さんの、

かもめ来よ天金の書をひらくたび

という俳句に山村さんが出会ったエピソードが綴られているのですが、私もこの句がとても気に入って、忘れられないものとなりました。

山村さんは昨夏、56歳という若さで逝去されました。山村さんがどのように本と出会い、そしてその時間を大切にされてきたのか。

本を読むということについて、たくさんの喜びと愛情がつまったこの本は、私にとって座右の一書というべきものになりそうです。現在手に入れるのが難しく、私も図書館で借りて読みましたが、一読者として願わくば、新潮文庫化されてたくさんの人の手にされる日が来ることを望みます。

本はゆっくり読む。ゆっくり読んでいると、一年にほんの一度や二度でも、ふと陶然とした思いがふくらんでくることがある。一年三百六十五日のうち、そんなよろこびが訪れるのは、ただの何分か、あるいは何秒のことに過ぎないかも知れない。それでも、速く読みとばしていたなら、そのたった何分、何秒かのよろこびさえ訪れない。(P9)

◎関連リンク◎

・『“狐”が選んだ入門書』 山村修 2006.7 筑摩書房(ちくま新書)

・『書評家〈狐〉の読書遺産』 山村修 2007.1 文藝春秋(文春新書)

はっちの太鼓本 太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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コメント

普段は時間に追われた感があり、専ら速読チックな自分がおり、
こんな真逆の『遅読』があったなんて!と、思いました。

趣味で読む本は、慌てず、噛み締めて読みたいものですね。

投稿: 転職営業マン | 2007年5月29日 (火) 01:08

転職営業マンさん、コメントありがとうございます。

私は普段から本を読むのに時間がかかって、それは印象に残った部分を書き写したり、きっちりと理解しながらでないと先に進めないという性格からでもあるのですが、もっと早く読めたらたくさんの本と出合えるのになぁとずっと思っていました。

しかし本書で山村さんは、『遅読』、すなわちゆっくりと読むことがいかに本との邂逅を素晴らしいものにするかということを述べられていて、自分自身の経験からも、あぁそうだなぁと思ったのです。

世の中に本好きの人はたくさんいますが、こういう主張をされた方がいたことは素敵なことだなと思い、わたしもこの本をゆっくりと一文一文かみしめながら読みました。

投稿: 朔風はっち | 2007年5月29日 (火) 22:58

時々のぞかせて頂いてました。
この「遅読のすすめ」はとっても心に残ったので、早速、図書館に予約し、昨日読み終えたところです。
本当にとても良い本でした。目から鱗がばんばん落ちました。(笑)
これから本と向かい合う姿勢ことの意味が、小さい時のように
わくわくと、ゆっくり楽しめると思います。
また、良い本の紹介、楽しみにしています。

投稿: こーこ | 2007年6月 7日 (木) 15:14

こーこさん、コメントありがとうございます。

『遅読のすすめ』の頁を繰りながら思ったのは、この本にはなんていっぱい喜びがつまっているんだろうということでした。たくさんの本から引用されて紹介されていた一つひとつの文章と山村さんとの出会いを思うと、その出会いの場面の感激が伝わってきて、自分もそんな言葉や文章との出会いが出来てきただろうかと考えさせられました。

この本では、説教くさくゆっくり読むことが大事だぞと伝えるのではなく、ゆっくり読むことで分かったこと、感じたこと、出会ったこと、その喜びが文章いっぱいに溢れていて、読みながら自分も本との出会いを大切にしたいな、ゆっくり読むのっていいもんだなと心から思いました。

うちは更新もゆっくりですが、記事を書くときは結構ああでもないこうでもないとじっくりと考えながら書いています。こうして自分の出合った本のことを書いて、コメントを頂けるのは本当に嬉しいことです。これからもそんな本との出会いを書いていきたいなと思います。

こーこさん、またぼちぼち眺めてやってくださいませ。

投稿: 朔風はっち | 2007年6月 7日 (木) 21:41

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