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2007年6月16日 (土)

38冊目 『さよなら、スナフキン』

なんだか居心地が悪い。場所に対してなのかそれとも人に対してなのか、それは分からないけれど。

自分の場合、どちらかというと人との関係で居心地の悪さを感じることが多いです。一対一だと全く問題ないんですけど、その人が集団の中にいるとなんだか話しづらいんですね。集団を前にすると、自分が浮いてしまったように思えてきて、自分ひとり対自分以外みたいな構図のなかに放り出されたように感じてしまうのです。

そんなわけで、その感覚は場所が変わったところでリセットされるものでもなく、生きていく中で人も場所も入れ替わり続けながらも、あぁまたあの居心地の悪さが巡ってきたなと、まるで季節の訪れを敏感に感じとるのと同じように、今もまたどこかの瞬間でそれを感じながら生きています。そんなことを思いながら手に取ったのではなかったのですが、今回紹介してしまうのは、

『さよなら、スナフキン』 山崎マキコ 2006.5 新潮社(新潮文庫)

さよなら、スナフキン』 山崎マキコ 2006.5 新潮社(新潮文庫)

という本です。タイトルにつけられているスナフキンとは、そうです、ムーミンシリーズに登場するあのスナフキンです。とはいえ、ムーミン谷に連なる物語ではなく、ましてや「にょろにょろ」が登場するなんてことは一切ありません。スナフキンは一体どんな思いをもって行動し、生きているのか、そのことと本書の主人公である大瀬崎亜紀はどう関係していて、そして彼女はどう変化していったのか、ということが本書のタイトルに集約されているように思えました。

この物語は、

第一章 リセットしちゃう勇気すらなく

第二章 月の明るい夜だった

第三章 物事に立ち向かわなくても、明日は来る

という三章立てになっているのですが、第一章が自分にはものすごくツボで、何度も思わず笑いがこぼれてしまい、人前で読まなくてよかったと思いました。

主人公の大瀬崎亜紀は最初の大学で行き詰まり、今は二度目の学生生活を送っているのですが、またしても行き詰まろうとしています。正直そんな彼女の姿があまりにも身近に感じられて、一気に物語の中に引き込まれました。

大瀬崎は現実のちょっとした出来事から、最悪の状況に至るストーリーを思い浮かべては、それにつぶされそうになるという、ものすごい飛躍的な連想の能力をもっています。第一章では、大瀬崎の心の声が『()書き』で文章中に大量に出現しています。それは自分の中のもう一人の自分の声で、専ら大瀬崎を追い込むほうへ言葉を投げかけてきます。しかしそれがシリアスに思えないのは、あまりにもマイナス思考に物事を飛躍させているために、逆に笑えてきてしまうからなのです。

この第一章では自分と重なる場面がいくつもあって、分かるなぁと思ったり、感心したりしながら一気に読みました。ダレきった自分と生活を変えたいと動いてみる、働いてみるという場面は、自分も全く同じことをしたことがあったので、とにかくこの先どうなるのかとワクワクしながら読みました。この第一章で、大瀬崎がスナフキンに何を見ているのかを知ることができる場面があります。

わたしはたぶん、この世のどこかでスナフキンに出会いたいのだ。わたしは友達感覚でお互いに「どうしよう」と言いあうのではなく、私よりずっと広い世界を知っている誰かに心配されてみたかった。この子がお腹をすかせたらどうしようと胸を痛めて欲しいのだ。きみは心配されるに値する、かけがえのない人間だよと告げてほしいのだ。冷たくしているのはそぶりだけで、心のなかではとてもわたしを愛している――そんな存在と出会いたいのだ。(P67)

かくして大瀬崎はある会社で働き始めることになるのですが、話は思わぬ方向へ加速していきます。第二章に入ったとき、彼女のあまりの変化というかはじけっぷりに、ここから後は実は夢の中の話で、物語の終盤に目が覚めるんじゃないかと思ってしまったり。正直、第一章の彼女の悩みっぷりに共感して面白く感じていたので、第二章はややもの足りなく思いました。しかし、彼女が幸せと居心地のよさを感じていた世界は無理を重ね続けた生活の中でやがて行き詰まってゆき、終わりを迎えます。そして物語は第三章へ。

『ありのままの自分』という言葉は美しくもあり、しかし時として残酷でもあります。社会へ出ると、自分でも無理をしているなと感じずにはいられない場面がたくさんあります。うまく言葉に出来ないのですが、無理してるんやっていうことを表立って誰かと共有出来てもいいかもしれないなって思います。出来んかってもいいけど、出来てもいいな。それは出来「たら」いいな、とはちょっと違う今の正直な気持ちです。共有は自分ひとりでは出来ないですからね。

大瀬崎は最後に、自分の言葉で自分の思いをちゃんと語りました。そんな彼女を応援したくなりましたが、いつしか彼女はスナフキンを「待つ」だけの存在ではなくなっていました。逆転して、実は読み手の自分があれほどまでにマイナスに思考を飛躍させていた彼女に励まされていたのかもしれません。成長は自分なりのペースでいいんだよね、大瀬崎。

◎関連リンク◎

さよなら、スナフキン(新潮社)

山崎マキコの時事音痴(日本の論点PLUS)

ダ・ヴィンチ 2005年12月号(WEBダ・ヴィンチ)

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コメント

この作品、webコラムで連載してる時、衝撃的におもしろかったです。もうほんとに待ちきれないぐらいにツボにはまりました。そう、第1章あたりですかね。大瀬崎があまりにもなさけなくって。
2章あたりから、ちょっとダラダラして、お〜〜い、がんばれぇ・・なんて冷や冷やしながら応援してましたが、最後はキレイに纏めてくれたのでホッとしたものです。
ただの1ファンでしたけど、大瀬崎に何とか幸せになって欲しかったので。それだけ感情移入できた、作品もめずらしいかな。

投稿: こーこ | 2007年6月18日 (月) 10:16

こーこさん、こんにちは。

第一章で大瀬崎が、このままじゃダメだ、動かなきゃと決心して、相変わらず飛躍し続けるマイナス思考と格闘しながら、ものすごい行動力と決断力を発揮して、一気に働き口を見つけるシーンが私は一番好きです。

開き直りじゃないですけど、今日やってみなかったらもう今度いつ出来るか分からないぞ、っていう日が自分にもあったなって思い出しながら読みました。

物語のラストに向けて、大瀬崎を異世界の住人にしてしまうことなく、この世界のどこかで私たちと同じように生きている一人の等身大の女性として、悩みながらも自分のペースで生きていこうとしている姿を書かれた著者の山崎さんはすごいなと思いました。随所に挟み込まれた笑いにもかなりはまりました。

投稿: 朔風はっち | 2007年6月18日 (月) 21:36

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