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2007年8月11日 (土)

48冊目 『幸福な食卓』

今日は学生時代からの親友と連れもって遊びに出かけてきました。途中、立ち寄った書店で、「最近読む本が不思議と高校生活ものが多いんよ、やっぱりあの時分に思い残しがあるんかなぁ」と、私は素直な心情を吐露したわけですが、今回紹介するのも主人公が中高生の時間を生きている、

『幸福な食卓』 瀬尾まいこ 2007.6 講談社(講談社文庫)

幸福な食卓』 瀬尾まいこ 2007.6 講談社(講談社文庫)

という本です。

「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」(P6)

物語を読み進めるうちに、インパクトのあるこの書き出しこそ、物語全体を貫く大きなテーマを象徴しているということに気づかされます。

中学生の佐和子は、父と直ちゃん(兄)と三人で暮らしており、母は離れた場所で暮らしています。父さんを辞めた父さん、元天才児の兄、そして家を出た母。家族はかくあるべきという型を失っても、「家族」としてその生活をそれぞれが受け入れている佐和子の一家。

私たちはとても優しい家族だ。父さんを辞めるなんていう厄介な申し出もそれなりに受け容れる。私も不安定な反抗期の情緒をうまく操っている。

直ちゃんにも私にも、思いやり深い父親と母親の性分が遺伝しているのかもしれない。だけど、それだけじゃない。私たちは努力をし、いたわり合い、尊重し合い一緒に暮らしている。(P11)

一見新しい家族の形を提示しているかのように思えた佐和子の一家ですが、そこに至るには直視できない痛みを伴った家族の悲しい出来事があったことが明らかになってきます。それぞれの複雑な思いは表立って語られることもなく、佐和子たち一人ひとりの胸の中で、もやもやと堆積し続けているように思われました。

佐和子、父、兄、母、それぞれがそれぞれの人生を生き、そんな家族の形がいつまでも続いていくかと思われましたが、佐和子の家族と結びつき始めた新たな人間関係、それらの人々をゆっくりと巻き込みながらやがて家族の形を見直さざるを得ない出来事が起こります。

正直、一読者としてその展開はあかんやろと思わず口に出してしまった私ですが、その出来事が佐和子の「家族」が再生していく重大なターニングポイントになったことも理解でき、この物語にとってはある意味悲しいまでに必然だったのかもしれないと思いました。でも、佐和子に悲しい思いをしてもらいたくなかったという気持ちもすごく大きかったのが本音です。

あまりにも大きな悲しみに襲われた佐和子の存在は、父、兄、そして母にこれまでの、そしてこれからの生き方を問わせながら、「家族」としてどう寄り添えるのかという方向へ向かっていきました。父さんを辞めると宣言した父さん、時を経てその宣言の答えがP261で語られます。

果たして自分はどんな「食卓」についてきて、どんな「食卓」を築いていくのか、築いていけるのか、そんなことを考えた物語でした。

◎関連リンク◎

幸福な食卓(講談社)

幸福な食卓

14冊目 『図書館の神様』(2006年6月16日)

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『幸福な食卓』 講談社(瀬尾まいこ応援BLOG!)

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今日は台風直撃の為、帰宅命令が出された為、珍しく早帰りであ~る♪ そして今回も全 [続きを読む]

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