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2007年10月21日 (日)

54冊目 『カラフル』

本当に長かった残暑から一転、ようやく気温も平年並みに落ち着いてきました。見上げれば高い空にはいわし雲が流れており、秋の澄んだ空気を胸いっぱいに吸いこんで新鮮な気持ちで毎朝出勤しています。

…が、電車に揺られながら読書に耽っていると、いつの間にやら睡魔に襲われていて、駅に到着したときの揺れで窓ガラスに頭をゴンッとぶつけて目が覚めることも。同じようでありながら少しずつ変化し続けている日常を感じながら私が手にしたのは、

『カラフル』 森絵都 2007.9 文藝春秋(文春文庫)

カラフル』 森絵都 2007.9 文藝春秋(文春文庫)

という作品でした。森さんの作品では以前、『永遠の出口』を読んでとても良かったので、今回も楽しみにしながら読み始めました。

死んだはずの「ぼく」、その魂がどこかへ流されていた時、プラプラという名の天使に呼び止められるところから物語は始まります。プラプラによると、「ぼく」は大きなあやまちを犯して死んだために、通常ならもう二度と生まれ変わることができないが、抽選に当たって再挑戦の機会を得たというのです。「ぼく」はこれから下界にいるだれかの体に「ホームステイ」し、前世で犯したあやまちの大きさを自覚することができれば、再び輪廻のサイクルに復帰できる、ということでした。

気がつくと、「ぼく」は小林真という服薬自殺をはかった中学生として病院のベッドに横たわっており、真の周りには初めて見る両親と兄の姿があったのです。

わからないのは、こんないい家族に恵まれて、なんだって真は自殺なんてしたんだろう、という点だった。(P18)

最初はそう思っていた真でしたが、下界でのガイド役であるプラプラに、自殺する前に真の身の回りで何が起こっていたかを聞き、そんな家族の印象も大きく変わってしまうのでした。

真として生きることになった「ぼく」は、それまでの真に縛られずに、自分がやりたいように行動を起こしていきました。他人の人生を借りて生きているという意識、それは真と真を取り巻く人々のことを客観的に見ることができる「ぼく」が、真の代わりにしたいことをし、家族に本音をぶつけるという行動につながったのです。

家族に対して抱いていた不信感は、本音をぶつけ合う中で少しずつ変わっていき…。

ぼくのなかにあった小林家のイメージが少しずつ色合いを変えていく。

それは黒だと思っていたものが白だった、なんて単純なことではなく、たった一色だと思っていたものがよく見るとじつにいろんな色を秘めていた、という感じに近いかもしれない。(P178-179)

真の体を借りて生きる「ぼく」は、果たして前世でのあやまちに気づくことができるのか。「ぼく」と一緒に考えていた私は、「ぼく」と同時にすべてが理解できたのでした。

分かったと思っていたことなんて、本当は何も分かっていなかった。自分自身が単色ではなく複雑な色が組み合わさって出来ているということを知っているのなら、身の回りの人々についても同じように言えるという当たり前のことにどうして気がつかなかったのか。

『カラフル』は、「私」がこうして見ているこの世界が、より豊かで鮮やかな色で満ちているということを教えてくれた素敵な作品でした。

◎関連リンク◎

カラフル(文藝春秋)

44冊目 『永遠の出口』(2007年7月25日)

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