« 56冊目 『ためらいもイエス』 | トップページ | ブックBookマーク »

2008年2月17日 (日)

57冊目 『脱出記』

「歩く」ということの可能性。

より速く、より容易に移動できるように人類は時代とともに移動手段を発達させ続けてきました。生まれたときからその快適さや便利さを享受している私たちがもしも今、何の道具も交通も持たずにこの大地に立ったとしたら?どうしても目的地に行きたい私は、おそらく歩き始めるでしょう。いつかそこに辿り着ける可能性を信じて。

もしも○○だったらと考え、そしてそれを述べるということは、あくまで私の頭の中の出来事にすぎませんが、人類が経験してきた多くの時間と空間の中で、「歩く」ということがまさに命を切り開いてきた、ということを教えてくれるひとつの歴史と私は出会いました。今回私が紹介するのは、

『脱出記』 スラヴォミール・ラウイッツ 2007.11 ヴィレッジブックス

脱出記』 スラヴォミール・ラウイッツ 2007.11 ヴィレッジブックス

という本です。

この歴史の「証言」は、ラウイッツが尋問と拷問を受けているところから語られ始めます。第二次世界大戦のさなか、スパイ容疑でソ連当局に逮捕されたポーランド陸軍のラウイッツ(当時二十代半ば)。

無実にもかかわらず、罪を認めるよう迫られ続けた監獄での日々。やがて始まった裁判により、ラウイッツは強制労働25年の刑を言い渡され、シベリアの強制収容所へと送られることになります。

シベリアへの旅路は壮絶なもので、貨物列車にぎゅうぎゅう詰めにされ輸送された挙句、今度は苛烈な徒歩での移動が始まり、強制収容所に着くまでに、何人もの受刑者が命を落としていきました。

収容所での日々の中で、ラウイッツは様々な出会いを果たし、この収容所を脱出することを考え始めます。そして脱出計画に賛同し集まった6人の仲間とともに、その日に向けて工夫して準備した装備をもってついに脱出し、一路南を目指して、あまりにも長く過酷な旅をまさに言葉通り「歩み」はじめたのでした。

極寒のシベリア、モンゴルの大草原、灼熱のゴビ砂漠、そしてヒマラヤ越え…。

ただでさえシベリアへ輸送されてくるまでに、各人が体力を奪われ体に傷を負い、そして不十分な装備しかないまま始まった脱出の旅。それは人間が極限まで追い詰められ、しかしそれでもなお生きることを、自由を、何よりも人間としての尊厳を諦めなかったからこそ、確かに刻まれた人類の命の刻印ともいえる旅だったのではないでしょうか。

道中に起こった最初の悲劇に、私は呆然とし、この自由への道程をどこかで「物語」として消費しようとしていた自身の認識の甘さに気づかされました。脱出することが目的ではなく、もう一度自由の身になるために始まった旅は、本当に命がけの、しかも何の保障もない、毎日が死と隣り合わせの逃避行だったのです。

過酷な旅の途中、彼らは行く先々の土地の住民と交流しています。それは旅の醍醐味的な位置づけのものではなく、まさに生死の境を彷徨っている彼らにとって、食糧を獲得するための重要な機会でした。極限にあっても、言葉が思うように通じなくても、人間同士が分かり合い、分かち合おうとする場面一つひとつに、温かさを感じずにはいられませんでした。

旅の行き着いた先を見届けたあと、この冒険譚が私たちの生きている時間軸を少しだけ戻ったところに確かにあったことを思いながら、地球上のどこかで今も眠り続けている彼らの安息を祈ることしか出来ませんでした。

本書『脱出記』が、自由のために生き、そして死んでいった、すべての人々を思い出すよすがとして、また、さまざまな理由から、みずから声を発するわけにいかなかった人々の記念として、末永く残るように私は望みます。私はこの物語を、いま生きている人々への警告として、また、より大きな善に対する道義をわきまえた判断の一例として、書かないわけにいかなかったのです。

一九五六年二月

ロンドンにて

スラヴォミール・ラウイッツ(P6)

◎関連リンク◎

脱出記(Sony Magazines CATCH BON!)

脱出記(WEB本の雑誌)

・『ラオスからの生還』 ディーター・デングラー 1994.1 大日本絵画

・『ヒマラヤのスパイ』 シドニー・ウィグノール 1997.12 文藝春秋

☆トラックバックさせて頂いた記事☆

● 脱出記 スラヴォミール・ラウイッツ(本を読んだら・・・by ゆうき)

|

« 56冊目 『ためらいもイエス』 | トップページ | ブックBookマーク »

」カテゴリの記事

文庫」カテゴリの記事

戦争・平和」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 57冊目 『脱出記』:

« 56冊目 『ためらいもイエス』 | トップページ | ブックBookマーク »