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2008年5月31日 (土)

60冊目 『光の帝国 常野物語』

果たして「彼ら」は実際にいるのか、いないのか。私は知らない。

いや、忘れているだけなのかもしれない。

今回私が手にしたのは、

『光の帝国 常野物語』 恩田陸 2000.9 集英社(集英社文庫)

光の帝国 常野物語』 恩田陸 2000.9 集英社(集英社文庫)

という本でした。

物語は、「常野(とこの)」をルーツに持つ人々が、それぞれの時代や境遇の中にあって、その生き様を少しずつ垣間見せてゆく、短編の連作集として構成されています。

彼らは、それぞれが秘めている特殊な能力に時に戸惑い、時に使命を自覚しながら、生きていこうとしています。

「常野」と言うのは、地名なのかと思っていたが、その一族の総称でもあるらしい。いろいろな特異な能力を持っていたが、極めて温厚な、礼節を重んじる一族だったという点では話が一致している。そもそも「常野」というのも、常に在野であれという意味らしい。権力を持たず、群れず、地に溶け込んで、という主義だというのだから、随分スマアトな連中じゃあないかね。(P103-104)

物語は、

大きな引き出し

二つの茶碗

達磨山への道

オセロ・ゲーム

手紙

光の帝国

歴史の時間

草取り

黒い塔

国道を降りて…

という10の短編から成り立っていますが、それらは少しずつ関連しており、物語を読み進めていくごとに、次第に「常野」の姿が浮かび上がってきます。

最初の短編「大きな引き出し」を読み始めた私は、早くも「常野」の人々の物語に引きずり込まれていきました。春田光紀は小学校四年生の少年。彼が普通の子どもと違っていたこと、それは彼ら一家が「しまう」ことが出来たということでした。

「あの子、今苦しい時だと思うよ。自分のしてることに疑問を持ってる時期なのよ。『しまう』のは早くなったけど、まだ『響いて』きてないの」(P16)

常野の人々が持つ能力は、私たちがよく使う言葉で表現されながらも、その能力は大きな謎に満ちています。彼らの能力は一体何のために備わっているのか。光紀も自分に備わった能力、級友たちと自分との違いに気付きながら納得がいかない様子でしたが、あることをきっかけに自分の役割を自覚させられるような出来事がおこります。光紀の目覚めた能力がそのように使われたことに、こちらにもじ~んと胸に「響く」ものがありました。

表題作となっている「光の帝国」は連作の中でちょうど真ん中にありますが、実際、常野を語る上で極めて重要な人物である「ツル先生」が中心に据えられて語られていることもあり、短編の中でも非常に印象的な物語となっています。

――やがては風が吹き始め、花が実をつけるのと同じように、そういうふうにずっとずっと前から決まっている決まりなのだ。僕たちは、草に頬ずりし、風に髪をまかせ、くだものをもいで食べ、星と夜明けを夢見ながらこの世界で暮らそう。そして、いつかこのまばゆい光の生まれたところに、みんなで手をつないで帰ろう。(P121)

私が一番印象に残ったのは、「歴史の時間」で矢田部亜希子と春田記実子が語りあう場面でした。

記実子が続ける。

「あたし、古臭い言葉だけど『継続は力なり』って言葉好きなの。あれは本当だと思うわ。ずうっと続けなくちゃ。いろいろ試して、試して、試し続けなくちゃ。ちょっとやってみただけで、いったい何が分かるっていうの?みんなで長い長い時間の先を目指して、ずっと歩き続けなくちゃいけないの。でないとあたしがここにいる意味ないもの」

「意味?意味なんて必要なのかなあ。生きてる意味なんか考えるから、みんな不幸になっちゃうんだよ」

亜希子は思わずむきになっていた。記実子がふわりと笑う。

「あれ、さっき言ってたことと矛盾しない?毎日の平凡な繰り返しが嫌なのは、矢田部さんが生きてる意味を求めてるからじゃないの?意味を考えないのなら、毎日時間に流されていればいいでしょう」

亜希子はぐっと詰まった。その瞬間、不意に彼女はこの場面が自分にとって重要な場面であることを直感した。ずっと歳をとって、大人になった時に、自分が繰り返しこの場面を思いおこすであろうことを。暗い校庭の漣。窓ガラスを覆う雨の膜。前の席からこちらを振り向く端正な白い顔。(P159)

小中学生の頃、学校での講演やイベントの際に、感想として『今日のことは大人になっても忘れないと思う』と述べたり、書いたりした気がするが、今となっては何の場面でそのように思ったかさえ思い出せない。

しかし、先の場面のような、これが自分にとって重要な場面であることを直感した記憶が自分にもあったことを思い出した。それは時間も場所もバラバラだが、用意された「場」や「時間」がそのような思いにさせるのではなく、本当に何気ない会話や出来事の中に、それこそ唐突に現われるものではないかと思う。

そして実際にそういう思いに捉われた場面というのは、今だに折にふれてふっと思い出される。何度も何度も思い出すから、ものすごい強い記憶になっている気がする。そういった記憶は自分自身にとってしか価値がないものなのかも知れないけれど、ずっと大切にしていきたいと思えるものである。

この場面でもう一つ印象に残ったのは、「みんなで長い長い時間の先を目指して、ずっと歩き続けなくちゃいけない」という言葉。物語全体を通して明らかになっていく「常野」の人々のことを匂わすような言葉ではあるけれど、自分もこのような思いを抱いたことがあったことを思い出させてくれた。

多感な高校生の時、誰もが思い悩むのと等しく、自分もずっとずっと考え続けていた。限りある命だからこそ、その生を全うしようと努力すること。そしてその努力の成果を次の命に伝えていくこと。その連綿と続いてきた無窮の命の流れの先に何があるのかは想像できないけれど、自分も生きるだけ生き切ろうと思った日のこと。

物語とはちょっと逸れてしまいましたが、常野に関わるたくさんの人々のエピソードや想いに触れて、何度も心を揺さぶられました。謎が新たな謎を呼び、その全容はまだまだ明らかにされていませんが、心の中に非常に強く印象づけられた作品でした。

まだ「常野」を知らない方に、そしてついこの間まで知らなかった自分自身に薦めたい一書です。

「ずいぶん遠回りしちゃったね」(P272)

◎関連リンク◎

光の帝国(集英社 BOOKNAVI)

蒲公英草紙(集英社 BOOKNAVI)

『蒲公英草紙』恩田陸(集英社)

エンド・ゲーム(集英社 BOOKNAVI)

常野だより(集英社)

・『蒲公英草紙 常野物語』 恩田陸 2008.5 集英社(集英社文庫)

・『エンド・ゲーム 常野物語』 恩田陸 2005.12 集英社

はっちの太鼓本 太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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