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2009年8月 9日 (日)

69冊目 『アルジャーノンに花束を』

今年の夏はずっと曇りがちで、なんとも夏らしくないですね。本当は暑いのは苦手なのですが、こうもすっきりしない天気が続くと、不思議とギラギラとした真夏の太陽が恋しくなってしまいます。その心は、楽しみにしていた高校野球が順延になってしまったからなのですが。

相変わらずマイペースに本を読んでいますが、こうして本を紹介するのは久しぶりです。なんというか、やっぱりたまに手入れをしていないと、庭が荒れていくように、ここが廃れていくのも忍びなく、また元気が出てきたら、更新していきたいなと思います。

今回私が手にしたのは、

『アルジャーノンに花束を』 ダニエル・キイス 1999.10 早川書房(ダニエル・キイス文庫)

アルジャーノンに花束を』 ダニエル・キイス 1999.10 早川書房(ダニエル・キイス文庫)

という本です。

数年前にドラマ化されていたのでタイトルは聞いたことがあったのですが、内容についてはぼんやりとしか知らなかったので、今回読んでみることにしました。

物語の中心人物として登場するのは、パン屋で働くチャーリイ・ゴードン。彼が他の人と違っていること、それは、32歳にして知能が幼児のまま止まってしまっていることでした。そんなチャーリイに、大学教授が知能を高める手術を施すことになりました。大学ではすでにねずみのアルジャーノンに対して知能を高める実験に成功しており、チャーリイはいよいよ手術を受けることになります。

もしこれがうまくいたらそしてこれがえーきゅーにつづくならほかのしともぼくみたいにかしこくしてやれるのですとニーマーきょーじゅわいった。きっと世かいじゅーのしとをなおせる。そしたらぼくわ科学にいだいなこーけんをしたことになるのでぼくわゆーめーになって本にぼくの名まえがかかれるようになる。ゆーめーになってもならなくてもぼくわどちでもかまわない。ただみんなみたいに頭がよくなりたいのでそうすればみんなぼくを好きになて友だちがたくさんできるとおもう。(P37)

手術の前から書き記されたチャーリイ自身による経過報告は、最初は少しずつ、やがて急激な知能レベルの進歩を見せるようになります。頭が良くなってたくさんの友達が欲しかったチャーリイ、しかし知能レベルが高まるにつれ、チャーリイを取り巻く人々との関係は崩れていき、更にはこれまで生きてきた自分と手術後の自分があまりに乖離してしまったために、精神と肉体のバランスもうまくとれず、そうした事態に苦しむことになってしまったのです。それでも急激な知能レベルの進歩により、チャーリイは何カ国語もの言語を理解し、多くの最新の論文に接し、どんどん知識の高みへと昇っていくのでした。

そんな日々の中、共に過ごしてきたアルジャーノンにある変化が起こり、チャーリイはやがて自分にも訪れるであろう残酷な将来への不安に脅かされていきます。自分自身と自分を取り巻く世界に対する認識の深まり、そして何度も蘇ってきた幼い日の家族との情景。

チャーリイは限られた時間の中で、苦しみながらも懸命に自分自身の内面的課題を乗り越えるために現実と向き合おうとします。物語の終わりに、チャーリイの生き様が読者に語りかける「私を生きること」の重みを今の私はまだ受け止めきることは出来ませんでした。

知能は人間に与えられた最高の資質のひとつですよ。しかし知識を求める心が、愛情を求める心を排除してしまうことがあまりに多いんです。これはごく最近ぼくがひとりで発見したんですがね。これをひとつの仮説として示しましょう。すなわち、愛情を与えたり受け入れたりする能力がなければ、知能というものは精神的道徳的な崩壊をもたらし、神経症ないしは精神病すらひきおこすものである。つまりですねえ、自己中心的な目的でそれ自体に吸収されて、それ自体に関与するだけの心、人間関係の排除へ向かう心というものは、暴力と苦痛にしかつながらないということ。(P393)

◎関連リンク◎

アルジャーノンに花束を(ハヤカワ・オンライン)

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