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2009年9月12日 (土)

73冊目 『死神の精度』

今日は久々に雨の一日でした。梅雨時の雨は、空気がじめっとしてくるので苦手なのですが、初秋に静かに降る雨は、不思議と心が落ち着くので好きです。

ここ数年でため込んだ書籍が本棚に収まらなくなってきて、奥に何があるのか見れなくなってしまっていたので、休日を利用して、本棚の前衛と後衛を見直しました。我が家の本棚にも政権交代と言ったところです。

そういえばこれは読もうと思っていた本やすっかり存在を忘れていた本、もう一度読みたい本を手に取りやすい前面に出してきたのですが、本それぞれが持つ装丁、色によってパッと見たときの本棚の印象が変わったように思います。我ながら季節を問わず言っているような気もしつつ、読書の秋ということで、積読本の中から、また素敵な書籍と出会うべく、読書に励みたいなと思います。

さて、今回私が手にしたのは、以前一度読みながら紹介できなかった本を再読したシリーズ(今後『再読本』と表記)より、

『死神の精度』 伊坂幸太郎 2008.2 文藝春秋(文春文庫)

死神の精度』 伊坂幸太郎 2008.2 文藝春秋(文春文庫)

という本です。死神といえば、社会現象にもなった「DEATH NOTE」にも登場しましたが、本書で描かれる死神の独特の存在感に、読者はきっと引き込まれていくと思います。

「千葉というんだ」

仕事で送り込まれてくる私たちには、決まった名前が付けられている。どれも町や市の名前で、姿や年齢は毎回変わるのに、それだけは変化しない。管理上の記号のようなものなのだろう。(P16)

調査を行い、「死」を実行するのに適しているかどうかを判断し、報告をする。それが私の仕事だ。調査と言ってもたいそうなことではない。一週間前に相手に接触し、二、三度話を聞き、「可」もしくは「見送り」と書くだけでいい。しかも、その判断基準は個人の裁量に任せられているので、この調査制度は儀式的なものに近く、よほどのことがない限りは「可」の報告をすることになっている。(P23-24)

死神の千葉は対象となる人間の調査のために、人間の世界へやってくるのですが、彼は黒いマントで体を覆っているわけでもなく、大きな鎌を持っているわけでもなく、その調査対象となる人間に合わせて、人間の世界に溶け込んだ姿をしています。

意外なことに死神にも個性があるようで、千葉は喜怒哀楽を表現するのが得意でなく、さらには明らかに「天然」さを持ち合わせています。本来なら「死」を予感させるシリアスさに包まれていてもおかしくないはずなのに、千葉の言動に思わず顔が綻んでしまったのは、登場人物も読者も一緒のようです。

本書は、

死神の精度

死神と藤田

吹雪に死神

恋愛で死神

旅路を死神

死神対老女

という6つの短編からなっていますが、なるほどさすが伊坂さんだなという話の中の連関に心を掴まれました。

初めて読んだ時、電車の中で何度か読み返してしまったのが「恋愛で死神」です。この短編は、結末が分かっているのに、そこに向かってもう一度時間を進めていくのですが、ラストが何とも言えない気持ちになってしまい、もう一度最初に戻ってしまいたくなる、心憎い短編でした。

「でも、たとえば、自分と相手が同じことを考えたり、同じことを口走ったりするのって、幸せじゃないですか」

「同じことを?」何だそれは。

「たとえば、同じものを食べた後で同じ感想を持ったり、好きな映画が一緒であったり、同じことで不愉快さを感じたり、そういうのって単純に、幸せですよね」

「幸せか?」(P173)

死神たちが愛してやまないもの、それは人間が作り出した「ミュージック」。音楽を愛してやまない死神であり、人間の世界に来るといつも雨だという千葉。そんな彼が今回調査することになったのは、海を見下ろせる高台で美容院を営んでいる老女でした。彼女はいつも相手にしてきた人間とは少し違いました。彼女との関わりの先に、果たして千葉が辿り着いた景色とは。読書をしながら、最後は静かで、抒情的な時間が流れて行きました。

「死神の精度」は映画化されていて、私も本書を読んでからその作品を見ましたが、映画も作品の世界を壊すことなく、雨の世界の美しさと、人間と死神が作り出す独特の情景をともなっていて、物語とも深く結びついた音楽も世界観にマッチしていて、とてもよかったと思います。

最近、空を見上げることがありますか?当たり前と思っていた、空の青さ、雲の美しさ、秋のもの寂しくなる夕暮れの景色。そんなことに、ふっと気づかされる珠玉の作品です。

「たとえばさ、太陽が空にあるのは当たり前のことで、特別なものではないよね。でも、太陽は大事でしょ。死ぬことも同じじゃないかって思うんだよね。特別じゃないけど、まわりの人にとっては、悲しいし、大事なことなんだ」(P323)

◎関連リンク◎

死神の精度(文藝春秋)

死神の精度 書籍ショールーム(文藝春秋)

・『Sweet Rain 死神の精度』 筧昌也監督 2008.8

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