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2009年10月11日 (日)

79冊目 『八朔の雪』

台風一過、爽やかな空気と秋の空。やっぱり1年の中でこの時期が一番好きです。

思索の秋。澄み渡る空気の中で、あれこれといろんなことを考えますが、それはひとまず置いておくとして、今回私が紹介する、いや是非とも紹介したいのは、秋の再読本第四弾、

『八朔の雪』 髙田郁 2009.5 角川春樹事務所(ハルキ文庫)

八朔の雪』 髙田郁 2009.5 角川春樹事務所(ハルキ文庫)

という本です。この本を知ったきっかけは、発売されてすぐに新聞に掲載された出版広告でした。

角川春樹さんが「十年に一冊の傑作」と激賞されている作品がどんなものかと興味が湧き、これまで時代小説にはなかなか手が出なかったのですが、一度読んでみようと仕事帰りに本屋さんで手に取り、通勤時に読んでみることにしました。

江戸・神田の御台所町に店を構える蕎麦屋「つる家」。大坂から出てきた澪(みお)の出した料理が客の怒りを買ってしまったところから作品は幕を開けます。

丸顔に、鈴を張ったような双眸。ちょいと上を向いた小さな丸い鼻。下がり気味の両の眉。どちらかと言えば緊迫感のない顔で、ともに暮らす芳からも「叱り甲斐のない子」と言われている。それなのに料理が絡むと、自分でも抑えようのない感情が生まれて、それが顔に出てしまうのだ。(P7)

店主の種市が作る蕎麦と酒目当ての客で繁盛している「つる家」。大坂と江戸の味の好みの違いになかなか慣れることが出来ない齢十八の澪に、種市は店で出す酒に合う一品を作ってほしいと頼むのですが…。

本書の目次を紹介すると、

狐のご祝儀―ぴりから鰹田麩

八朔の雪―ひんやり心太

初星―とろとろ茶碗蒸し

夜半の梅―ほっこり酒粕汁

巻末付録 澪の料理帖

となっていて、表題作を含む4つの中編の連作による作品です。

読み進めるうちに少しずつ澪の生い立ちが明らかになっていくのですが、幼くして天涯孤独の身となってしまった澪と、大坂でも名の知れた料理屋「天満一兆庵」の女将だった芳との親子のような結びつきの強さには、何度も胸にぐっとくるものがありました。

澪には確かに生まれ持った料理の才があります。しかし、それはいわゆる天才的というよりは、澪を取り巻く人々との強い結びつきや思いやり・情の深さ、そして叱咤激励してくれる人々の存在によって開花しているものなのだなと感じました。

感情の波が去って、澪が鼻を啜りながら顔を上げると、種市の顔深くに刻まれた皺を涙が伝っていた。はっと息を飲んだ澪を見て、種市は初めて自分が泣いていることに気付いた。袖でぐいっと涙を拭うと、照れてみせる。

「人間、生きてりゃ泣きたくなるくらいのことはあらぁな。泣いて良い、泣いて良いのさ」(P54)

苦労し、試行錯誤を繰り返しながらも、徐々に、そして着実に江戸での評判を上げていく澪に対して、それを妨害しようとするものが現れます。自分の周りの大切な人たちが傷つく姿を目の当たりにして、自分の道を諦めてしまおうと考えた澪に、思いがけない人物からの「思い」が伝えられます。

幼い日、澪は易者に「雲外蒼天」の相だと言われたことがありました。

「頭上に雲が垂れこめて真っ暗に見える。けんど、それを抜けたところには青い空が広がっている――。可哀そうやがお前はんの人生には苦労が絶えんやろ。これから先、艱難辛苦が降り注ぐ。その運命は避けられん」

「けんど、その苦労に耐えて精進を重ねれば、必ずや真っ青な空を望むことが出来る。他の誰も拝めんほど澄んだ綺麗な空を。ええか、よう覚えときや」(P98)

澪の行く手には、辛いこと、苦しいことが次々に起こります。しかし、澪は一人ではありません。父親のように深い思いやりのある種市、母親のようにいつも見守ってくれている芳、澪を励ましてくれる医師の源斉先生、そして澪の作る料理に時に厳しい、しかし的を射た助言をくれる侍・小松原の存在。

困難を前にしてお互いを頼りにし、たとえ心が折れてしまいそうになっても、それでも立ち向かっていく中で成長していく澪と、澪を取り巻く人々の絆や情の厚さに、何度も涙腺が緩みました。澪だけでなく、種市や芳もこれまで生きてきた中で辛いことを抱えてきており、それだけに澪の作る料理が人々を幸せにしてほしいと切に祈りたくなります。

私は時代小説にこれまで馴染みがなかったのですが、本書はとても読みやすく、情に満ちているけれどもくどくなく、その上出てくる澪の作る料理がものすごく美味しそうで、読んでいると作中の客同様、思わず生唾を飲み込んだという、本当に素敵な作品でした。

ここで朗報ですが、『八朔の雪』に続く、第二弾『花散らしの雨』が近日発売されます。

本書では明らかにならなかった、小松原が一体何者なのかということや、「天満一兆庵」再建への道筋がどうなるのか、そしてあの「太夫」との関係は、など気になることがいっぱいです。

何より澪の創作した新たな料理が、文章で味わえるのが本当に楽しみです。続編をここまで期待した作品は自分にとっては久々のような気がします。

今回再読したことで、続編を読む体制はバッチリです。自分の読みたい本の傾向は自分もある程度偏っているし、人それぞれだと思いますが、本書はこれまで時代物に馴染みのなかった読者にとっても手に取りやすい本だと思います。

澪の下がり眉も味わい深く見える素敵な装画をされているのは、多くの作品で活躍されている卯月みゆきさんです。

ちなみに、『八朔の雪』を読んだ後、あまりの読後感の良さに、著者の別の作品も読んだところ、それもすごく良かったために、髙田郁さんはすごい!と私は一躍ファンになってしまいました。髙田さんの今後のご活躍に期待しております。もっともっと作品を読んでみたいです。

頭上には今年最後の青空が広がっている。真澄の空だ。

雲外蒼天。

忘れへん。生きてる限り、絶対に忘れへん。(P251)

◎関連リンク◎

八朔の雪 みをつくし料理帖(角川春樹事務所)

『八朔の雪 みをつくし料理帖』髙田郁 立ち読み(e-hon)

版画家・イラストレーター 卯月みゆき webサイト

vol.2「八朔の雪ーみをつくし料理帖」髙田 郁(L4BOOKS)

・『花散らしの雨 みをつくり料理帖』 髙田郁 2009.10 角川春樹事務所(ハルキ文庫)

81冊目 『花散らしの雨』(2009年10月21日)

はっちの太鼓本 太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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コメント

 ご無沙汰ですね。お元気ですか。聞かなくてもお元気そうです
 はっちさんは、どんどんと読書の世界を広げておられるようですね。いつも羨ましく感じます。
 私にとって読書は自分を見つめなおす行為だったりします。いや、楽しんで読書するなんて、ありえないかも

 はっちさんに教えてもらった「獣の奏者」続編に飛びつきました。仕事もそっちのけで読みふける日々です。
 年をとると、自分が何を大事にしているのかすら忘れていきそうになりますよね。はっちさんはそういうことがないように感じるときもあります。

 人それぞれだなぁ、多くの人と出会う仕事だからこそ、いつもそう思います。人はそれぞれだと。
 ゆっくり語りたいこともありますが、もうそれもできないのかもしれませんが、またふらっとここに訪れますね

 忙しい日々、読書離れの激しい大人にこそ読書を!
その気持ち、はっちさんらしくて笑ってしまいました。

 では、またまた1年があっという間に経ちそうですが、お互いそれぞれの道を行ったり来たり(笑)とにかく進んでみましょうね!

 長々と失礼しましたでは☆

投稿: おうじ | 2009年10月12日 (月) 12:54

拝啓~ この手紙~
読んでいるあなたは~
どこで~ 何をして~ いるのだろう~♪

おうじ、お久しぶりです。
おうじの書き込みも、あぁおうじだなぁと感じます。

何というか、「仕事して本を買って、読んで」が基本の気ままな生活を続けて早何年ですね。時間が経つのは本当に早くて、昔の自分と今の自分が果たして同じ人生を歩んでいるのか不思議な気持ちになることもあります。

今年は職場で、新入社員の育成に携わりました。その中で、上司に「怒ることを覚えなあかんな」と半分冗談、半分ほんまに言われたんやけど、これが難しい。

自分が今まで教わってきた知識を伝えるという意味では頑張れば出来たけど、学生から社会人になったばかりの新入社員とどう向き合うか、どんな姿を見せるかということが、自分にとってはすごい考えさせられて勉強になったと思う。だって自分が相手に「こうしないとダメ」って言うことは、当たり前やけど即自分の耳を伝って自分自身に帰ってくるやん。よっぽど自分がちゃんとせんと何にも言えなくなるって思って、逆に自分を振り返ることになりました。

正直、あれだけ学びに「こだわって」た学生時代がとうに過ぎて、もう自分の中にはその残滓しか残っていないと思っていたけれど、まさかこうして「教える」ということと向き合うことになるとはというのが正直な気持ちやったかな。

「教えることは自分が学び続けること」、ほんまにまた自分が勉強しなあかんなって考えるきっかけになった。大変やったけど、その後、育成に携わったみんなが今も慕ってくれているのが本当に嬉しいです。

自分にとって「怒る」ことっていうのはずっと課題かもしれない。三つ子の魂百までってほんまやね、自分は納得できないと本当にしたくない。本当やったらこの時々垣間見える協調性のなさで弾かれてしまう、むしろ自分から弾かれようとしたがる自分が社会で生きていけているのは、あまりにも周りの人に恵まれてきたからやろうなって思う。

ほんまに今はまだ若造やわって自分で思いつつ、もうしばらく思いのままに生きていたいです。自分が読みたい本だけ読んでいたいです(笑)。

おうじはおうじの道をしっかりと進んでいるんやろうなって思います。昔のようには難しいかもしれないけれど、こうして緩やかなつながりが続いていけばと思っています。いろいろ考えるきっかけをくれて、いつもながらどうもおおきに

上橋さんの本はほんまに面白いね~。俺は先に、「守り人・旅人シリーズ」を再読したいと思います。『闇の守り人』はあまりにもすごくて徹夜してしまったし。

では、また!

投稿: 朔風はっち | 2009年10月12日 (月) 19:51

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