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2009年12月23日 (水)

89冊目 『神の守り人 上 来訪編』

みなさま、暮れの何かと慌ただしい季節、いかがお過ごしでしょうか。暮れの際まである仕事も、このブログの更新も何とか綺麗に締めくくれるよう、今年最後の力を尽くしてから新しい年を迎えたいなと思います。

それでは引き続きになりますが、今回私が紹介するのは、『守り人・旅人シリーズ』の第五弾である、

『神の守り人 上 来訪編』 上橋菜穂子 2009.8 新潮社(新潮文庫)

神の守り人 上 来訪編』 上橋菜穂子 2009.8 新潮社(新潮文庫)

という作品です。

目次を紹介すると、

序章 シンタダン牢城の虐殺

第一章 災いの子

第二章 逃げる獣 追う猟犬

第三章 罠へと誘う手紙

終章 旅立ち

となっています。

本作は、時系列で言うと、先に紹介した『虚空の旅人』から少し時間を遡ったところから始まり、作品の途中からは前作と時間が重なっているのかなと思われます。

章のタイトルにも表れているように、これまでの作品と比べて、シリアスな場面から物語はスタートします。舞台となるのは、ロタ王国。新ヨゴ皇国との国境に近いシンタダン牢城で恐るべき惨事が起こるのですが、このことはこれから起きようとしていることのまさに「序章」に過ぎなかったことが次第に明らかになっていきます。

ロタ王国が抱えている内政問題である、民族間に横たわっている差別感情、対立する南北の民と格差問題、そして遠くはない将来に訪れる王位継承に係る火種、といった困難な課題をすべて巻き込みながら、ロタ王国の成り立ちと存亡に関わってくる恐るべき出来事が着々と進行しつつあったことは、まだその時ごくわずかな人間しか知る由はありませんでした。

こうした現実顔負けの内政問題を物語の中に位置づけて、しかもそれらを重要な要素として作品を成り立たせていることについて、こうして書き並べてみると、人によってはファンタジーの世界には馴染まないのではないかと考える人がいても、それは普通ではないかと思います。

しかしこの作品を読んでいくと、この課題多き国に暮らす人々はそうした背景があるからこそ「生きて」いる、こんな現実を変えたいと思う気持ち・人がいて、現実を「超越」した何かの力と、「変革」を欲しているというリアルがひしひしと伝わってきて、こうした課題を作中で幾度も書きだしてはクローズアップしていくというのは、この物語にとってある種必然であったのかなと納得してしまった次第です。

もちろん、それには作者の、物語を最後まで破綻させずに、またそういった現実世界ともリンクしてくる課題に終始するだけで「物語・ファンタジー」としての輝きを失わせ、その魅力をくすませてしまうことがないだけの確かな筆力とバランスが求められ、何よりも読者を物語の最後まで連れて行き、見届けさせてくれる魅力あるストーリーが必要なのではないかと思います。

その点で言うと、この『守り人・旅人』シリーズの話題性や人気を見るに、その答えは自ずと明らかになっているのではないかと私は思います。

ちょっと何を言いたいのか分かりにくい文章になってしまいましたが、シンプルに言ってしまえば、今回のロタ王国と新ヨゴ皇国を行き来するバルサたちの旅も、世界が拓けていき理解が深まっていく喜びと、時に緊迫した命のやり取りを織り込んだ魅力あふれるものであったことは間違いないということです。

バルサが、そのまだ幼さの残る兄妹を最初に目にしたのは、タンダと共に「ヨゴの草市」を訪れ、ぼんやりと人の往来をながめていたときでした。兄妹を連れて歩く商人がその妹に向かって発したある言葉が、バルサ自身の幼いころの苦い思い出を呼び起こしたのです。

兄のチキサと妹のアスラは「タルの民」であり、商人たちはこの兄妹を売ろうとしていたのです。バルサはこの兄妹をそのまま放っておくことが出来ず、商人たちがいる宿屋の部屋へと向かいます。しかし、その時その少女の悲鳴が聞こえ、それと時を同じくしてバルサの身にも思わず鳥肌が立つ程の何かが起こったのです。

なにも見えなかったが、バルサは、なにかが自分にむかって飛んでくるのを感じて、ぎりぎりで、それをかわした。

考えている暇はなかった。気配に反応して身体が動くにまかせ、バルサは、ひたすらに、目に見えぬなにかを避けつづけた。喉にせまってくる神速の槍の穂先を幾度となくかわしてきた、身に沁みこんだ経験が、かろうじてバルサの命を救っていた。(P49)

バルサは命の危機は免れたものの、代わりに脇腹に獣に咬まれたような傷を負ってしまいます。バルサが救おうとした兄妹は無事でしたが、商人たちはみな喉を咬み裂かれて死んでしまっていました。そして、それはシンタダン牢城での惨事を思い出させるものだったのです。

同じ宿屋にいた、タンダの知り合いでロタ王に仕える呪術師のスファルは、アスラが生きている限り災いがひろがるのを防ぐ術はないと、タンダに余計な手出しをしないよう忠告します。しかし、そのまま見過ごすことができなかったバルサはある決意をし、タンダにその思いを告げたのです。

「おまえは、身に沁みて知っているはずだぞ。――他人を助けるのが、どういうことか。他人に助けられるのが、どういうことか。……これは一時の用心棒稼業じゃない。へたをすると、一生にかかわることだぞ。情に流されて、自分を捨てるな」

バルサは右手で顎をこすった。そして、うなずいた。

「そうだね。大切に貯めてきたもので、ひたひたに満ちている器を、ひっくりかえして空にする気がないなら、やめたほうがいい」

バルサの目は、怒りとも哀しみともつかぬ光を秘めて、異様に光って見えた。いつもはひと束にむすんでいる髪が背にひろがり、額にもかかって、濃い影をつくっている。(P96)

そして、バルサはどんな深い事情があるにせよ、少女の命を簡単には奪わせないと、アスラを連れて、スファル達のもとから逃亡します。まだアスラに秘められた力の全容は明らかにされていませんが、確かなのはバルサたちが追われる獲物となったことでした。

バルサ達の命をかけた逃亡の行きつく先は、そしてロタ王国の建国の歴史にも関わってくるアスラが持っている力とは。その答えとこの国の未来が交差する終着点、ジタン祭儀場へと向けて、バルサたちの旅は、次巻「帰還編」へと続きます。

◎関連リンク◎

上橋菜穂子『神の守り人―上 来訪編―』(新潮社)

守り人&旅人 スペシャルページ(偕成社)

85冊目 『精霊の守り人』(2009年11月28日)

86冊目 『闇の守り人』(2009年11月30日)

87冊目 『夢の守り人』(2009年12月19日)

88冊目 『虚空の旅人』(2009年12月20日)

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