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2009年12月27日 (日)

91冊目 『カタブツ』

新年を前に、近くのスーパーで早くも福袋が並べられていました。ちょっとフライングやなぁと心の中で思いつつも、閉塞感漂う社会情勢が新しい年には打開されていくことを願い、福袋ならぬスポーツジャージ一式が入った福箱を手に取りました。

2009年、今年の書評もこれで最後かなぁと考えながら、今回私が紹介するのは、

『カタブツ』 沢村凜 2008.7 講談社(講談社文庫)

カタブツ』 沢村凜 2008.7 講談社(講談社文庫)

という作品です。

目次を見ると、

バクのみた夢

袋のカンガルー

駅で待つ人

とっさの場合

マリッジブルー、マリングレー

無言電話の向こう側

という6つの短編が収められています。

6つの短編の主人公たちは、性別や年齢、状況はそれぞれ違えど、自分の言動には筋を通し、行動規範を頑なに守ろうとする、いや逃れることが出来ないのかもしれませんが、傍から見ると愚直な、まさに「カタブツ」と言われるような人たちです。

私が特に興味を持ったのは、「駅で待つ人」と「無言電話の向こう側」でした。

「駅で待つ人」は、待ち合わせウォッチングが趣味の男の話です。

待っている人はいい人です。待っている人は、信じている人だから。

でも、ただ信じているだけじゃあ、忠犬ハチ公です。ハチ公がだめだっていうわけじゃなくて……、つまり、ハチ公は犬だから、その行動が立派だったとみんなから称賛されて銅像にまでなったけれど、人間だったら変でしょう、やっぱり。

人間は、疑うことを知っています。人間には論理的な判断力があるから、百パーセント確実なことはないって知っている。一点の曇りもなく何かを確信することは、できないんです。不可能なんです。人間の頭は、そういうふうになっていないんです。

だから、犬の「信じる」が無邪気で純粋なものだとしたら、人間の「信じる」は、不確かであることを知ったうえで、その不安に打ち克つということなんです。未来に賭けるという、とても能動的なことなんです。(P116)

確かに自分にも、そんなに頻繁にはないものの、駅の改札口で待ち合わせをして、先に着いて相手を待っているときに、同じように誰かを待っている人の姿が自然と目に入ることはあります。

この短編では、そんな、「待っている人を見る」ことが目的になっている男の話なのですが、待っている人というのは「信じている」人だという風に捉える視点がなかなか面白くて、共感してしまうところもありました。ただ、この男の話が、ただの問わず語りではなかったところが哀しいところですが。

「無言電話の向こう側」は、これぞまさにカタブツと呼ぶに相応しい男の物語。

いつでも自信満々の友がいる。世界六十億の人間が「甲」だと言っても、自分が「乙」だと思えば乙が正しいのだと揺るぎなく信じていられる、そういう奴だ。

さぞつきあいにくい人物だろうって?そんなことはない。樽見幹人(たるみ かんと)というこの男は、同名の哲学者と同じく理性の勝利の信奉者で、どんなことでも自分で考えて判断をくだすのだが、だからといって、他人の意見を聞かないわけではない。(P238)

仕事を通じて樽見と知り合った俺、須磨陸が語る樽見の人となり。それは、こちらが何を言っても動じることなく、またその言動もブレることがない、常に己の行動規範に乗っ取って生きている男の姿でした。

臨機応変ではなく愚直であり、自分の行動にごまかしがないからこそ開き直ることなく、どんなことでも受け入れようとする。それが時に、周囲に誤解を招いてしまっている男の姿。

ここまでいくと極端やなぁと思いながらも、樽見の考え方に私は結構共感を覚え、しかもところどころ自分の行動規範と重なるようなところもあり(「赤信号」の話など)、語り手の須磨にではなく、気づけば樽見に心を合わせながら読み進めていました。

これほど個性の強い樽見がこの短編だけの登場で終わってしまうのはもったいないなと思うし、もし樽見が登場する話の続編があれば是非読んでみたいです。

作者の沢村さんの作品では、少し前に『黄金の王 白銀の王』が話題になって、読みたいなと思ってからなかなか読めずにいたのですが、この『カタブツ』が面白いという評判を見聞きして、文庫版ということもあり、先にこちらを読みました。現代を生きる癖のある人物を巧みに描いた作者が、『黄金の王 白銀の王』ではどんな個性のある人物を描き、骨太と言われるファンタジーを完成させたのか、来年こそは読んでみたいです。

補足ですが、作者の名前は「凜」が正しく、「凛」とは微妙に違うので検索する際はご注意を。(文字を大きくすると分かります)

正:「凜」 誤「凛」

◎関連リンク◎

カタブツ 沢村凜(講談社)

・『黄金の王 白銀の王』 沢村凜 2007.10 幻冬舎

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