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2009年12月20日 (日)

88冊目 『虚空の旅人』

さて、この年の瀬の週末、日本列島にはこの冬一番の寒波がやってきておりますが、私には引き続き上橋作品の猛烈な風が吹き込んできております。

今回私が紹介するのは、『守り人・旅人シリーズ』の第四弾である、

『虚空の旅人』 上橋菜穂子 2008.8 新潮社(新潮文庫)

虚空の旅人』 上橋菜穂子 2008.8 新潮社(新潮文庫)

という作品です。

目次を紹介すると、

序章 海から吹く風

第一章 海の都

第二章 呪い

第三章 儀式の夜

終章 虚空を飛ぶハヤブサ

となっています。

さてみなさん(「浜村淳」さん風に)、お気づきでしょうか。作品をすでに手にされた方は知っている、タイトルの使い分け。

そうなんです、今回のタイトルは「守り人」ではなく「旅人」なんです。守り人とはバルサのことでしたが、では、「旅人」は?

このシリーズのもう一人の主人公、それは新ヨゴ皇国の皇太子チャグムのことです。今回の作品において、チャグムは南の隣国である「サンガル王国」を舞台とした国際紛争の渦に巻き込まれてしまいます。

文庫版の最初にある世界地図を見ると、今までの作品で舞台となってきた新ヨゴ皇国やカンバル王国は北方に位置しており、南にはヤルターシ海という大きな海が広がっていて、更に南へ下っていくと、他の国々を呑み込みつつある、南の大陸のタルシュ帝国がすぐそこまで来ていることがよく分かります。この地図を見ていると、作中の世界は一体どこまで拡がっていくんだろうという、とんでもなく大きな期待感にワクワクが止まりません。

これまでの作品の舞台としては、山や川、地底などがありましたが、今回は多くの島々からなるサンガル王国が舞台となっているということで、海の世界が登場します。そして、本作でも、これまでと同様にもう一つの世界である、ナユーグルが存在しています。

サンガル王国から「新王即位ノ儀」への招待が届き、チャグムは星読博士であり、相談役でもあるシュガとともにサンガル王国の都へと向かいます。しかし、この即位ノ儀には、国の内外に不穏な動きが見え隠れしていたのです。

都では招待された各国の代表を前にして、「祝いの演武」が行われることになっていたのですが、そこにはサンガル王国の第二王子タルサンも参加していました。王子の身でありながら演武をおこなえる自由さを羨ましく思っていたチャグムに対して、タルサンは王に即位する兄のカルナン王子から、同じ十四歳でも物腰や受け答え、気品がこうも違うかと言われ、隙あらばチャグムに恥をかかせようともくろんでいました。演武が始まり、激しいぶつかり合いを繰り返しながら、ついにタルサンはチャグムを狙いにいき…。

この場面は、長い付き合いのチャグムに肩入れしていたので、読みながら胸がスッとしました。いやはや、さすがバルサと共に生活していただけあって、チャグムも相当腕を上げていたようです。それは身のこなしだけでなく、見事な立ち居振る舞いにも現れていました。読者として、このような成長した姿を見られるほど嬉しいことはありません。

そして…。まだまだ少年でありながら、国と国とのやり取りをせねばならない重責を担っているチャグムにとって、同じ年頃であるタルサンとの出会いは、そう簡単には失いたくないものでした。

「こんなくだらないことを、わたしたちのあいだに刺さった棘にしたくない」

タルサンは眉をひそめ、色白の皇太子の黒い目を見つめた。

皇太子の目に、自分自身を嫌悪している色が浮かんでいるのに気づいて、タルサンは、驚いた。えらそうなことを言ってしまった自分を、いやなやつだと恥じている気持ちが、チャグムの、かすかにしかめられた顔にも、現れていた。――超然と見おろすような表情は消えて、おなじ年頃の少年の顔が、はじめて見えていた。(P86-87)

この場面の「そういう話をしましょう」は、チャグムとタルサンを国際関係の舞台から一気に同じ年頃の少年同士にまで視点を引き下げ、そして心を近づけていて、すごく好きなセリフです。

さて、不穏な空気はやはり、南のタルシュ帝国からやってきているようでした。海の民であるラッシャロー達が襲撃を受ける場面では、大漁の喜びから一転して命を狙われ、一家が離散してしまうというとんでもない展開になり、今後待ち受けているタルシュ帝国との対決は避けられそうにないと、国同士の戦いを予感させて、とても哀しくなりました。何より一番苦しむのは、国よりも、そこに暮らす市井の人々なのです。

今回、バルサは登場こそしなかったものの、バルサとの出会いにより大きく運命が変わったチャグムが大活躍し、またその言動や思いやりの心、理不尽さに対する怒りなどは、シュガならずとも、今後の活躍を期待したくなり、またその器の大きさを垣間見せていることも非常に嬉しいことでした。

サンガル王国の危機に際し、自らも命をかけたチャグム。そのことがもたらした大きな変化。そう、兵士は駒ではない。

兵士たちを誇らしげに従えて出発していくタルサンの後ろ姿を見ながら、チャグムは、自分が兵を率いるときは、きっと、誇りよりは痛みを感じているだろう、と思った。(P375)

今回のサンガル王国の危機によって、タルシュ帝国に立ち向かうために北方の隣国同士の絆が深まることになりました。北の隣国、カンバル王のラダール、そして西の隣国、ロタ王のヨーサム、彼らと手を組まねば、タルシュ帝国の北上をくい止めることは容易いことではないようです。

最初に登場したときは、何とも弱々しく思えたチャグムが、これほどまでに成長してきたことにより、今後のバルサとの人生の接点がますます面白くなってきました。上橋先生、本当にこの作品はすごいです。最後にあとがきを紹介します。

もともと私は、「多音声の物語」を書いてみたい、と思っていました。社会的立場も、文化的背景も異なる多くの存在がひしめく世界を描いてみたかったのです。

多くの異なる民俗、異なる立場にある人々が、それぞれの世界観や価値観をもって暮す世界――そういうものを、生々しく具現化できたらと願っていました。

その欲求を思いっきりぶちこんで書いたのが、この『虚空の旅人』です。(P383)

ようやくここまで辿り着きました。これで昨年分の再読は完了し、いよいよ未知なる旅『神の守り人』へと私は旅だったのでした。

(これが一ヶ月ほど前の話です。時間が経つのが早すぎるよ~)

◎関連リンク◎

上橋菜穂子『虚空の旅人』(新潮社)

守り人&旅人 スペシャルページ(偕成社)

85冊目 『精霊の守り人』(2009年11月28日)

86冊目 『闇の守り人』(2009年11月30日)

87冊目 『夢の守り人』(2009年12月19日)

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