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2010年1月23日 (土)

92冊目 『セント・メリーのリボン』

読書の醍醐味とは、もちろん人それぞれではありますが、私にとってそれは、無数にある書籍の中から、何らかの縁でその本を手にし、それが自分の読書人生の中でかけがえのない一冊になるであろうという予感がし始めた時の、読書中の幸福感であると言えます。

そんな本との出会いがきっとこれからの人生の中でまだまだあると思うと、自分が読むまで待っていてねという気持ちになり、その本を知るきっかけ、出会うきっかけを求めて、今日も本へのアンテナを張り巡らせているところです。

その本は、自分が生まれる前に書かれているかもしれないし、今現在まだ誰にも書かれていない、将来生まれる作品かもしれません。

他の誰かが何と言おうと、自分が素敵な本と巡り合ったと思えた作品は、やはり誰かに伝えたいと思うものです。ただ、なんだか力んでしまって、スッと記事を書いて紹介することが出来ず、いつの間にかタイミングを逃すということが、もう何度あったかなと思います。

巧いこと紹介しようという見栄を捨てて、素直に紹介できれば、もっとそんな本を紹介していけるかなと自分でも思っており、それがこのブログの課題でもあります。

さて、今回私が紹介するのは、

『セント・メリーのリボン』 稲見一良 2006.3 光文社(光文社文庫)

セント・メリーのリボン』 稲見一良 2006.3 光文社(光文社文庫)

という本です。私はこの作品を手にするまで、この作者の名前を聞いたことがありませんでした。

「いなみ いつら」さんと読みます。そして、残念ながらすでに他界されている稲見さんの作品に巡り合えたことを、読書中に感謝しながら読みました。冒頭で書いたとおり、稲見さんの作品が自分にとってかけがえのないものになる予感がしたからです。

本作は「傑作小説集」と銘打たれ、目次を見ると、

焚火

花見川の要塞

麦畑のミッション

終着駅

セント・メリーのリボン

あとがき

となっており、表題作を含む、5つの中短編で構成されています。

あとがきの中で、著者は、

〝男の贈りもの〟を共通する主題とした。
誇り高き男の、含羞をこめた有形、無形の贈りもの――というテーマでは、今後とも書きたいと思っている。(P239)

と述べられています。

私は頁を捲りながら、その作品の情景があまりにもはっきりと頭の中に浮かんでくることにまず驚きました。登場する人物が「生きている」ためには、当然その「世界」が生きていることが必要とされます。その点、著者が描きだす「世界」は、フィクションではない、本物の時間が流れている「世界」を映し出していると信じるに足りるほど、豊かな情景が広がっていたのです。

そんな作品の情景を生きる登場人物たちも、みな「生きて」いて、彼らがそれぞれの人間関係を紡いでいく様は、どれもが地に足のついた深い人間ドラマとなって、読者である私の心に確かなインパクトを伴って、刻みつけられていきました。

表題作である、「セント・メリーのリボン」は、猟犬専門の探偵業を生業とする、竜門卓の物語です。相続した広大な山林の中に探偵舎を構え、その土地を狙う輩に怯むことなく、自分の生き方を貫く竜門。そんな彼のもとには、いなくなってしまった犬の捜索依頼が舞い込んできます。ある仕事の縁から、盲導犬を探すことになった竜門は、なんとかその足跡を辿っていくのですが…。

勧善懲悪ではない人間ドラマ、罪を憎んで、その人間をも救おうとしてしまう優しさ。これは、稲見さんが描きだす人間に共通することかもしれませんが、器用ではないけれど、確かな自分があって、人とは違っていても自分の生き様に誇りを持ち、心の奥底に優しさを秘めている男たちの物語。

以前読んだ時には気がつかなかった、それぞれの作品の良さにも、再読したことで新たな魅力を感じました。本当にまだまだこれから作品を書いていかれるというところで、亡くなられたということが残念でなりません。残された作品の数々を今後もじっくりと味わっていきたいと思います。

この作品と著者を知るきっかけとなったのは、数年前に読んだ、
『活字の砂漠で溺れたい』さんの記事でした。本当に素敵な出会いとなったので、私もこの作品と、著者の稲見さんの魅力をまだ知らない人に、少しでも知ってもらえたらなと思います。

最後に、再読して、思わず唸った文章の一節を。

木立ちが疎らになって、林が明かるくなった。林の向うに平地が見えた。おれは足を止めた。そのとたん、足元から群鳥がとび出した。鋭い羽音が、おれの心臓を掴んだ。二つ、三つ、四つと鳥は次々と放射状に飛び、藪に消えた。落葉の精のような、コジュケイだった。拡げた短い翼に日が当った瞬間、羽毛の中の銀と朱の色がきらめいた。
落葉を焚くあの強烈な匂いに近づいていた。(P14「焚火」)

◎関連リンク◎

セント・メリーのリボン(光文社)

春のドラマスペシャル 猟犬探偵・竜門卓 セント・メリーのリボン(テレビドラマデータベース)

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優しく枯れていきたい(活字の砂漠で溺れたい)

忘れられた本のために(活字の砂漠で溺れたい)

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コメント

はっちさん はじめまして
私の記事がこの本を読むきっかけになったとのこと、ブログを書いていて、このようなお言葉をいただくことが、一番の喜びです。 ありがとうございます。
TBいただいた他にも、この本に触れた記事がありましたので、そちらにてTBさせていただます。今後ともよろしく!!!

投稿: yori | 2010年1月24日 (日) 10:31

yoriさん、こんにちは。

TBいただいた記事にコメントさせていただきました。

素晴らしい作品は、時が流れても、きっと残っていくと思います。
たくさんの人に稲見さんの作品を手にしてもらいたいですね♪

投稿: 朔風はっち | 2010年1月24日 (日) 13:59

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本屋で文庫の平積みを眺めていたら、 意外な本の表紙が目に飛び込んできた。 それは何かというと、 以前、このブログの記事 「優しく枯れていきたい 」で触れたこともある、 今は亡き、稲見一良さんの名作 「セントメリーのリボン」である。... [続きを読む]

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