カテゴリー「ユーモア・笑い」の9件の記事

2009年10月 4日 (日)

76冊目 『エア新書』

10月に入り、衣替えの季節になりました。

会社でもいわゆるクールビズが終わり、ネクタイの着用が始まりましたが、首元を閉じただけで暑さが厳しいです。ワイシャツの中の空気の換気口が少なくなっただけで、こんなにも違うんですね。私も同僚も結局みんな腕を捲くって仕事しております。今年は暖冬の予想が出ているだけに、暑がり一族にはまだまだ辛い日々が続きそうです。

さて読書の秋に、ちょいとユーモアを取り入れようと今回私が手にしたのは、

『エア新書』 石黒謙吾 2009.1 学習研究社(学研新書)

エア新書』 石黒謙吾 2009.1 学習研究社(学研新書)

という本です。そういえば新書をここで取り上げるのはかなり久々な気がします。

数年続いた新書ブーム、新書の創設ラッシュも一段落した感がありますが、書店で新書のコーナーを覗いてみると、毎月膨大な数の新書が未だに出版され続けているのに驚きます。

正直、あまりの多さに何がどの出版社から出ているのか把握しきれないですね。自分の読書傾向が変わってきたこともありますが、新書を買う機会が減ってきた気がします。

で、今回紹介する新書なんですが、『エア新書』。ピンと来られる方も多いと思いますが、ちょっと前にネット上で話題になった「エア新書」というサイトがきっかけで、本物の編集者である著者が、「この人ならこんなイメージがあるな」と、100冊の架空の新書を考えてまとめた本です。

学研新書から発売されているのですが、中身をペラペラと捲ってみると、本書『エア新書』と同じような装丁で、ずらっと表紙ばかりのページが続きます。

メインタイトルとサブタイトル、そして帯コピー。この三位一体と著者名が組み合わさった瞬間、それは「笑い」と「感心」となって昇華します。

脳科学者の茂木さんは実際にたくさんの本を出版されていますが、こんな本は出ないと分かっているだけに、不思議な説得力がありますね。

Airshin

そしてこの本、ただのお笑い本ではありません。読んでみて、実際に自分で作ってみることで、間違いなく脳が活性化されます。発想の筋トレです。それも苦しくない、楽しい筋トレ。この本を参考にして、有名人でもいいですが、身の回りの人で想定してみることも強力にオススメ。(P2-3)

私も実際に1冊考えてみました。

もしも甲子園の魔物が本を書いたら…。一体どれだけの球児を泣かせ、どれだけの観衆に感動のドラマを見せてきたのか。その裏話を語ってほしいですね~。

エアギターやエア焼肉。人間の想像力の産物である「エア○○」は、今後も人類とともに進化していきそうですね。(本当ですか?)

◎関連リンク◎

エア新書(学研新書)

エア新書(BLUE ORANGE STADIUM)

石黒謙吾の『エア新書』立ち読みブログ

エア新書

POPit

POPPIN BOOKS

腰帯ドットコム

売れる!書籍名メーカー 魔法のホンデレラ

エア焼肉

今年の“エアブーム”は『エア新書』か?(デイリーポータルZ)

新書ズラリ(2006年12月1日)

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2007年2月22日 (木)

33冊目 『四国はどこまで入れ換え可能か』

日本の、そして世界の地理について学びを深めていったとき、多くの人が様々な「発見」をします。それは時に、日本語のようなユニークな外国の地名であったり、面白い特徴的な形をした国だったりするわけですが、私たち日本人には、ある異国の地が大変身近な日本の国土に思えてきてしまうことがあるようです。

そうです、スポットライトはオーストラリアを照らしています。お~っと、南半球から大陸が日本に急接近!あれ?近づいてくるほどだんだんと小さくなって、そして紀伊半島の西側にスポッ!

…??違和感なし。

こんな余計なストーリーはほっておいて、四国とオーストラリアって入れ替わっても意外といける、なんて考えたことがある人は少なくないはずです。私はそれに加えて、九州とアフリカ大陸を入れ換えたりもしていましたが。そんなわけで、タイトルからして興味をそそられたのが、今回紹介する、

『四国はどこまで入れ換え可能か』 佐藤雅彦 2005.11 新潮社(新潮文庫)

四国はどこまで入れ換え可能か』 佐藤雅彦 2005.11 新潮社(新潮文庫)

という本です。

本を手に取り、ペラペラっとページを捲って、ビックリ。えっ、これってほんまに新潮文庫?と思ってしまった私。実はこの本、新潮文庫では珍しいコミック集だったのです。カバーの折り返しに、新潮文庫の漫画と関連本という一覧が載っていました。

『ポリンキー』や『だんご三兄弟』、最近では『ピタゴラスイッチ』など、その才能が世間を賑わせている、著者の佐藤雅彦さん。本書は、佐藤さんが2001年にネット上で配信していた「ねっとのおやつ」が文庫化されたものです。

タイトルにもなっている「四国はどこまで入れ換え可能か」は、その中のある一編ですが、実際に四国とオーストラリアとが入れ替わった日本地図を見ることが出来て、面白いアイデアだなぁと思いました。

全部で109の作品が収録されていますが、私は「子供忍者ちび丸」と「ミニ象」、そして「リモコンにもの申す!」に惹かれました。「リモコン~」は、テレビとリモコン、果たしてどちらが付属品なのかという言い争いの話で、話のオチにはなるほどと納得しました。

とにかく著者のものを見る視点のユニークさと、目のつけどころの巧さには驚かされっぱなしでした。その絵の可愛らしさによって、癒される、ホッとする、という気分を味わっていたのですが、あとがきを読むと、この作品集は単なる「ゆるくてかわいいもの」だという見方をされるのを避けるために、文庫化されるにあたって、「四国は~」の「きちんとした滅茶苦茶さ」が、この作品集を象徴しているのではないかと考え、著者の強い希望で、タイトルを単行本での「ねっとのおやつ」から改題したそうです。

実際、この作品集から更にいくつもの作品が発展する可能性があるなと思わされました。佐藤雅彦さんから今後も目を離せそうにありません。

◎関連リンク◎

四国はどこまで入れ換え可能か(新潮社)

MASAHIKO SATO TOPICS

日本のスイッチ(MSN毎日インタラクティブ)

佐藤雅彦(Wikipedia)

・『Fが通過します』 佐藤雅彦 2006.8 マガジンハウス

・『ぴったりはまるの本』 佐藤雅彦 ユーフラテス 2006.10 ポプラ社

・『日本のスイッチ』 慶応義塾大学佐藤雅彦研究室 佐藤雅彦 2004.3 毎日新聞社

・『クリック 佐藤雅彦 超・短編集』 佐藤雅彦 1998.3 講談社

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2007年1月10日 (水)

29冊目 『ニッポンの投書』

「笑い」とは何か。求めれば逃げられ、しかし思いがけず掴んでいたりもする。テレビではお笑い芸人さんたちが、日々その技芸を競い合っていますが、なにも「笑い」はプロだけのものではありません。むしろ市井の人々の何気ない日常の中で生み出される「笑い」の方が、狙っていないぶんだけ破壊力が凄まじいのではないかと私は思っています。

さぁ、この本を紹介してしまうのですね。今回私が手に取ったのは、

『ニッポンの投書』 2005.2 宝島社

ニッポンの投書』 2005.2 宝島社

という本です。日常の中の「奇妙」で「変」な言葉や風景を切り取ってはツッコミを入れ続けてきたVOWシリーズ。その姉妹書であるこの本では、いろいろな雑誌や新聞に投稿された文章に光を当てて、ツッコミを入れまくっています。

何なんでしょうか、この一般の人々の爆発的な言葉の力は。決して誰かを笑わそうなんて思って投稿しているはずないのに、むしろ真剣で情熱的な文章が並んでいるのに、笑わずにはいられない(笑)

内容を書くことが出来ないので伝えるのが難しいですが、個人的にはP8、30、36、44の投稿が好きでした。う~む、これでは何も伝わらない(汗)宝島社の本書のページで、内容が一部だけ紹介されています。そしてその『ファストフード』の投稿は、私が好きなP8の投稿だったりします。私と笑いのセンスが一致した方、是非本書を読まれたし。

こんなに面白いのに、ネット書店で今現在、全滅なのは何故なのでしょうか。状況から察するに、この本は好き嫌いがあるんでしょうね。本屋さんや古本屋などでたまたま見つけられたら、是非一度手にとって見てください。日本はまだまだ捨てたもんじゃないと勇気が湧いてきたりこなかったり…。私はこの本から人間の潜在的な生命力の大きさを感じました。(大げさ)

よし、今度は違う方面からいってみよう。投稿がテーマの本ということで、装丁が封書風でなかなか素敵です。封書だけに、水木しげる先生の妖怪ポストの切手がデザインされています。

「あの有名人の投書を大公開!」というコーナーでは、『失踪日記』で時の人となった吾妻ひでおさんが失踪時に投稿していた幻のマンガも掲載されています。ちなみに本書の方が『失踪日記』よりも若干早く発売されています。

おっと、思いがけずいつものペースを乱してしまった。最後になりましたが目次を紹介すると、

第一章 投書のフリースタイル

第二章 苦悩する人々

第三章 テレビ欄の世界

第四章 主張する人々

第五章 売ります買います探してます

第六章 地方紙の世界

第七章 専門誌の世界

となっています。この他にもミニコーナー多数ありです。ページを開くと、左に投稿された本文が、右に投稿へのツッコミ及び感想が添えられています。

この本は読み手を試します。笑うか笑わないかはあなた次第!

なんて当たり前なコメント~、で終わり。

◎関連リンク◎

ニッポンの投書(宝島社)

まぐまぐVOW

はっちの太鼓本 太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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2007年1月 6日 (土)

27冊目 『小さい“つ”が消えた日』

やっぱり本屋さんはいいですね。普段はネット書店を利用することが多いのですが、正月休みに久々にゆっくりと本屋さんの中を見て回って、またいろいろな本との出合いがありました。ネットだと、どうしても自分の興味に偏った直接的な検索によってしか本に辿り着けないのが、本屋さんだとザ~ッと本を見渡せるので、「おっ!」という発見がたくさんあって楽しかったです。さて今日紹介するのは、私が今年最初に手に取った、

『小さい“つ”が消えた日』 ステファノ・フォン・ロー 2006.11 新風舎

小さい“つ”が消えた日』 ステファノ・フォン・ロー 2006.11 新風舎

という本です。「コトバ」に関心を寄せている私は、この本が以前から気になっていたのですが、本屋さんでじっくり本を見て回っているときに見つけて、今年はこの本からスタートしようと思いました。

「もし小さい“つ”に音がないのなら、なくてもいいんじゃないの?」(P12)

そう言った『私』に、

「そんなことはないんだよ。音がなくても小さい“つ”はとても大切なんだ。」(P12)

と、『おじいさん』は五十音村の住人たちの話をしてくれたのです。

目次を紹介すると、

小さいころの三つの思い出

五十音村の住人たち

ある夏の夜の出来事

小さい“つ”、家出をする

小さい“つ”の大冒険

思いがけない提案

小さい“つ”へのメセージ

小さい“つ”はどうやって見つかったのか

三つの習慣

となっています。

まず、文字たちに性格があるという発想が新鮮で面白かったです。どうして作者はこの文字にこんな性格を与えたのかなと考えたり、自分だったらどんな性格にするだろうと考えるのが楽しかったです。

作品中、財産を持っている「い」と「し」、お金のない「は」が登場するのですが、みなさんどうしてなのか分かりますか?私はなんでかなぁとちょっと考えたのですが、文字を呼び捨てにするのではなく、敬称(~さん)をつけてみると…、なるほど。作者のユーモアが垣間見れます。

この物語は日本語の五十音が主役になっているのですが、作者のステファノ・フォン・ローさんはなんとドイツ出身。五十音村の住人たちの人物描写の上手さとユーモアは絶妙だったので、驚きました。そうか、いつも私の胸にある『ユーモアとは、にもかかわらず笑うことである』はドイツのユーモアの定義だったことを思い出しました。まさにドイツ流のユーモアに触れることが出来たのだと思います。

この物語の主人公、小さい“つ”は、かわいい男の子です。彼は一言も話すことが出来ません。ある時、五十音村で誰が一番偉いかという話になって、その話はとうとう誰が一番偉くないかという方向に進んでしまい…。

小さい“つ”がいなくなってみんなが気づいた大切なこと、そして小さい“つ”への「メセージ」。P36の小さい“つ”への残酷な嘲笑は、P86の本当に君の存在が必要なんだという気持ちに変わっていました。小さい“つ”が抜けてしまって、伝えたいのに伝えきれないその「メセージ」に、ちょ×とグ×ときました。

「沈黙」は発音できないけれど、だから必要ないわけではない。むしろ「沈黙」がなくなってしまえば、この世界を表す他の言葉も成立しなくなってしまう。数字の“0”もそうかなぁと思いました。

物語は平易で読みやすかったですが、読み手に深い思索をもたらす素敵な本でした。そして独特の絵のタッチ、特に小さい“つ”の可愛らしいこと。本を捲っていくと小さい“つ”がページの端っこを引っぱってみたり、動き回っていたり、とても微笑ましかったです。

新風舎の特設サイトで、本では詳しく語られていない「五十音村の住人たち」のことや、住人たちへの質問とその応答などを見ることが出来るので、読んだ後も楽しみが多いです。

~~その後……

残念ながら新風舎の書籍は書店で見られなくなりましたが、現在三修社から出版されているので、是非手に取ってみてくださいね

『小さいつが消えた日』(三修社)

◎関連リンク◎

小さい“つ”が消えた日(新風舎)

第26回新風舎出版賞大賞受賞作 小さい“つ”が消えた日(新風舎)

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2006年12月 4日 (月)

26冊目 『実験小説ぬ』

ガサッ…

ん?今、何か音がしたような。気のせいかなぁ。普段あまり小説を手に取らない私ですが、ちょっと前から気になっている小説がありました。それが今回紹介する、

『実験小説ぬ』 浅暮三文 2005.7 光文社(光文社文庫)

実験小説ぬ』 浅暮三文 2005.7 光文社(光文社文庫)

です。まず、この表紙を見てくださいよ。

「ぬ」

このインパクトだけで、ちょっと手に取ってみたくなります。そして「ぬ」の前には「実験小説」の文字が。よし、読んでみるか。

ガサリ…

この本には短編、中編合わせて27編もの作品が収められています。目次を紹介すると、

第一章 実験短編集

帽子の男/喇叭/遠い/カヴス・カヴス/お薬師様/雨/線によるハムレット/小さな三つの言葉/壺売り玄蔵/參

第二章 異色掌編集

何かいる/タイム・サービス/再会/隣町/行列/海驢の番/貰ったけれど/砂子/ワシントンの桜/ベートーベンは耳が遠い/黄金の果実/箴言/生徒/穴/進めや進め/カフカに捧ぐ

これはあとがきではない

というラインナップになっています。あれ?26編しかない、と思われた方。最後をよく見てください。この本に「あとがき」はないんですよ。

読んでみての感想ですか?なんというか、親父ギャグ的なものから、シュールなもの、ホラーなものなど、ものすごく作品の幅が広いです。親父ギャグという言い方はちょっとマズかったですね。その先入観でこの本を読んでしまうともったいないので、「小粋なおやっさん的」に改めます(どう違う?)。

タイトルに実験小説とあるように、普段私たちが親しんでいるような小説とは一味違っています。視覚的な表現と文章を同時に楽しんだり、この本を捲るという行為そのものが小説を成り立たせていたり。ある種の分かりにくさがこの本に深みを与えているという印象を受けました。

私が心に残ったのは、まず「お薬師様」。これは一度読み通してから、二週目でふむふむなるほど、事情が分かってくるという作品です。解説の豊﨑由美さんが、

「フリオ・コルタサルの『石蹴り遊び』風の試みがなされたゲーム小説。」(P284)

と書かれていましたが、私もこの作品を読んでゲームブックを思い出しました。

みなさん、ゲームブックをご存知でしょうか。最近はあまり見かけなくなったのですが、本を開くと文章の塊に数字が順番に割り振られていて、ページごとに読んでいくのではなく、指定された数字の文章に読み進めていくという本です。巻末にアイテムやステータスを書き入れるシートがあり、子どもの時は夢中になってやっていました。家にファミコンもスーファミもなかったので(祖父母の家にあった)、ゲームブックを集めて40冊くらい持っていたように思います。小学生のとき、自分でゲームブックを作って、クラスの友達に回していたのを思い出しました。今考えると、ゲームだけれど読書している「ゲームブック」って、すごい魅力のあるもののように思えてきました。

ちょっと脱線しましたが、続いては「海驢の番」

荒れる冬の海を前にして、僕は手にした辞書を開いた。集英社版『暮らしの中のことわざ辞典』。その海驢の項にこう書いてある。

【海驢の番】 交代して眠ることを言う。海驢はオットセイによく似た獣で、群れをなしており、眠るときには島に上がるが、一頭は必ず眠らないで番をしている。(P226)

「海驢の番」という言葉を出発点にして、「海驢の番のことを、一体誰が番しているのか」という、無限ループになりそうな疑問を解決すべく、答えを求めて海驢に会いに行く男の話です。コトバに興味がある私にとって、この短編は魅力的でした。

先程少し触れましたが、この本には「あとがきではない」ものがあります。そして実はそこで、この作品のタイトルの真の意味が明かされています。この本を手にした時…!!!おっと、紹介はこれくらいにしておきましょう。

奇想天外な27編、きっと読む人によって惹かれる作品は違うと思いますが、とても楽しくて奇妙な作品集でした。余談ですが、作者の浅暮三文さん、bk1でいくつかの自分の作品にコメントされています。

ガサガサ…。

◎関連リンク◎

実験小説ぬ(光文社)

実験小説ぬ(WEB本の雑誌)

著者コメント 浅暮三文(オンライン書店ビーケーワン)

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2006年11月12日 (日)

23冊目 『へんないきもの』

地球上には多種多様な生物がいますが、私たちは一体どれくらいの生物を知っているのでしょうか。犬や猫、カエルやトンボなど、私たちにとって身近な生き物は、童謡や昔話にも登場し、これまで親しまれてきました。しかし今や、人やモノが国と国とを行き来するのが当たり前の時代であり、私たちを取り巻く生物も少しずつ変化してきています。

湖ではブラックバスが、側溝ではワニガメが、ついにはピラニアまでが日本で繁殖していたなんて話も聞きます。「めだかの学校」が「ブラックバスの学校」になり、浦島太郎ではワニガメが子どもたちを襲う、なんてことにはならないでしょうが、今後、私たちにとって身近ではなかった生物が日本で次々と見られるようになるのは間違いありません。そんな私が手に取ったのが、今回紹介する、

『へんないきもの』 早川いくを 2004.8 バジリコ

へんないきもの』 早川いくを 2004.8 バジリコ

という本です。出版されて少し時間が経っていますが、新聞やメディアでも何度も取り上げられていたので、ずっと気になっていた本でした。

本を捲っていくと、これでもかこれでもかと、異形かつ異様な生態の生物のパレードが続き、この地球上にはこんなにも豊かな生態系が広がっていたのかと感動を覚えました。普通は著者の「はじめに」で、

~これから読者のみなさんを不思議な生物の世界に招待します~

なんていう書き出しで始まりそうなものですが、この本は紹介している動物の一覧がまずあり、次の頁からいきなり本題に突入します。

紹介されているのは66項目に及ぶ「へんな」生物たち。中にはひょうきんであったり、ユーモアのある姿をした生物もいますが、怪物そのものといた生物も数多く紹介されています。私が気になったのは「キメンガニ&スマイルガニ」。

それにしても、怨念にしろピースにしろ、そのメッセージの伝達者がどうして「カニ」なのだろうか。甲殻類は親切なのか?(P26)

という筆者のツッコミには共感して笑ってしまいました。敵を察知するとあまりにも見事な「死んだフリ」をする「オポッサム」や、生きるために食うのではなく、食うために生きる「トガリネズミ」、巷で話題の超生命体「クマムシ」など、人間の想像を超越した生物の数々に、きっと胸がワクワクしてくるに違いありません。

「あの生きものは今」というコーナーがあり、「アゴヒゲアザラシ狂騒曲」「ツチノコはなぜ扁平か」と題した2つのコラムが書かれていましたが、非常に読み応えのある面白い文章でした。

最初は、「へんないきもの」に飛びつきやすい年頃の子ども向けの本かなと思っていたのですが、読んでみると、ピリッとスパイスの効いた皮肉やウィットに富んだ文章で、子どもにはやや難しいであろう言葉も多く使われていたので、これは意外と大人向けの本だと分かりました。寺西晃さんのイラストにも惹きつけられます。気楽に本を開くと、思いがけずのめり込んでしまう、そんな面白い本でした。

バジリコの本書の紹介ページで、試し読みが出来ます。先ほど触れた「キメンガニ&スマイルガニ」も読めますよ。続編も出ているので、是非読んでみたいです。

追記1:2006年11月13日(月)

なんと「へんないきもの」のDVDが、来年2007年1月に発売されるそうです。文章とイラストだけでも衝撃を受けましたが、実際に動いているところを見たら更に度肝を抜かれそうです。でも興味津々だぁ。

今月の始めに、第4のひれを持つイルカが発見されましたが、今度はヒョウ柄の新種の深海魚が発見されたそうです。

asahi.com 2006年11月11日:ヒョウ柄の新種の深海魚

海の豹といえば、これまではあざらし(海豹)でしたが、ここまであからさまにヒョウ柄を見せつけられたら、もう「海豹」の座を譲るしかないでヒョウ。先月はイセエビの新種が見つかったところ。やっぱり人間の知らない未知なる生物はまだまだ地球上にいるようですね。

第4のひれ持つイルカ発見 退化したはずの後ろ脚?(asahi.com)

ヒョウ柄の新種の深海魚見つかる 紀伊半島沖と沖縄で(asahi.com)

体重4キロ、長さ1m 新種のイセエビ、小笠原に生息(asahi.com)

◎関連リンク◎

へんないきもの(basilico)

・『またまたへんないきもの』 早川いくを 2005.12 バジリコ

・『へんないきもの(DVD)』 2007.1 NHKエンタープライズ

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2006年10月 5日 (木)

20冊目 『さまぁ~ずの悲しいダジャレ』

過労と季節の変わり目というダブルパンチを受け、フ~ラフ~ラ、フラダンスが流行の兆しらしいですね。

…すいません、そんな私(どんな私?)に必要だったのが、そう、「笑いの力」。「笑い」が健康に及ぼす好影響が科学的に研究されている中、私が触れたのは「悲しい」笑いでした。今回私が紹介するのは、

『さまぁ~ずの悲しいダジャレ』 大竹一樹 三村マサカズ 2004.8 宝島社(宝島社文庫)

さまぁ~ずの悲しいダジャレ』 大竹一樹 三村マサカズ 2004.8 宝島社(宝島社文庫)

という本です。この本、単なるタレント本とナメてはいけません。全国1億2700万人のダジャレ界に革命を起こしたすごい内容が詰まった本なのです。(やや誇張。…やっぱり、だいぶ誇張)

さてさて、何がすごいかというと、ダジャレに本来なら蛇足とも言える付け足しの一文を添えることで、もうすっかり聞き慣れてしまった、あんなダジャレやこんなダジャレを新鮮なものに変えてしまい、さらにはそのダジャレが本来存在したであろう場面をありのままにさらけださせてしまうという、ダジャレの新たな可能性を開拓した…。

すいません、ちょっと真面目が過ぎました。とにかく革命なんです。

ダジャレを求めて○○年。学生のときは生徒手帳にダジャレをNo.1から200個以上書き付け、「調子」と書いた紙に乗ってみたり、手に「酢」と書いてみたり、ペンを「ペンペン」と叩いてみたりしてきた私でしたが、さまぁ~ずの才能を前にして、感動が胸に込み上げて…いやいや笑い転げました。

この笑いは、じわ~っときます。なにしろ「悲しい」ダジャレですから。決してあせってはいけません。あさってはあしたのあしたです。

今日はふざけが過ぎておりますが、どうかご勘弁を。

もう少し本の紹介をすると、メインの『悲しいダジャレ』にいく前の、『悲しいダジャレを読むにあたっての諸注意』がすでに面白いです。諸注意にある通り、ページは順に読むことをおすすめします。ネタが微妙にストーリーになっているので、一度ツボにはまってしまうと繰り返し笑いの波に襲われます。ページを開くと、右ページに大竹のダジャレが、左ページに三村のツッコミが載っています。『悲しいダジャレ』、『悲しいダジャレの続き』、『悲しいダジャレのもっと続き』がメインですが、他にも『悲しいダジャレクイズ』という超難問(そんな答え分かるかいな~)や、『悲しいあ・い・う・え・お』(か、悲しい~)など、好きな人にはたまらない一冊です。

ちなみに、『さまぁ~ずの悲しいダジャレ』(単行本)は、さまぁ~ずにとっては初めての本で、ここには厳選された87個の悲しいダジャレが収録されています。文庫本では、単行本にちょこっとプラスされ、ボツになった悲しいダジャレが追加されていますよ。

ここで内容を出してしまうと、ちょっと白けてしまいそうで怖いんですが、どんなんか~な~ということで試しに一つ。

「アメって あめぇなー 本物は」

「いままでなにをアメって思ってきたんだよ。ニセもののアメってなんだよ!溶けるの?飲みこめるの?ガラス?」

ほらっ、このとおり…。

最後にさまぁ~ず、お二人の思いを。

三村 「よく、「10分で読み終えた」なんて人がいるけど、そういう人はダジャレも悲しみも何ひとつ噛みしめてないからね」

大竹 「ちゃんと噛みしめて読んだら、10分じゃ終わらない。20分くらいかかるね。」

三村 「それでも、20分なんだ(笑)」

大竹 「ホントの話、時間かけて読んだ方が面白さは増すんだよ。」(P249)

笑いの名作か、はたまた迷作か?あなたの力量とセンスがこの本で試されるのか?(疑問符のまま本の紹介を終えるのか?…)

追記1:2006年10月12日(木)

『さまぁ~ずの悲しいダジャレ』は、とにかくどう考えてもスゴイので、他の人も薦めていないかな~と検索していたところ、やっぱり熱い人はいるもんですね~。「月の騎士の戯言」の、月の騎士さんの記事が非常に面白かったです。

悲しいダジャレを大きく5つに分類されているのですが、その中の、④理不尽で悲しい一言では、月の騎士さんの真面目さとダジャレに対するストイックさが非常に伝わってきて、個人的にはすごく共感を覚えました。

私も学生の頃、ダジャレがある程度たまってきたので、それを分類してみたことがあります。

初級は、短い単語を繰り返すもの。例えば、「ふとんがふっとんだ」「サルが去る」など。世間的に浸透・聞き慣れてしまっているため、もはや笑いには結びつきにくいですが、小学生のときは、これらを連発することでまだまだ笑いが起こる可能性は十分あります。「赤はあかん、白にしろ」「石はいいし、岩もいいわ」などのように、重ね技を使うと少しだけ難易度は増しますが、笑いも増すかは保障出来ません。

中級は、単語を単純に繰り返さずに、英語(和製英語)に変換したもの。例えば、「石が落ちた、ストーンッ」「あっあの人は、雷さんだ~」など。英語をしっかりと学習するようになる中学生になると、結構閃くようになりますが、成長の段階的に思春期と相まって、笑いにはなかなか結びつきません。あと、効果音になっているものも中級です。例えば、「ズボンが勢いよく脱げた。ズボンッ!」「パンが破裂した。パンッ!」など。これは効果音なので、繰り返し言うと面白いです。「ズボンッ!ズボンッ!ズボンッ!」「何人脱げてるんだよ、ってか、なんで勢いあるの!?」自分でツッコミも入れてみました。

上級は、やや長い単語を使って、その単語だけで文章になっているもの。例えば、「君、百円玉食べれる?ひゃ~、食えん!」「運動場で遊んでもいいですか?うん、どうじょう」など。これは、見つけると嬉しいダジャレですが、笑いに結びつくというより感心されてしまい困ります。あと、よく考えてみると、ダジャレの設定がおかしいです。

私は、感情ダジャレを得意としていました。感情ダジャレは私の勝手な造語ですが、言うなればダジャレに魂を込めて言う。ただそれだけです。例えば、「惑星で屁をこいた。わっ、くせ~!」なら、「わっ、くせ~」の部分をものすごく感情を込めて言う。…私も自分で書いていて悲しくなってきましたが、これは使い古されたダジャレでも新鮮な笑いを得ることができるのでオススメです。(…誰に?)

中学生のときに、ダジャレを言い合っていた友人が、「新幹線は、しん↑かん↓せん↓」(矢印は、イントネーションの上下)と言った衝撃を今でも覚えています。これは、私が好きなツッコミ「言い方だけやん」に対応するボケなのですが、当時の私にとっては非常にシュールで(すごく新鮮に感じられた)、まるで季語もなく、17音でもない俳句のような衝撃を受けたのでした。

つらつらと書いてきましたが、とにかく「悲しいダジャレ」がすごいのは、付け加える一文次第で、初級のダジャレさえも新たな可能性をもった「笑い」に変わるという革命を起こしたことです。しかも「笑い」と「悲しさ」という、相反する二つのものが重なったときに見えてくる『人生の機微・真髄』ともいえる何かが否応なしに浮かび上がってくるという、とんでもないおまけつきで。

よしっ、言い切った。満足しました(汗)

◎関連リンク◎

さまぁ~ずの悲しいダジャレ 文庫版(宝島社)

・『さまぁーずの悲しい俳句』 大竹一樹 三村マサカズ 2006.9 宝島社(宝島社文庫)

☆トラックバックさせて頂いた記事☆

悲しいダジャレ最終回 ~その全貌~(月の騎士の戯言)

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2006年4月16日 (日)

10冊目 『HAPPY NEWS』

早いもので?今回は記念すべき10冊目の紹介です。10冊目の記念になる、何かいい本はないかなぁと考え、そうや!これにしよう、と決めたのが今回紹介する、

『HAPPY NEWS』 社団法人日本新聞協会+HAPPY NEWS 実行委員会 2005.7 マガジンハウス

HAPPY NEWS』 社団法人日本新聞協会+HAPPY NEWS 実行委員会 2005.7 マガジンハウス

です。この本は、2004年秋にスタートした「HAPPY NEWS キャンペーン」に寄せられた記事を、スクラップ形式で紹介する形で構成されています。

ところでみなさん、この「HAPPY NEWS キャンペーン」をご存知でしたか?実は私自身、キャンペーンが始まった当時、このような素敵な企画があることを知らず、この本が出版される時になって、その存在を初めて知りました。

キャンペーンスローガンは「ニッポンに、もっと、いつも、いいニュースがありますように」。「新聞で見つけた幸せな記事」と、幸せになった理由(コメント)を募集したこのキャンペーンに集まった記事は3978個、6歳から95歳までの方が参加されたそうです。そのうち10の記事が日本新聞協会の選考で2004年度のHAPPY NEWSに選ばれました。本書では、それら10の記事をはじめ、ユーモアの感じられる、思わず微笑んでしまう、そして心がほっとするたくさんの記事が紹介されています。

これらの記事は、

HONOBONO

AHAHA

PACHIPACHI

POROPORO

YATTA!

という5つのテーマで紹介されているのですが、勘のいい皆さんは、すぐにこの意味が分かりましたよね(*^o^*)(縦に読むと…)

本書の帯には、Mr.Childrenの桜井和寿さんが、

新聞の片隅で“Happy”はこんなにも慎ましく咲いている、

ゆがんで見えている世界は実は錯覚で

僕らはHappyが敷き詰められたふかふかのカーペットの上を

今日も歩いているのかもしれない。

とのコメントを寄せています。

さて、実際に本書を手に取っていただくと分かるのですが、この本のテーマに相応しい装丁がなされていて、人の手触り、温もりを感じることが出来ます。紹介されている記事は、いかにも人が切り出したようなギザギザ感が残されていて、読み手を和ませてくれるイラストは、新聞の切り抜きが上手に生かされていて、なんともほのぼのとした、いい味を出しています。

あっ、この記事リアルタイムで知ってたなぁというものもありましたが、知らなかった記事もたくさんあって、ん~。とうなずきながら、ページをめくっていきました。

私は趣味で、5年ほど新聞記事のスクラップをしているのですが、どんな記事でも切り抜いた瞬間から、まるでスポットライトが当たったように、不思議と輝き出すのです。それまでたくさんの記事の中の一つだったものが、切り抜いた瞬間に主役となって、まったく違うものに感じられるのは私だけでしょうか。この感覚は、入試の国語で引用された、小説や論文のある一場面が妙に面白く感じられる、あの感覚に似ています。私は、何でもかんでも、気になった記事は全て切り抜かずにはいられないので、それらは膨大な量になってしまっていますが、この本では「HAPPY NEWS」のテーマに沿った記事が集められているので、これらの記事と新鮮な気持ちで出会うことが出来ました。

ちなみに、この「HAPPY NEWS キャンペーン」は現在も続けられていて、先日、「HAPPY NEWS 2005」の発表がありました。

やさしい気持ちにさせてくれる できごと は

新聞の一面で ニュースだ! と

おおごえでさけんだりはしないけれど

それでも ひかえめな顔をして 温かい手紙のように

毎日 とどけられています

(『HAPPY NEWS』冒頭より引用)

みなさんも自分のお気に入りの『HAPPY NEWS』を探してみませんか。

◎関連リンク◎

HAPPY NEWS(マガジンワールド)

HAPPY NEWS 2005(日本新聞協会)

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2006年3月 6日 (月)

6冊目 『全国アホ・バカ分布考』

「この世のあらゆる謎や疑問を徹底的に究明する」ことをモットーとし、この3月で放送19年目に突入した関西が誇る名物番組。あまりにもアホらしい依頼から、作り物のドラマ顔負けの、気づけば心の琴線に触れまくりの感動巨編まで、「喜怒哀楽=生きること」を丸ごと包み込んだ、視聴者参加型の娯楽番組、それが「探偵!ナイトスクープ」ではないかと私は思っています。

その「探偵!ナイトスクープ」が「全国アホ・バカ分布図の完成」編を放送したのは1991年5月のことでした。当時私は小学生で、不覚にも「ナイトスクープ」の存在を知りませんでした。(たぶん放送時間には寝てましたね…。)ただ、「アホ・バカ分布図」というキーワードをどこかで得て、これまでずっと気にはなっていたのですが、実際どんな内容だったのかを知るまでには至りませんでした。そんな私が手に取った本、それが今回紹介する、

『全国アホ・バカ分布考』 松本修 1996.12 新潮社(新潮文庫)

全国アホ・バカ分布考』 松本修 1996.12 新潮社(新潮文庫)

です。内容はというと、まさに「全国アホ・バカ分布図の完成」編の放送に至るまで、番組制作の中心人物であった著者が、その発端から経過、さらに放送後の驚くべき展開、そしてついに辿り着いた『アホ・バカとは何か』の結論まで、当時の現場の熱気や息遣いをリアルに感じさせる見事な筆致を持って、鮮やかに書き出したものとなっています。

新婚サラリーマンからの依頼の葉書が、前代未聞の調査の発端でした。

「私は大阪生まれ、妻は東京出身です。二人で言い争うとき、私は『アホ』といい、妻は『バカ』と言います。耳慣れない言葉で、お互い大変に傷つきます。ふと東京と大阪の間に、『アホ』と『バカ』の境界線があるのではないか?と気づきました。地味な調査で申しわけありませんが、東京からどこまでが『バカ』で、どこからが『アホ』なのか、調べてください」

この依頼を受けて調査は始まります。しかし、そこには思わぬ事実が待ち受けていました。東京から大阪に向けて出発した『アホ・バカ』調査の旅で、突然、名古屋の『タワケ』が現れたのです。それは、なんとなく「東は『バカ』、西は『アホ』」だと考えていた概念を打ち砕く、衝撃の事実でした。さらに九州出身の岡部秘書が、「九州ではどう言うんですか?」との問いに、「『バカ』、って言う気がしますね」との、またしても衝撃的な発言。それは、近畿の『アホ』が、東西の『バカ』にはさまれているという、驚くべき事実が顔を出した瞬間でした。投稿者の何気ない依頼を発端として、このような衝撃的な経過を辿りながら、この『アホ・バカ』調査は、以後すさまじい展開をみせることになります。

当初、『アホ』と『バカ』の境界線を見つけるはずだったこの調査は、放送をきっかけに全国各地に息づいていた、それぞれの『アホ』や『バカ』を発掘する結果になりました。

『タワケ』『ゴジャ』『デレ』『ダラ』『ホウケ』『タクラダ』『ホンジナシ』『ハンカクサイ』…。全国各地には、その土地以外の人は聞いたことがなかった、これらの言葉が生きていたのです。では、それらの言葉は一体何なのか。その新たな謎に、著者と番組スタッフは向きあうことになります。

読んでみると分かりますが、著者は読み手が唸るほど、すさまじい量の資料に目を通し、そしてそれらの謎を一つひとつ読み解いていきます。そしてもはや娯楽番組の一企画という殻を破り、まさに知で知を磨く積み重ねの中から、これまでこれほど身近でありながら、誰もちゃんと研究してこなかった『アホ・バカ』というものの姿を、初めて浮かび上がらせていくのです。それはいつしか「言語地理学」における、立派な研究となっていきました。

著者は、最後に『アホ』と『バカ』はそもそも何だったのかについて、自らの説を打ち立てます。それは『アホ・バカ』調査のクライマックスであり、かつ核心となるものでしたが、私はこのクライマックスにかけての文章を追いながら、あまりの衝撃感動で、ほんまに胸が震えてきました。どこまでも真実に迫ろうとする人間の情熱と真剣さが、怖くなるくらいの発想と想像力をもって、その結論を導き出したのでした。著者は最後にその結論を、調査仲間に発表するのですが、その時の仲間とのやりとりは正直、鬼!です。私の表現力を持ってしては、「鬼」としか表現できません。その含意は、知を知で磨く調査の中心にいたのは、紛れもなく確かな実力と発想を持った、人間味溢れる猛者たちで、一体どこまで高みに行ってしまうんやという、読み手が恐ろしさを覚えるほどの爽快な見晴らしを見せてくれたというところでしょうか。

個人的に最も印象に残っているのは、沖縄で使われている『フリムン』の解読に際しての場面で、琉球の人々が先祖から受け継いできた大切な言葉であることをどこまでも信じたからこそ、その真実に迫ることが出来た、著者の熱意と魂に、自然と涙が出てきました。

みなさん、まだお読みになっていなければ、是非この『アホ・バカ』を辿る、どこまでもあほらしくて、どこまでも真剣な知の旅に出かけられることをお勧めします。

そうそう、肝心の『アホ・バカ』についてですが、一つだけ。実は『バカ』よりも『アホ』の方が、新しい言葉だったのです。そして『アホ』の本拠地、近畿も昔は『バカ』の本拠地だった!?現在、近畿の『アホ』が東西の『バカ』にはさまれているという事実は、「方言周圏論」に照らしてみれば…。おっと、あとは読んでからのお楽しみです。

ここに本当の「学び」の豊かさと楽しさを見つけることが出来ました。どこまでも恐ろしい奇跡の調査、その軌跡が詰まった本書は、文句なしに一読以上の価値ありです。

追記1:2006年3月22日(水)

先日、「さんまのスーパーからくりTV」の生徒だけの学級会という人気コーナーをたまたま見ていたところ、ある先生が「たわけ」という言葉を使われました。もしかしてと思って注意してみていると、やはり岐阜県高山市の高校の先生でした。ここはまさに「たわけ文化圏」なんですね。

個人的には「たわけ」と聞くと、NHK大河ドラマ「葵 徳川三代」で徳川家康を演じた、津川雅彦さんの顔が浮かんできます。江戸幕府をひらいた徳川家康は三河の出身。当然家臣も三河から江戸へと行ったわけで、そのために「たわけ」は江戸の武士の言葉として広がり、そのことから今も時代劇などで「たわけ」が使われているようです。

もう一つ、九州でも「バカ」が使われているということに関連して、WBC(ワールドベースボールクラシック)で世界一になった王JAPANの一員で、九州のイチローと呼ばれているという川崎宗則選手のご両親が、決勝戦をテレビ観戦されている場面が先日放送されていました。

川崎選手は鹿児島県出身で、ご両親もおそらく九州の方だと思うのですが、お父さんが観戦中に思わず熱が入り、「バカ」と言っていました。あぁやっぱり「バカ」を使ってるんやと頷きながら、標準語とは少し違う、なまりの入った「バカ」からは何とも言えない温かみが感じられました。そういえば、博多出身の武田鉄也さんも「ばかちん」って言ってましたね。やはり九州では「バカ」が勢力を広げているようですね。

◎関連リンク◎

全国アホ・バカ分布考(新潮社)

探偵!ナイトスクープ(朝日放送)

探偵!ナイトスクープ 情報放送局

馬鹿(Wikipedia)

全国方言談話データベース「日本のふるさとことば集成」(国立国語研究所)

全国方言WEB ほべりぐ

『全国アホバカ分布考』松本修(松岡正剛の千夜千冊)

登録番号61 アホ(asahi.com 勝手に関西世界遺産)

・『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』 松本修 2005.4 ポプラ社

・『日本の方言地図』 徳川宗賢 1979.1 中央公論新社(中公新書)

はっちの太鼓本 乱打太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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