カテゴリー「○○学」の4件の記事

2006年11月 2日 (木)

「○○学」考

これまで、書籍タイトルに見られる「○○力」「○○歳」「○○脳」に関しての記事を書いてきましたが、今回は「○○シリーズ」第4弾、「○○学」について書こうと思います。

「○○力」・「○っ○り」考(2006年9月13日)

「○○歳」本(2006年9月17日)

「○○脳」本(2006年10月24日)

『えっ、てゆうか「○○学」なんて普通やん。』と思われたみなさん、そうですよね~。世の中は「○○学」で満ちています。経済学に社会学、法学、教育学、工学、心理学…以下略。とにかく、いろいろな学問が存在しています。それで今日ここで触れるのは、いろいろな学問の中でも、まだ世間一般に広く定着していない、いわゆる新しい「○○学」についてなんです。

私の頭にまず思い浮かぶのが「失敗学」。畑村洋太郎さんが書かれた「失敗学のすすめ」に出会ったのは学生の頃。当時、教育学を学んでいた私は、子どもの時の失敗体験をもっと肯定的に捉える必要があると考えていました。そんな時、どこかで「失敗学」という学問があると知り、畑村さんの本を手に取ったのでした。またいつか、ちゃんと本の感想をここで書くとして、本を読んでみて、読み応えがあって、その内容に非常に共感したのを覚えています。

失敗を生かす「失敗学」(at home こだわりアカデミー)

これまでの記事で、「○○力」といえば、斎藤孝さん、「○○脳」といえば、黒川伊保子さんといえるのではないかと書いてきましたが、「○○学」といえば、畑村洋太郎さんではないかと私は思っています。畑村さんはこれまで、「失敗学」をはじめとして、「創造学」、「安全学」、「決定学」、「社会人学」、「危険学」と題した書籍を著されています。私は失敗学の本しか読んでいないのですが、「○○学」とすることで、その「○○」について、学問として、真面目に取り組む土壌が出来るきっかけになるのではないかと考えます。実際、「失敗学」に関しては、「失敗学会」も出来ており、「失敗」について多くの人が思考し、意見を交換し、知が集積されていくなかで、今後、「失敗学」という学問は、より広く社会に認知されていくのではないかと私は思います。

畑村洋太郎(Amazon.co.jp)

「希望学」という学問があります。その中心的な人物が、「ニート」を世に知らしめた玄田有史さん。希望学プロジェクトでは、希望学についてこのように書かれています。

希望学では、希望に関する普遍的な共通言語を構築し、個々が希望を考え行動するための事実に基づくヒントを提示する。そして最終的には希望を念頭においた望ましい社会政策の提案を目指し、分析を進めていく。

なかなか興味深い学問だと思います。「失敗学」では、「失敗」というものが誰にとっても、なかんずく企業にとって身近な問題であったために、より具体的で実用的な方向で活用され、学問としての必要性が増したのではないかと思います。「希望学」はその点、具体的にどうというのが難しいのかもしれませんが、今後どのような広がりと深さを伴なっていくのか、興味深く見守っていきたいと思います。

希望学プロジェクト

最近おっ、面白そうと思ったのが、「渋滞学」

渋滞学 西成活裕(新潮社)

「渋滞学」の書籍紹介を見てみると、

人混み、車、インターネット……世の中、渋滞だらけである。新しく生まれた研究「渋滞学」により、その原因と問題解決の糸口が見えてきた。高速道路の設計のコツから混雑した場所での通路の作り方、動く歩道の新利用法まで。一方で、駅張り広告やお金、森林火災など停滞が望ましいケースでのヒントにも論及。渋滞は、面白い!

とのこと。うむ、やっぱり面白そうだ。新しい学問は、面白そうだという好奇心によって支えられている側面もあるのかもしれませんね。

「○○学」として注目したいのが、地域の「○○学」。私にとっては地元の「大阪学」が最もメジャーだとの思いがありますが、最近では「東北学」の勢いを感じます。

〈東北学〉の5人の子(本よみうり堂)

地域誌 5県で産声(YOMIURI ONLINE)

「○○学」は、その全てが書籍として著されているわけではないのですが、面白そうな「○○学」を見つけたら、ここで紹介したいなと思います。ちなみに、左サイドのカテゴリにも「○○学」があるので、読んだ書籍はそちらで紹介します。

「○○学」部分の50音順で載せています。同名タイトルの本が複数ある場合は、先に出版された方を紹介します。

・『心を育てる赤ちゃん学入門』 白井常 1980.6 主婦の友社

・『希望学』 玄田有史 2006.4 中央公論新社

・『ぐうたら学入門』 名本光男 2005.10 中央公論新社

・『旅行業プロの苦情処理学』 梅沢功 1997.10 中央書院

・『幕末の交渉学』 藤田忠 1981.10 プレジデント社

・『失敗学のすすめ』 畑村洋太郎 2000.11 講談社

・『渋滞学』 西成活裕 2006.9 新潮社

・『職人学』 小関智弘 2003.11 講談社

・『ドラえもん学』 横山泰行 2005.4 PHP研究所

・『阪神タイガース学』 大谷晃一 1999.8 ザマサダ

追記1:2006年11月10日(金)

この記事を書いてから、いろいろと興味深い「○○学」を見つけました。

まずは、大阪工業大学の「淀川学」。淀川って全国的には知られているんでしょうか。関西ではメジャーな川です。「淀川学」について、取組の概要を見てみると、

この取組は、持続可能な社会の実現に向け、環境共生を基盤にしながら、環境負荷の少ないものづくりを実践できる技術者の育成を目指したものです。すなわち、本学が隣接する淀川下流域を、問題を抱えながらも豊かな自然を維持し、環境と人との関わりを実践する環境共生の場として活かし、身近な自然をフィールドとした体験・体得教育を通じて、持続可能な社会を実現できる技術者を育成するものです。そのために、淀川環境教育センターを工学部内に新設し、工学部各分野でそれぞれ独自に取り組んできた環境教育コンテンツを集約・再構成し、新たな環境教育プログラムとして「淀川学」を構築します。同センターでは、地域の行政機関や市民などと連携しながら、新しい環境教育プログラムや同メソッドを開発し、環境共生を実践できる技術者教育のためのコンテンツを創り上げます。さらに、淀川学教育の対象を学内にとどまらず、市民および近隣の小中高校生へと拡げていく計画です。

と記されています。なるほど、「淀川学」は環境教育プログラムで、実践的な取り組みであるといえるようです。文部科学省の「平成18年度現代的教育ニーズ取組支援プログラム」に採択されています。

「淀川学(環境教育)の構築と実践~身近な環境から持続可能な社会を実現する取組」(大阪工業大学)

平成18年度現代的教育ニーズ取組支援プログラム選定結果について 報告(文部科学省)

続いても文部科学省関連になりますが、「資源人類学」。資源人類学という言葉は、「資源の分配と共有に関する人類学的統合領域の構築」の略称だそうです。研究の概要を見てみると、

人類社会は象徴系資源と生態系資源という連関する二つの基盤のうえに成り立っている。この連関の様相を実証的かつ理論的に解明する人類学の新たな統合領域を構築することによって、天然資源のみならず、人工的二次的物的資源、さらには無形の知的・文化的資源をも包含する広義の「資源」の分配と共有をもって人類社会の根底的機序とするという視座を確立する。この基本的視座の確立は、地域社会、国家、あるいは国家を超える広域の人間社会の変容および適応という動態過程を統一的に分析することを可能にする。逆にまた視座の有効性は、こうした動態分析によって保証される。本領域は、人類学に新たな可能性を拓くとともに現代世界の周辺における動態的局面の根底的解明を目指す。

と記されています。ちょっと難解そうですが、「資源の分配」は人類にとって大きな課題と言えると思うので、面白そうだと思いました。…結局あまり理解できていません(汗)

資源人類学

続いて、東京大学の「社会基盤学」

社会基盤学とは,私たちが文明的・文化的な生活を営むために必要なあらゆる技術を含み,いわば人間が人間らしく生きるための環境を創造する大切な役割を担っています。加えて,今や地球規模の自然環境再生が重要なテーマです。

「社会基盤」がテーマなだけに、扱う領域も非常に広そうですね。

東京大学 社会基盤学科/社会基盤学専攻

今日紹介した「○○学」は、ちょっと堅い印象のものが並びましたが、また面白そうなものを見つけたら書き記したいと思います。

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2006年9月29日 (金)

19冊目 『職人学』

「職人」という言葉を聞くとき、みなさんはどんな印象を持ちますか。大辞林(三省堂)で「職人」を調べてみると、

大工・左官・飾り職・植木屋などのように、身につけた技術によって物を作り出したりする職業の人。

と説明されていますが、「職人」という響きから、私はそれ以上の何かを感じます。

働く人を指す言葉として、労働者、勤労者、作業者など、いくつかの言葉が思い浮かびますが、これらの呼称と「職人」という言葉の違いは一体何なのでしょうか。そのことを考えるヒントとして、「職人」と付く言葉を列挙してみると、職人気質職人魂職人芸職人肌などの言葉がありますが、なんとなくイメージが浮かび上がってきませんか。

経験に裏打ちされた確かな技術と熟練の技を持ち、信念を持って自分の仕事を誇りとする人。そして何となく、頑固なおじいさんの姿が私には浮かんできます。果たしてそのような「職人」像は本当なのか。それを探るべく、今回私が手に取ったのは、

『職人学』 小関智弘 2003.11 講談社

職人学』 小関智弘 2003.11 講談社

という本です。著者の小関さんは高校卒業後、約50年間、旋盤工として工場で働いてこられました。その傍ら、執筆活動もされていて、著書が直木賞、芥川賞の候補にもなったという、すごい経歴を持った方です。本書では、小関さんが自身のこれまでの旋盤工としての人生を振り返りながら、また、たくさんの「職人」さんとの出会いとエピソードを交えながら、「職人」とはどのような人のことを指すのかを明らかにしています。

以下は、五十年余りの町工場での旋盤職人としての体験と、たずね歩いて感銘を受けた人たちの姿や、教えられた書物から、これからの時代にあるべき職人像、戦闘的な職人像とはどのようなものかを、主として現在の工場に足場を据えながら探ろうという試みである。(P27)

目次を見てみると、

序章 職人の条件

第Ⅰ章 身につける

第Ⅱ章 場数を踏む

第Ⅲ章 ものを見る目を養う

第Ⅳ章 熟練工は一品料理を熟(こな)す

第Ⅴ章 超一流に挑戦する

第Ⅵ章 仕事を通して徳を積む

第Ⅶ章 職人の喜びと誇り

あとがき

となっています。各章はいくつかのエピソードで構成されているのですが、その見出しは、「金属を舐める」、「鉄が匂う、鉄が泣く」、「機械にニンベンをつけろ」など、職人ならではの表現で、目次を見ただけで私はとてもワクワクしてきました。

本書の最大の特徴は、「職人」のことを自身も「職人」である著者が書いているということです。感覚的に分かっていることでも、そのことを言語化し、他者に伝えるのは非常に難しいことですが、小関さんの経験と豊かな文才によって、「職人」の世界が鮮やかに立ち上がってきて、その中に読み手をぐいぐいと引き込んでいきます。かのリンカーンのスピーチをもじって、「職人の職人による職人のための本」と言えるかもしれません。

具体的なエピソードが語られているので、門外漢には機械の名前などなかなか頭にものの姿が浮かばず、すべてを理解することは難しいのかもしれません。しかし、そんなことは非常に瑣末なことだと言い切れるほど、それ以上に「職人」というものを深く知ることが出来て、感銘を受けた非常に素晴らしい本でした。

「アメリカの職人気質と日本の職人気質」(P102)という項目があったのですが、これには思わず「なるほど」と頷きました。西本正樹さんの『アメリカよ大志をいだけ!』(1982 篠崎書林)という本の内容が紹介されているのですが、調べてみると『アメリカよ大志をいだけ!』を入手するのは今となっては難しそうなので、どんな内容か気になった方は、是非この『職人学』を手に取られることをお薦めします。

他にも印象に残った箇所は数え切れませんが、身近な話として、缶詰のふたに安全革命を起こした、谷啓製作所の話が特に心に残りました。

プルトップ缶(タブを引っ張るだけで開缶する)が主力になっている缶詰のふたは、ふたを取ったあとの切り口が鋭利で、なんとか安全なものが出来ないかと、世界中の缶メーカーが研究を進めていました。ふたと本体、一方だけを安全にする技術は達成されたものの、両方を安全にするのが非常に困難な状況の中、ダブルセーフティを初めて実現したのが、谷啓製作所の会長、谷内啓二さんでした。

谷内さんが、指の切れない安全なプルトップ缶に挑戦したのは、1983年にアメリカのピアニストが缶で指を切って、約1億円の損害賠償の訴訟を起こしたという新聞記事を読んだのがきっかけで、以来何度も試作を繰り返しながら、1988年8月15日の真夜中に、ついに完全に安全な缶が出来たそうです。こうして結論だけを言うのは容易いですが、本当に実現する日が来るのかも分からない中で、コツコツと研究と試作を続けた、そのプロセスが本文中で紹介されており、感銘を受けました。身近な安全が、このような努力によるものだと知り、缶詰を見る目が変わりそうです。

本書を通じて、私にとっての「職人」像は大きく変わりました。「職人」とは技術と熟練に加えて、固定観念にとらわれず、経験をたよりとして新たに創造し、工夫し、追求し、開拓していく人を指すということ。そこに老若男女の区別はありません。本書では、女性の職人さんも紹介されています。そして、自分よりも素晴らしい職人を育てようとする心を持っているということ。なによりも、本書を書かれた小関さん自身が、「ものづくり」の後進たちに大きな期待を込めて、エールを贈っている気持ちが本文を読みながらしっかりと伝わってきました。

時代が変われば、扱う機械も道具も、あらゆる環境が変わっていくのは必定です。しかし、その現場に臨む際の、大きくて豊かな「職人」精神は、これからも引き継がれていってほしいなと心から思いました。

私はいろいろな因果の巡り合わせで、現在自転車工場で検査員として勤務しています。小関さんは「ものづくり」の現場の中でも、旋盤工として製造に携わられてきた方です。私の勤めている工場は、いわゆる「組み屋」と言われているところで、製造された部品を組んで検査し、親会社に納品するという仕事をしています。私の仕事は、組んで仕上がった製品の外観検査と規格検査をしていくことです。本書は製造に携わる方のエピソードが中心なので、少し事情は違うのですが、それでも作業の様子や道具の名前など、自身の日常と関連した箇所も多く、読みながら何度も頷きました。

私がしている作業では、100分の1ミリ単位の検査と修正が必要で、ここに勤めてから、100分の1ミリの違いの大きさに気づかされることになりました。100分の5ミリの差ともなると、世界が全く違ってきます。時代が進むにつれて、製品によっては、10000分の1ミリの精度、もしくはそれ以上の精度を要求されるものも出てきているそうです。その技術のおかげで、どんどんと製品の小型化が進められ、私たちの生活に大きな変革がもたらされています。

検査の作業で「振れ見治具」という道具を用いているのですが、その「治具」に関する記述には驚かされました。

治具はもともとは外来語で、英語ではJIGと書く。近代工業が日本に入ってきたとき、JIGを治具と書き替えた日本の工場の人たちの知恵には、あらためて感じ入るが、いまでは治具という言葉が定着して、現場で働く人のほとんどは、それが英語であることさえ知らない。(P95)

「治具」が英語由来だとは、私も知りませんでした。これも含めて非常に勉強になることが多かったです。

最後になりますが、小関さんの思いを端的に表した箇所を引用させて頂いて、本の紹介を締めくくりたいと思います。

わたしはずっと自分の著書のなかで、「職人とは、ものを作る手立てを考え、そのための道具を工夫する人である」と書いてきた。間口の広さに甘んじて、奥ゆきの深さを探ろうとしなかったなら、どんな仕事をしたって楽しいはずはない。間口のところで、ただ手慣れてしまったら、ロボットと変わらない。ロボットと同じような働きぶりからは、どんな進歩も発見も、働く楽しさも生まれないのである。

広い間口から入っても、その奥ゆきを極めようと努力する人だけが職人なのである。(P26)

追記1:2006年10月19日(木)

小学生の頃、社会の時間に「第一次、第二次、第三次産業」という言葉を教わりました。ちょっとこの言葉について振り返ってみたいのですが、大辞林ではこのように説明されています。

【第一次産業】

C=クラークによる産業分類の一。原材料・食糧など最も基礎的な生産物の生産にかかわる産業。農・林・水産業など。一次産業。

【第二次産業】

C=クラークによる産業分類の一。製造業・建築業・鉱工業・ガス・電気・水道業などをいう。日本の統計では、ガス・電気・水道業は第三次産業になっている。

【第三次産業】

C=クラークによる産業分類の一。商業・運輸・通信・金融・公務・サービス業などをいう。日本の統計では電気・ガス・水道業を含める。三次産業。

いわゆる「ものづくり」の世界である製造業は、第二次産業に分類されています。社会の発展・成熟に伴なって、第一次・第二次産業の比率は下がり、第三次産業の比率が高まっていくということを学んだ記憶があります。

日本でも第一次・第二次産業の比率が下がってきていますが、私は、第一次・第二次産業こそが、やはり社会の基盤であると思っています。第三次産業は、私たちの目に「見えます」。コミュニケーションが欠かせないという点で、見せる産業だと言えるかもしれません。それに比べると、第一次・第二次産業は、その生産物は私たちの目に明らかですが、生産過程はなかなか「見えない」。

私は工場でほぼ一日を過ごしています。作業工程自体が企業秘密だということも十分考えられるので、そこをオープンにするメリットはないのかもしれません。しかし、生産過程が見えなさすぎて、商品と、商品の製造に関わっている人があまりに分離されているような気がしてなりません。最近は「トレーサビリティー」という考えが浸透してきたこともあり、生産者と消費者が結ばれるということが増えてはきていますが、それでもまだまだ生産物全体からすると微々たるものです。

「見える製造業」「見せて魅せる製造業」という考え方はどうでしょう。私は製造現場で働いたことで、ものづくりというのは生産物だけでなく、その生産過程も含めて考えることが自然なことだと思うようになりました。実際、生産過程が見えるのは興味深いですし、なんとなくそれ自体がアート、芸術性を帯びているように思えます。工場でしている作業を、突然街の大通りで同じようにやったら、絶対に新鮮に面白く感じられると思います。そんなことを考えながら仕事をしています。

ところで言葉というのは面白いもので、「生まれたてのニワトリ」「身長10キロメートル」など、ありえないことでも言葉を組み合わせることは出来るので、どんな表現も可能なのですが、時にその言葉の組み合わせが現実になることがあります。「青いバラ」が開発された話は有名ですが、ここで述べるのは先の話に関連して「第○次産業」という言葉です。たくさんの興味深い考察に出会えます。みなさんの目で確かめて見てください。

第四次産業 Google 検索

第五次産業 Google 検索

第六次産業 Google 検索

◎関連リンク◎

職人学(講談社)

職人学 講談社 小関智弘(ブックス成錦堂)

“粋な旋盤工”小関智弘フェア(e-hon)

今週のインタビュー 小関智弘さん(Mammo.tv)

小関智弘「職人道」(塩田合金所)

「現代の名工(卓越した技能者)」表彰制度のコーナー(厚生労働省)

北九州マイスター(福岡県北九州市)

不思議!手が切れないプルトップ缶の工場~谷啓製作所(凡才中村助教授の憂鬱)

モノづくり職人ホームページ

ドイツの職人の道マイスター制度と日本の職人への道の現状(職人の技)

達人図鑑(YOMIURI ONLINE)

職人ネットワ-ク

職人.com

株式会社 ミツトヨ

・『職人力』 小関智弘 2005.10 講談社

・『仕事が人をつくる』 小関智弘 2001.9 岩波書店(岩波新書)

・『手仕事を見つけたぼくら』 ガテン編集部 小関智弘 2001.2 小学館(小学館文庫)

・『鉄、千年のいのち』 白鷹幸伯 1997.6 草思社

・『美味いとは何か』 数江瓢鮎子 2002.5 恒文社21

・『洟をたらした神』 吉野せい 2001.1 埼玉福祉会

はっちの太鼓本 太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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2006年3月27日 (月)

8冊目 『公共トイレ学宣言』

私たち人間は、様々な物事に興味を持ち、関心を示す。そう言ったときに、ほとんどの人はその事を否定しないと思います。しかし、その興味・関心の対象となっているものに目を向けてみると、無限に広がりを見せるこの世界の中で、実はごくわずかな領域にしかこれまで目を向けてこなかった、もしくはあまりにも身近すぎてこれまで考えることがなかった、そういったものの存在に気づく人も多いのではないでしょうか。私にとって、身近すぎてこれまで考えることがなかったもの、その一つがトイレでした。なぜトイレに関心を向けるようになったのかについては後述するとして、今回紹介するのは、

『公共トイレ学宣言』 木村元保 1994.6 経済調査会

公共トイレ学宣言』 木村元保 1994.6 経済調査会

です。まず目次から紹介すると、

はじめに (西岡秀雄)

第1章 公共トイレ学序論 (木村元保)

第2章 トイレ研究開発物語 (木村元保)

第3章 トイレ民俗学 (岩淵聡文)

第4章 トイレ形態学 (光藤俊夫)

第5章 トイレ機能学 (小渡佳代子)

第6章 トイレ心理学 (永田良昭)

第7章 トイレ教育学 (安東利夫)

第8章 医療活動とトイレ (山下香枝子・大竹政子・藤村龍子)

鼎談 進化するトイレ (川原ゆり・羽田徹・木村元保)

平成トイレ学のすすめ (西岡秀雄)

となっており、トイレに関して様々な学問・視点からアプローチされていることが分かります。

さて、トイレと一口に言っても、家のトイレと外出先でのトイレが全く違うものであることは、多くの人が体験的に知っていることだと思います。家のトイレが特定の人間(主にその家の家族)に使用されるのに対して、駅、公園等にあるトイレは、不特定多数の人に使用されています。そのことから、同じ人物にも関わらず、使用時の動作やマナーが違っているということが、意識的もしくは無意識的に行なわれていることも珍しいことではないと思います。

駅や公園のトイレに対して悪い印象を持ってしまう原因としてよく言われるのは、汚い・暗い・危険・窮屈・壊れているといった、頭文字にKをもつこれらの状態です。ではなぜそのような状態になってしまうのか。このことについて、長年トイレ修理・整備の現場で働いてきた木村元保氏は、

本来、トイレの理想的なあり方は、常に清潔と安全が保たれていることである。この二つが保たれているとき、人は快適性を感じ、そのトイレを快適だと認識する。その快適性を保つのは、使う人だけが注意すれば済むような問題ではない。トイレ周辺の仕掛けや働きに対する問題点をよく洗い直さなくてはならないのだ。つまり使う人、造る人、そして管理する人すべてにとって、快適性の保たれるトイレを考察することである。すなわち、トイレのたたずまいを構成する要素として、人間が「使う・造る・管理」する点を切り離しては考えられないのだ。

と述べています。つまり、トイレは使う人によってのみ、その快適性を左右されるのではなく、造る人・管理する人を合わせた三者によって成り立っているのだから、その三者ともが快適性を感じるトイレが今後追求されなくてはならないということです。このことは、非常に画期的かつ現場発で重みのある、これからのトイレを考える上で非常に示唆的かつ出発点となる提言ではないかと思いました。

この本を読んで、トイレに関するいろいろなことが見えてきました。日本において洋風便器が増えてきたのは、生活様式の洋風化もさることながら、その施工・管理の容易さも一因であるとのことでした。和風便器は埋め込み式なので、破損した場合の取替えが非常に大変で、その点洋風便器は施工も管理も容易であるそうです。この「造る人」にとっての和風・洋風便器の違いについての認識は初耳だったため、非常に驚きました。

また、「使う人」については、スーパーやデパートなどで和風・洋風の両方があった場合、その使用頻度は2~5倍の差で和風利用者が多いとの事です。その理由として、使用に際して肌を触れなくてすむという、その非常に強力な一点が和風利用につながっているという興味深い考察もなされていました。このことは、現代日本人の清潔志向・潔癖志向を端的に示す事実であると思います。

木村元保氏は、第2章で節水革命と題する文章を綴られており、その中で、多くの人のトイレ利用時の傾向を分析し、それを基に水量を調節し、周辺設備を見直したことによって、ものすごい量の節水に成功した、過去の自身の事例について述べられています。

先日、「モッタイナイ」という言葉とその思想を世界中に紹介しているワンガリ・マータイさんがテレビに出演されていて、その時に、日本では当たり前であるトイレの大・小のレバーは、他の国にはない素晴らしい節約の術であるということをおっしゃっていました。このことにも驚きましたが、トイレは多くの水を利用するので、環境問題を考える上で、その水の節約や利用方法を考えていくことは非常に大きなことであると改めて思いました。

ところで、なぜ私がトイレに関心を持つようになったかというと、数年前に新聞で、学校のトイレをきれいに整備することで、子どもが学校のトイレを利用するようになった、という記事を見つけたことがきっかけでした。記事の内容を大まかに説明すると、学校のトイレを利用すると、からかわれたり嫌なあだ名をつけられたりするために、利用するのを我慢している子どもが非常に多く、何とかその状況を変えようと、学校のトイレを改修して、利用するのが楽しくなる、使いやすくなる、安心できる空間になるようにした結果、子どもたちがトイレを利用するようになったということでした。上級生に近づくにつれて、学校のトイレを利用しなくなるということが書かれていましたが、このことは私たちにとって、非常に大きな課題を突きつけていると思います。

つまり、トイレ=恥ずかしい、人に知られたくないという考え方についてです。確かに私もそういう気持ちは少なからず持っていますし、今回トイレに関する本を紹介している時点で、何らかの違和感や嫌悪感さえ感じている人もいるかもしれません。しかし人間にとって排泄行為は、生命活動の中でも非常に重要なものです。恥ずかしさを感じることと、その結果トイレの使用を躊躇してしまうことは、全く別のことではないかと思います。

実はこの本の中に、トイレ教育学という興味深い論考が載っていました。幼児期からその成長段階にあわせて、どのようにトイレの使い方を教えるか、そして小中高段階においては、トイレを教育活動の中にどう位置づけていくかということです。言うまでもなく、学校のトイレはみんなで使用する公共のものであり、子どもたちが成長し、社会に出たときに、公共の施設をどのように利用するか、そしてそこでどのような役割を果たすかということの土台となる、大切な機会と場所を提供してくれる空間ではないかと考えています。

ここ数年、学校教育の中で「食育」を重要視し、推進する動きがありました。これは、子どもたちの食環境の改善と充実を狙ったものです。だとしたら、食と表裏一体を成しているともいえる、トイレに関する教育も充実させていく必要があるのではないかと私は思っています。もちろん、食もトイレも家庭における充実が第一義だと認識した上での話ですが。本書では、鳥取県倉吉市における「トイレからの町づくり」について少し取り上げられていました。市内の学校ではトイレ教育にも力が注がれていたそうで、是非そのことについて詳しく知りたいと思いました。

時代の移り変わりとともに、トイレに対する人々のニーズは多様化してきています。「公衆便所から公共トイレへ」「便所からいこいの場へ」の言葉に集約されているものは、単に排泄を目的とする時代から、快適さを求め、トイレの利用以外にもオムツの交換や、授乳、また休憩したりと、人々の安らぎ空間として、公共トイレの場が求められる時代になってきたということに他なりません。

公共トイレに、まだまだ課題は残されています。プライバシーを守るために入り口を見せなくし、密室空間を作り出すことは、時に犯罪を助長するという思わぬ結果を引き起こすことも考えられます。公共トイレにおけるプライバシーの確保と安全の両立は、学校における門扉の施錠による安全と地域コミュニティの両立という、いかに両方を成り立たせるかということの難しさと共通している部分があると思います。

トイレの奥深さを知ることとなった1冊でした。

◎関連リンク◎

日本トイレ協会

アクトウェア研究所

(株)木村技研

みんなで作ろう学校トイレ

水まわり事例紹介 学校(TOTO COM-ET)

神奈川県茅ヶ崎市立松林小学校(TOTO COM-ET)

みんなできもちよく使えるトイレに(学びの場.com)

学校トイレ先進都市サミット世田谷宣言

排泄にまつわるお話

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2006年3月15日 (水)

7冊目 『歴史人口学で見た日本』

あの時代、日本列島にはどれくらいの数の人々が生活していたんだろうか。学校で歴史を学びながら、ふとそんなことを考えたことがありました。天下統一を目指した織田信長が生きたあの時代、どれくらいの人が彼と時代を共にしたんだろうか、日本が近代へと歩みを進めた明治維新の頃、どれくらいの人が時代の転換期を生きたのだろうかと。そんな私の疑問に一筋の光を射し込んでくれた本。それが今回紹介する、

『歴史人口学で見た日本』 速水融 2001.10 文藝春秋(文春新書)

歴史人口学で見た日本』 速水融 2001.10 文藝春秋(文春新書)

です。歴史人口学という学問について、この本と出会うまでは名前すら聞いたこともなく、何も知らない状態でしたが、一読してみて、非常に興味深く、また面白い学問であるという印象を持ちました。

歴史人口学の歴史はおよそ半世紀と、学問としてはまだ新しく、フランスのルイ・アンリによって確立された学問だということでした。歴史人口学は、その名の通り過去の人口について明らかにすることが目的で、近代国勢調査以前の不完全なデータを基礎として、人口学の手法を用いてそれらを分析する学問です。日本では1920年に初の国勢調査が実施されているので、歴史人口学が光を当てるのはそれ以前ということになります。

さて、それでは近代国勢調査以前の不完全なデータとは一体どんなものなのか。それが各国によって大きく違っているのです。歴史人口学発祥の国フランスでは、「教区簿冊」の分析が行われました。「教区簿冊」とは教会に備え付けられている記録簿で、そこには洗礼を受けたとき、結婚したとき、墓地に埋葬されたときの3つが個人ごとに記録されています。ルイ・アンリは、「教区簿冊」を用いて、個々人が生まれてから死ぬまでをずっと追いかけていくことを基本として、それを何十、何百、何千と集めていきました。すると、当時の人々が平均いくつで結婚し、何人子どもを生み、どれくらい生きたかということが浮かび上がってきたわけです。このような方法で当時の人口に関する指標が得られるようになったことが、歴史人口学が学問として歩みだしたその始まりでした。

では日本はというと、「宗門改帳」が注目されました。「宗門改帳」は江戸時代の初期に記録され始め、それは一神教であるキリスト教が広まるのを良しとしなかった幕府が、一人ひとりについて、キリスト教徒ではなく仏教徒であることを寺に証明させ、判をついて提出させたものでした。日本における歴史人口学の先駆者となった著者は、この「宗門改帳」に注目し、その研究・分析を行なってきました。著者は、その研究・分析によって、江戸時代初期の人口は1200万人程度で、その後17世紀中に人口爆発が起こり、享保期(1716~1736)には3000万人程度であったとしています。

私ははじめ、歴史人口学というものに対して、その時代にどれくらいの人がいたかが分かる程度ではないかという先入観を、その冠した名前から勝手に持ってしまっていましたが、この本を読み進めていくうちに、実際にはそれだけではなく、歴史の中に埋もれてしまっていた固有名を持つ人々の生涯を追っていくことで、ミクロな視点による歴史、すなわち、その時代を生きた一人ひとりの実像を浮かび上がらせ、その一人ひとりの生涯が何十人、何百人、何千人と重なっていくことで、トップダウンの歴史とは違った、ボトムアップの歴史が見えてくる、すごい可能性を秘めた面白い学問であるという認識に至りました。

江戸時代に起こった世帯規模縮小の理由とは、そして日本人の代名詞とも言える「勤勉」の源流?「勤勉革命」が起こった当時の社会背景とは。これまでの歴史観に、こうした歴史人口学の視点を持ち合わせることで、より多角的な深みを増した歴史に出会えると思います。

ところで話は少しそれますが、「過去」はその字が示すように、すでに過ぎ去ってしまったものごとのことですよね。しかしその、確かにあった「過去」は時間とともに人々の記憶から失われ、その存在を証明しうる物証もやがて失われていきます。そして「現在」。失われてしまった「過去」は、人々にとって好奇心をそそられるロマンの宝庫となっています。人類の進歩、また技術革新によって「新」発見されるのは「過去」。それも「最古の○○」と言われれば不思議と人々の関心は高まります。

「未来」に、今はまだ顔を見せていない「過去」が新発見されるというのは、なんとも面白いことだなと思います。

◎関連リンク◎

歴史人口学で見た日本(文藝春秋)

歴史人口学(Wikipedia)

ユーラシア人口・家族史プロジェクト

歴史人口学を学ぶ

人口問題(新書マップ)

速水融『歴史人口学で見た日本』(井出草平の研究ノート)

・『大正デモグラフィ 歴史人口学でみた狭間の時代』 速水融 小嶋美代子 2004.1 文藝春秋(文春新書)

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