カテゴリー「新書」の6件の記事

2009年10月 4日 (日)

76冊目 『エア新書』

10月に入り、衣替えの季節になりました。

会社でもいわゆるクールビズが終わり、ネクタイの着用が始まりましたが、首元を閉じただけで暑さが厳しいです。ワイシャツの中の空気の換気口が少なくなっただけで、こんなにも違うんですね。私も同僚も結局みんな腕を捲くって仕事しております。今年は暖冬の予想が出ているだけに、暑がり一族にはまだまだ辛い日々が続きそうです。

さて読書の秋に、ちょいとユーモアを取り入れようと今回私が手にしたのは、

『エア新書』 石黒謙吾 2009.1 学習研究社(学研新書)

エア新書』 石黒謙吾 2009.1 学習研究社(学研新書)

という本です。そういえば新書をここで取り上げるのはかなり久々な気がします。

数年続いた新書ブーム、新書の創設ラッシュも一段落した感がありますが、書店で新書のコーナーを覗いてみると、毎月膨大な数の新書が未だに出版され続けているのに驚きます。

正直、あまりの多さに何がどの出版社から出ているのか把握しきれないですね。自分の読書傾向が変わってきたこともありますが、新書を買う機会が減ってきた気がします。

で、今回紹介する新書なんですが、『エア新書』。ピンと来られる方も多いと思いますが、ちょっと前にネット上で話題になった「エア新書」というサイトがきっかけで、本物の編集者である著者が、「この人ならこんなイメージがあるな」と、100冊の架空の新書を考えてまとめた本です。

学研新書から発売されているのですが、中身をペラペラと捲ってみると、本書『エア新書』と同じような装丁で、ずらっと表紙ばかりのページが続きます。

メインタイトルとサブタイトル、そして帯コピー。この三位一体と著者名が組み合わさった瞬間、それは「笑い」と「感心」となって昇華します。

脳科学者の茂木さんは実際にたくさんの本を出版されていますが、こんな本は出ないと分かっているだけに、不思議な説得力がありますね。

Airshin

そしてこの本、ただのお笑い本ではありません。読んでみて、実際に自分で作ってみることで、間違いなく脳が活性化されます。発想の筋トレです。それも苦しくない、楽しい筋トレ。この本を参考にして、有名人でもいいですが、身の回りの人で想定してみることも強力にオススメ。(P2-3)

私も実際に1冊考えてみました。

もしも甲子園の魔物が本を書いたら…。一体どれだけの球児を泣かせ、どれだけの観衆に感動のドラマを見せてきたのか。その裏話を語ってほしいですね~。

エアギターやエア焼肉。人間の想像力の産物である「エア○○」は、今後も人類とともに進化していきそうですね。(本当ですか?)

◎関連リンク◎

エア新書(学研新書)

エア新書(BLUE ORANGE STADIUM)

石黒謙吾の『エア新書』立ち読みブログ

エア新書

POPit

POPPIN BOOKS

腰帯ドットコム

売れる!書籍名メーカー 魔法のホンデレラ

エア焼肉

今年の“エアブーム”は『エア新書』か?(デイリーポータルZ)

新書ズラリ(2006年12月1日)

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2006年12月 1日 (金)

新書ズラリ

昨日の朝刊より。紙面を捲っていると、厳ついおっちゃんがドンッと二人。幻冬舎新書創刊を宣伝する一面広告でした。

新書ブームともいえる状況がここ数年続いていますが、今年も新書業界には多くの話題がありましたね。今年だけでも、ソフトバンク新書、朝日新書、そして幻冬舎新書、他にもいくつか新たな新書シリーズが創刊されました。ソフトバンククリエイティブは、ソフトバンク新書に続き、サイエンス・アイ新書も創刊し、一年で2つも新書を始めました。サイエンス・アイ新書のサイトは結構面白いのでよく見ています。

これまで新書を刊行していた出版社も、新たに新書MC(洋泉社)、PHPビジネス新書(PHP研究所)を創刊。新書のラインナップは一体どこまで増えていくのでしょうか。ブログを周遊していて、増えすぎた新書をどのように陳列するのか、本屋さんでも苦慮していることを知りました。

「ソフトバンク新書」創刊!(ソフトバンククリエイティブ)

世間知らずじゃ、勤まらない人へ。朝日新書創刊(asahi.com)

創刊直前!忙中閑アリ……(「朝日新書」編集長日記)

技評SE新書、創刊!(電脳会議)

毎日コミュニケーションズ、新書判書籍シリーズを発売(MYCOMジャーナル)

ところで、一挙に17冊を刊行した幻冬舎新書の表紙デザインに一言。これって、ソフトバンク新書と色がかぶって…。オレンジ色といえばソフトバンクの方が印象が強いしなぁ。

幻冬舎新書 ソフトバンク新書

老舗の岩波新書は、新赤版が1000点を突破したのを機に、『変わりますが、変わりません。』というコピーを掲げて、今年4月にリニューアルしました。

私は、単行本や文庫とは一味違う魅力を持った新書に惹かれることが多く、数えてみたところおよそ80冊の新書を持っていました。手軽さと扱っている内容の豊富さ、そしてタイトルも奇抜で印象を残すものが多いですね。今更の感もありますが、私なりに新書を整理してみようと思います。

2006年新書トピックス+2007年は「選書」ブーム?(編集会議.com)

新書ブーム 教養書も手軽な時代(産経新聞 ENAK)

新書の棚から社会を見る(本屋さんへ行こう!)

広がる中高生向け新書 理論社・筑摩が創刊、岩波も増強(asahi.com) ←2004年の記事

新書 いま・むかし(連想出版がつくるWEBマガジン[KAZE]風)

連想出版がつくるWEBマガジン[KAZE]風

新書マップ~テーマで探す新書ガイド~

TOLLE ET LEGE 新書新刊情報

本を調べる

朝日新書 朝日新書(朝日新聞社)

岩波新書 岩波新書(岩波書店)

岩波アクティブ新書 岩波アクティブ新書(岩波書店)

岩波ジュニア新書 岩波ジュニア新書(岩波書店)

角川oneテーマ21 角川oneテーマ21(角川書店)

KAWADE夢新書 KAWADE夢新書(河出書房新社)

技評SE新書 技評SE新書(技術評論社)

幻冬舎新書 幻冬舎新書(幻冬舎)

講談社現代新書 講談社現代新書(講談社)

講談社+α新書 講談社+α新書(講談社)

光文社新書 光文社新書(光文社)

ゴルフダイジェスト新書 ゴルフダイジェスト新書(ゴルフダイジェスト社)

サイエンス・アイ新書 サイエンス・アイ新書(ソフトバンククリエイティブ)

サンガ新書 サンガ新書(サンガ)

新書MC 新書MC(洋泉社)

新書y 新書y(洋泉社)

新潮新書 新潮新書(新潮社)

新日本新書 新日本新書(新日本出版社)

集英社新書 集英社新書(集英社)

祥伝社新書 祥伝社新書(祥伝社)

生活人新書 生活人新書(NHK出版)

青春新書インテリジェンス 青春新書インテリジェンス(青春出版社)

ソフトバンク新書 ソフトバンク新書(ソフトバンククリエイティブ)

宝島社新書 宝島社新書(宝島社)

ちくま新書 ちくま新書(筑摩書房)

ちくまプリマー新書 ちくまプリマー新書(筑摩書房)

中公新書 中公新書(中央公論新社)

中公新書ラクレ 中公新書ラクレ(中央公論新社)

寺子屋新書 寺子屋新書(子どもの未来社)

日文新書 日文新書(日本文芸社)

パンドラ新書 パンドラ新書(日本文芸社)

ひつじ市民新書 ひつじ市民新書(ひつじ書房)

PHP新書 PHP新書(PHP研究所)

PHPビジネス新書 PHPビジネス新書(PHP研究所)

扶桑社新書 扶桑社新書(扶桑社)

ふたばらいふ新書 ふたばらいふ新書(双葉社)

文春新書 文春新書(文藝春秋)

平凡社新書 平凡社新書(平凡社)

ベスト新書 ベスト新書(KKベストセラーズ)

MYCOM新書 MYCOM新書(MYCOM BOOKS)

丸善ライブラリー 丸善ライブラリー(丸善株式会社)

YA新書「よりみちパン!セ」 YA新書「よりみちパン!セ」(理論社)

有斐閣新書 有斐閣新書(有斐閣)

ワニのNEW新書 ワニのNEW新書(KKベストセラーズ)

イザ!新書創刊しました(ブンカ×ブログ) ←おまけ

赤い彗星・シャアも新書業界に颯爽と登場するようです。これは読んでみたい!ちなみに講談社から出版されるようですが、「講談社現代新書」でも「講談社+α新書」でもなく、シャア専用新書のようです。←これが言いたかっただけ(汗)

シャアに学ぶ「男の生き方」 新書で一代記(ITmedia News)

評伝シャア・アズナブル~≪赤い彗星≫の軌跡~(講談社)

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2006年8月 6日 (日)

17冊目 『「野球」県民性』

8月に入り、長く続いた梅雨の季節をすっかり忘れさせてしまうくらいの、晴天・猛暑の日々が続いています。みなさま、屋内外の気温差で体調を崩されませんように。暑中お見舞い申し上げます。

さぁ、今年も茹だるような暑さとともに、いよいよこの季節がやってきました。夏の高校野球(第88回全国高校野球選手権大会)が本日ついに開幕しました。そして今日紹介するのは、高校野球を更に楽しむためのこの本、

『「野球」県民性』 手束仁 2005.8 祥伝社(祥伝社新書)

「野球」県民性』 手束仁 2005.8 祥伝社(祥伝社新書)

です。昔から大の高校野球ファンだった私は、野球の県民性なるものについての本が出版されると聞き、昨年の夏、発売されるとすぐに購入しました。

著者は「はじめに」で、本書のテーマである「野球県民性」について、このように記しています。

私自身も、全国各地の学校を訪れ、野球を観戦していく中で、各地の特徴や特色を感じてきたことも多い。それを自分なりの視点で分析しながら野球を見ていくと、選手にもチームにも、確実にその土地ならではの色があることが発見された。つまり、それぞれの県民性は、野球を通して見ることで、明らかに特徴づけられるのだ。「野球県民性」なる言葉があるのかないのかはわからないが、野球文化に風土の特徴があることだけは確かである。

それぞれの風土や土地の特徴に野球スタイルや野球人のプレースタイルを重ね合わせて見ることによって、新たな野球の楽しみ方も生じてくるはずだ。本書は、野球を一つの地場産業として捉え、県民性を語りながら考察をしていくことも一つの野球観戦の楽しみ方であるということを私なりに提案したものである。(P4-5)

本書では、47都道府県それぞれの地で、「野球がこれまでどんな道を歩んできたのか」、「県民と野球との関わりはどのようなものであるのか」といったことなどについて紹介されており、その内容はというと、北海道から沖縄県まで、まずはその県に住む人々の気質や傾向について記されていて、さらに高校野球を中心として、その地方を代表する野球人についてや、社会人野球、大学野球、少年野球の現状などが詳しくレポートされています。

各都道府県につき3~10ページずつ解説されていて、新書ながら計292ページとなかなかのボリュームがあります。たくさん記述されているのは、東京・大阪の10ページ、千葉・神奈川の9ページで、平均すると各県につき4、5ページくらいです。野球王国として名高い和歌山県についての記述はこんな感じです。

和歌山県は高校野球史の中でも大きな役割を果たしている。歴史上大きく見て、和歌山県は四度黄金時代をつくっている。しかも、それをことごとく異なる学校で築いているのだから、見事というか、素晴らしいというか、レベルが高いというか……。県の人口や産業などを比較してみた場合、これだけ全国制覇を成し遂げたのは、紀伊国屋文左衛門と松下幸之助に次ぐ偉業と言っていいのかもしれない。それだけに、和歌山県人にとって高校野球でつくりあげた時代というのは意味が深い。(P194)

ちなみに四度の黄金時代を築いたのは、戦前は、和歌山中(桐蔭高)、海草中(向陽高)、戦後は、箕島高、智弁和歌山高です。

本書にある著者のプロフィールによれば、野球を年間200試合観戦されているそうで、そのためか、その地方に住む人しか知らない、分からないような、高校野球や地元高への思いが各都道府県とも詳しく書かれていて、非常に面白かったです。例えば、今夏も埼玉県代表として出場する浦和学院については、このような記述がありました。

口の悪い埼玉県人の野球好きには、埼玉県勢の高校野球の意外な不振は浦和学院にあると言う人もいる。確かに素質に恵まれた選手が多く、事実、毎年のようにプロ野球に人材を送り込んでいる。素材力の高さは県内一であることは間違いない。それだけに、浦和学院に関しては代表になるだけでは許されないところがある。むしろ、県内では勝って当然、負けたら「何をやっているんだ」と言われかねない。それが彼らにとって余計なプレッシャーにつながり、そこで普通にプレーしていくことの難しさにつながっている。(P86)

代表校は県民の期待も大きいわけで、野球を「楽しむ」という次元とは別の世界で戦う大変さもあるようです。ともあれ、やっぱり地元の代表校が勝ち進むと嬉しいものですが。

日本における野球のルーツや偉大な野球人たちの足跡を辿ることが出来、また各地の高校野球の辿ってきた道と現状を知ることが出来て、満足の一冊でした。

ところで本書とは関係ない話ですが、この夏の高校野球は今年が第88回大会で、3年生は1988年生まれです。つまり、その大会で中心となる3年生の生まれた年(正確には年度)と、大会の回数が一致しているんですよ。

松坂世代と呼ばれる1980年生まれの世代が甲子園で3年生として活躍したのは、第80回記念大会でした。ということは、記念すべき第100回大会の中心にいるのは、2000年生まれの子どもたちということになります。まだまだ先の話ですが、今5、6歳の子どもたちが、将来逞しい球児となって甲子園にやってくる、その日が今から楽しみです。

ちなみに、この法則が通用するのは1946年の第28回大会からで、第1回大会は1915年にあったのですが、1941年~1945年まで戦争のために大会が中止されたために、この法則が生まれたのでした。

追記1:2006年8月20日(日)

夏の高校野球、試合観戦に欠かせない本といえば、週刊朝日・増刊号の『甲子園』です。私が持っているのは2002年の第84回大会の本からですが、ペラペラとめくると、新聞や「熱闘甲子園」を見て得た情報や試合結果が書き込んであり、いろんなことを思い出します。ちなみに、持っている5冊の背表紙はずっと「ビオフェルミン」でした。

今年の『甲子園』の編集中記が印象に残ったのでここで引用させていただきます。

女の子が選手として甲子園の土を踏む日はいつになるのでしょうか。そう思わずにいられないのは、この夏、高校野球の取材を担当している朝日新聞の記者の3分の1が女性だからです。かくいう私も、この増刊号の2人目の女性担当者です。お肌の曲がり角を迎えた身には、甲子園球場での日焼けが恐ろしくてたまりませんが、本大会終了後すぐに発売予定の「甲子園Heroes」もお楽しみいただけるようにスタッフ一同全力で取材活動に取り組みます。本誌・四本倫子(P186)

2006 甲子園(朝日新聞社)

◎関連リンク◎

「野球」県民性(s-book.com)

手束仁 Official Homepage

選手権大会(財団法人日本高等学校野球連盟)

激闘の記憶と栄光の記録

みんな、昔は球児だった(Yahoo!JAPAN)

Yahoo!ニュース 高校野球

第88回全国高校野球選手権大会(asahi.com)

第88回全国高校野球選手権大会(朝日放送)

第88回全国高校野球選手権大会(NHK)

熱闘甲子園(朝日放送)

おらが夏の甲子園。(ほぼ日刊イトイ新聞)

・『熱闘!高校野球47の勢力図』 手束仁 2005.6 アリアドネ企画

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2006年7月 1日 (土)

16冊目 『都道府県別気持ちが伝わる名方言141』

図書館へ行くと、ぐるぐると歩き回って、出来るだけいろいろなジャンルの本を借りるようにしているのですが、やっぱりコトバ系の本だけは最低一冊は選んでいます。先日図書館へ行ったとき、『おっ、面白そう』と、思わず手にとったのが今回紹介する、

『都道府県別気持ちが伝わる名方言141』 真田信治 2005.1 講談社(講談社+α新書)

都道府県別気持ちが伝わる名方言141』 真田信治 2005.1 講談社(講談社+α新書)

です。タイトルの「気持ちが伝わる」がグッときました。もし『都道府県別名方言141』だったら、なんだか味気なくて、手にとっていなかったかもしれません。本書は、

第一部 日本語のバリエーション

第二部 県別・方言の風景

の二部構成になっています。本書のメインである第二部では、各都道府県ごとに、それぞれの県の自然・生活・性向などを表現するキーワードが「名方言」として3つずつ掲げられていて、47都道府県×3で計141の「名方言」が紹介されています。

さて、私はこの本を読む前、きっと都道府県ごとに切り分けられて、コトバが羅列されているんじゃないかと思っていたのですが、読み進めていくと、その予想はいい意味で裏切られました。項目は各都道府県ごとに区切られているのですが、その県や県の方言にまつわる著者のエピソードが語られながら、都道府県を横断する記述がなされていたのです。ある方言や言葉の形式をピックアップしたときに、それをその県だけのものとして閉じ込めてしまうのではなく、他の都道府県の言葉と関連づけながら説明されていたので、非常に面白く感じました。ここではすべてを紹介することはできませんが、私の住む関西に関する記述を幾つか取り上げてみたいと思います。

近畿方言

範囲 京都府丹後地方と兵庫県但馬地方を除く近畿地方の大部分、および福井県若狭地方

特徴 この方言の代表は大阪府と京都府の方言であるが、両方言の間にはかなりの相違が見られる。たとえば、「来ない」に対応する方言は、ケーヘン(大阪的)、キーヒン(京都的)である。ただし、最近はいずれにおいてもコーヘンという形が一般的になりつつある。「行かない・行けない」に対応する方言は、イケヘン・イカレヘン(大阪的)、イカヘン・イケヘン(京都的)である。また、尊敬語の「行かれる・来られる」に対応する方言は、イキハル・キハル(大阪的)、イカハル・キヤハル(京都的)である。(P25)

京都府丹後地方と兵庫県但馬地方は、中国方言の範囲に入っているそうです。

和歌山県

1 アガ(自分) 「アガのこととも知らんと」(=自分のことだとも知らないで)

2 ~ラ(~よ) 「今度、つれもて行こラ」(=今度、一緒に行こうよ)

3 アル(いる) 「人がよーさんアルのし」(=人がたくさんいるねえ)

奈良県

1 ~ミー(~ね) 「ほんでミー、あのミー」(=それでね、あのね)

2 キサンジ(素直なさま) 「キサンジなお子たちですなー」(=素直なお子さんたちですねえ)

3 モムナイ(おいしくない、まずい) 「このなんきん、モムナイなー」(=このカボチャ、まずいね)

滋賀県

1 カナン(嫌だ、やりきれない) 「ほんな厄介な仕事カナンわ」(=そんな厄介な仕事は嫌だよ)

2 ~ケ(~かい) 「ほ~ケ、ほなしよケ」(=そうかい、それならしようかい)

3 ダシカイナ(いいじゃないか) 「ほな、帰るわ」(=じゃあ帰るよ)「まあダシカイナ」(=遠慮しなくてもいいじゃないか)

京都府

1 ハンナリ(明るくて上品なさま) 「ハンナリしたお着物着たはりますなあ」(=上品な着物を着ていらっしゃいますねえ)

2 ホッコリ(ほっとするさま) 「せわしない用事もすんだし、ホッコリしおすなあ」(=忙しない用事もすんだので、ほっと一息つきますねえ)

3 ナムナムスル(平凡に暮らす) 「おかげさんで、まあナムナムシいたしております」(=おかげさまで、まあ何とかやっております)

大阪府

1 ボチボチ(そろそろ) 「ほな、ボチボチ行きまひょか」(=それでは、そろそろ行きましょうか)

2 ~ネン(~のだ、~のよ) 「いつまで飲んでるネン」(=いつまで飲んでいるんだ)

3 ~ンチャウ(~じゃない) 「そういうこととちゃうンチャウ」(=そういうこととは違うんじゃない)

兵庫県

1 ~テヤ(~ていらっしゃる) 「どこぞ、いとっターったんけ」(=どこかに行っていらっしゃったんですか)

2 イヌ(帰る) 「ほな、もうインでくるわ」(=それじゃ、もう帰るよ)

3 ゴーガワク(腹が立つ) 「ほんま、ゴーガワイたで」(=本当に腹が立ったよ)

本書を通じて、ハワイの日本語の特徴は、ハワイへの移住民を一番多く出した広島県の方言を基調にしていることや、旧陸軍が長州閥によってつくられたことで、軍隊に「~デアリマス」調の山口弁が普及したことなど、ことばに関する様々なエピソードを知ることができました。

私は「おおきに」という言葉が好きで、日常生活でもよく使うのですが、「おおきに」についての記述がありました。

ちなみに、「おおきに」を「とても」の意味で使う用法は浮世草子などの古典や明治時代に出版された和英辞書『和英語林集成』などにも見られる、いわば共通語であった。現代の関西での「おおきに」は、かつて全国的に存在した「おおきにありがとう」が縮まった言い方なのである。(P165)

面白いというよりも、すごいと思ったエピソードが載っていました。

一九八四年度には、研究室のゼミでのフィールドワークに紀ノ川流域を対象に選んだ。徳川宗賢先生も参加してくださった。和歌山(城)を陣地として調査をスタートした徳川方と九度山(真田庵)を陣地としてスタートした真田方が紀ノ川中流域で合流したのも懐かしい思い出である。(P140)

大阪大学で徳川先生と真田先生が方言の研究をされていたなんて、出来すぎていますが、これも事実なんですね。

私が本書に非常に好感を持ったのは、著者である真田さんの研究者としての真摯な態度と、それぞれの土地で生きる人々への暖かい眼差しが、その文章からよく伝わってきたからだと思います。すっかり真田さんのファンになってしまったので、きっと他の著作もこれから読むことになるでしょう。最後になりますが、読者として私が受け取った、著者の言葉に対する思いを書き記して、本書の紹介を終えたいと思います。

日本でも昨今さまざまな言語が行き交うようになった。そのような中で、母語によって自らを表現する権利と、地域社会にアクセスする権利という両面から、異言語間の相互理解の問題も取り上げるべき時が来ている。基本的な言語権を考えるために、また、偏狭なナショナリズムや少数派の切り捨てに対峙するためにも。

ちなみに、言語権というのは、母語ないし母方言によって自らを表現する権利、また母語ないし母方言による教育を受ける権利のことである。もちろん、方言コンプレックスもいまだ完全に解消したとは言えない。言語権に関して言語の場合と方言の場合とは同等なのである。(P3-4)

さて、地域での生活ことばというものに対して、私たちはどのようなスタンスをとったらいいのであろうか。

私は、まず自分自身のことばを見つめる、ということから始めるべきであろうと考えている。大切なのは、ひとりひとりが自分の日々のことばづかいに感受性を持つことである。ことばに敏感であることはすなわち生きることに敏感であることだと言ったら大げさであろうか。その心持ちは自然に他の人に不快感を与えない気配りの表現という形で現れてくるはずである。そして、もし美しいことばというものがあるとすれば、それこそが美しいことばと言えるものなのではないだろうか。(P159)

◎関連リンク◎

都道府県別 気持ちが伝わる名方言141(講談社)

真田信治のページ(大阪大学)

共通語取り込む 「ネオ方言」(YOMIURI ONLINE)

若者の方言ブームを探る(FMK EVENING JOURNAL)

新書マップ 方言

登録番号69 真田伝説の里 和歌山県九度山町(asahi.com 勝手に関西世界遺産)

・『方言の日本地図』 真田信治 2002.12 講談社(講談社+α新書)

はっちの太鼓本 太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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2006年4月11日 (火)

9冊目 『日本人はカレーライスがなぜ好きなのか』

「あなたの好きな食べ物は何ですか?」

そう聞かれたら、みなさんは何と答えますか?「寿司」でしょうか、「焼肉」でしょうか、それとも「ラーメン」でしょうか。もちろん人それぞれに、私はこれだ、という食べ物があると思いますが、ここで忘れてはならない食べ物があります。そう、「カレーライス」です。

学校給食で待ち遠しかったカレーライス。家庭では今やおふくろの味となっているカレーライス。子どもから大人まで、多くの人が愛してやまないカレーライス。一体どうして日本人はこんなにカレーライスが好きなのでしょうか。今回紹介するのは、まさにこの問いをタイトルとして掲げたこの本、

『日本人はカレーライスがなぜ好きなのか』 井上宏生 2000.11 平凡社(平凡社新書)

日本人はカレーライスがなぜ好きなのか』 井上宏生 2000.11 平凡社(平凡社新書)

です。目次を見てみると、

プロローグ カレーとはいったいなんだ?

第一章 カレーは文明開化のクスリだった

第二章 日本でカレーはどう変身したか

第三章 カレーライスの先駆者たち

第四章 日本の軍隊はカレーが好きだった

第五章 奇跡の再生と百花繚乱のカレー

エピローグ カレー好きな日本人の不思議

となっており、日本におけるカレー史を紐解きながら、日本人とカレーとの、切っても切れない強い結びつきに迫っていく内容となっています。

さて、カレーライスは一体いつごろ日本に伝わったのでしょうか。本書によれば、明治維新(1868年)から数年が経った1972年に出版された、『西洋料理指南』『西洋料理通』という本でカレーが紹介されていることから、この頃にカレーが伝わっていたのは確かなようです。

みなさん、ここで重要な事実に気づきましたか?重要な事実とは、カレーは西洋料理として日本に伝わったということです。今ではカレーの本場がインドであることはほとんどの人が知っていることだと思いますが、日本にカレーを伝えたのはインドではなく、イギリスだったのです。つまりカレーは、インド→日本というルートではなく、インド→イギリス→日本というルートによって、間接的に日本にもたらされたのです。よく、日本のカレーはインドのカレーとは別物だということを聞きますが、それもそのはず。日本に紹介されたカレーは、インドで味わったカレーの味が忘れられず、本国イギリスでも食したいと、イギリス人が独自に作ったイギリス風のカレーだったのです。

明治といえば文明開化の時代であり、脱亜入欧の思想のもと、西欧諸国に追いつこうと、西欧の文化や生活が積極的に取り入れられた時代です。著者は、もしもカレーが当時、インドの料理として日本に紹介されていたら、これほどまでに日本人に受け入れられただろうかと読者に疑問を投げかけていますが、これには思わず、う~むと考えさせられました。

西洋料理として日本に伝えられたカレーでしたが、それは私たちに馴染みのある今のカレーとは少し違うものだったようです。先ほどの『西洋料理指南』のカレーの作り方を見ると、その材料として、ネギ生姜ニラエビタイカキ赤蛙といった食材が挙げられています。私たちに馴染みのある、じゃがいも、人参、たまねぎは出てきません。これらの食材がカレーの材料として用いられるようになったのは、もう少し後になってからのようです。

カレーといえば、なにもカレーライスだけではありません。今私たちの周りには、カレーうどんやカレーパンが人気のメニューとして存在しています。今では当たり前となっているこれらのメニューですが、その誕生の影には様々な苦心と創意工夫があったようです。

カレーの人気が高まっていくにつれて、そば屋やうどん屋からは客足が遠のくようになっていきました。店が存亡の危機にさらされる中で、ある店主が「ご飯にカレーが乗っているなら、うどんにカレーが乗ってもおかしくないはずだ」と考え、試行錯誤の末、カレーうどんを誕生させました。時は1904年ごろ、東京・早稲田にあった「三朝庵」という店で、その後、カレーうどんが人気となり、店はにぎわいを取り戻したそうです。

明治時代に伝わったカレーは、その後日本で着実に人気を広げていきましたが、戦争による負の歴史も背負ってきました。

ちなみに、太平洋戦争中、陸軍は英語を敵性語として徹底的に排斥している。その影響はわれらがカレーにもおよんでいる。長年、陸軍はカレーを「カレー汁」と呼んでいたが、戦時中、「辛味入汁掛飯」と呼ばれるようになった。カレーの三文字が敵性語だったからである。ただし、海軍では終戦まで「カレー」と呼んでいた。ドイツ流の陸軍が厳格だったのに比べ、イギリス流の海軍はリベラルだったからだといわれている。

ここ数年、札幌発のスープカレーの人気が日本全国に広がりました。カレー好きの日本人が、次は一体どのような新たなカレーの美味しさを見つけるのか、楽しみに待ちたいと思います。

追記1:2006年4月13日(木)

最近、緒形直人さんが出演しているハウス食品「北海道ホワイトカレー」のCMをよく見かけます。スープカレーの次はホワイトカレーがブームになるんでしょうか。白いカレーというのは、なんともインパクトがありますね。恐るべし北の大地。

北海道発祥のホワイトカレーはもう食べた?(Excite)

北海道ホワイトカレー(ハウス食品)

追記2:2006年4月13日(木)

2005年の大ベストセラー『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』と、今回紹介した『日本人はカレーライスがなぜ好きなのか』に共通することとはなんでしょうか?一つは新書であること。新書は出版界で現在、最も話題性があり、数十社が乱立する戦国の様相を呈しています。そしてもう一つはタイトルに「なぜ」があること。このことについて書かれた記事を本よみうり堂で見つけたので、ここにリンクしておきます。

なぜ多い?「なぜ」と問う本(本よみうり堂)

追記3:2006年4月13日(木)

中国といえば広く深い食文化を育んできたという印象がありますが、カレーに関して言えば、これまであまりメジャーな食べ物ではなかったようです。その中国に日本式カレーを広めようと、日本の各食品メーカーが次々と中国市場向けの商品を開発しているそうです。下の記事は二つとも2005年のものですが、その後果たして日本発のカレーは中国で普及していっているのでしょうか。気になるところです。

中国味の家庭用カレー発売(NIKKEI NET)

「レトルト文化」、中国で広げたい(NNA)

追記4:2006年4月14日(金)

私には忘れられないカレーがあります。何という名前の商品だったかは分かりませんが、その商品のCMだけは今でも鮮明に憶えています。木村佳乃さんがカレーを作りながら、「♪10分でカレーをつくろ~よ」と歌っているCMです。それを手がかりにして検索してみたところ、ハウス食品の「カレークイック」であることが判明しました。

カレークイック うまみとコクの中辛(ハウス食品) カレークイック スパイシーな辛口(ハウス食品)

あれ、すごく美味しかったんですよ。商品は調理時間を売りにしていたようですが、野菜(特にじゃがいも)がシャキシャキとした触感のまま味わえるカレーというのはすごい新鮮で、その当時は実家にいたのですが、夕食がカレーの時、何度かそのカレーを食べてました。結構好きだったので、出来ることならもう一度食べてみたかったのですが…。食べた記憶も結構前ですが、いつごろ見かけなくなったのかも正直思い出せません。

そこでさらに検索してみたところ、「カレークイック」は1999年の初めごろに発売され、2000年1月に製造中止になったそうです。そうやったんや…、実質1年くらいしか発売されてなかったんですね。

メーカー(ハウス食品)の評価としては、

『当初は手軽さで評価されたが、ネーミングやパッケージがレトルトカレーと間違えられることが多く十分浸透しなかった』

そうです。検索していると、美味しかったという意見がある一方で、美味しくない、これはカレーじゃない、という意見もありました。ん~、でももう一度食べたいな~。

さてさてホワイトカレーは1年後どうなっているのでしょうか。検索中、面白いページを見つけたのでリンクしておきます。おっと、ここの記事、相当長くなってきたな~。さすがカレー!

復活してほしいもの(食べ物)

追記5:2006年4月25日(火)

『めざましテレビ』(フジテレビ系列)で、めざましどっち?というコーナーがあるのですが、4月17日の放送の質問が、「カレーのつけあわせといえば…福神漬け or らっきょう?」というものでした。結果は福神漬けが86.6%(32,456人)、らっきょうが13.4%(5,009人)で、福神漬けの圧勝でした。番組の調査では、外国の人はらっきょうを選んだ人が多かったそうです。私はらっきょうが苦手なので、福神漬けを選びます。

今日、4月25日の『おはよう朝日です』(朝日放送)で、「カレー消費量日本一?鳥取カレー三昧の旅」という特集がありました。私はこれまで、鳥取に対してカレーのイメージは全く無かったのですが、調べてみると、鳥取市は一世帯当たりのカレーのルー購入量が全国一なんだそうです。特集では、カレーンジャーという鳥取のカレー文化を全国に発信しようと活動している人たちが出てきました。鳥取は全国有数のらっきょうの生産地でもあります。

めざましテレビ(フジテレビ)

鳥取カレー三昧の旅(朝日放送)

鳥取カレークラブ カレーンジャー

鳥取カレー倶楽部発足 "食文化"全国に発信(日本海新聞)

砂丘らっきょう(とっとり砂丘王国)

追記6:2006年8月3日(木)

4月にここで取り上げた「北海道ホワイトカレー」が、ここに来て熱気を帯びてきています。なんでかなと思ったら、これまで北海道と西日本限定での販売だったそうです。全然知りませんでした。8月7日から全国発売されます。

どうしても食べたくて、一度だけレトルトの「北海道ホワイトカレー」を食べました。口当たりはとてもまろやかで、辛さも控えめでした。見た目は本当にシチューそっくり。なかなか美味しかったですが、個人的には普通のブラウンのカレーがやっぱりいいなと思った次第です。

北海道で白いカレー人気 7日から全国発売へ(SANSPO.COM)

追記7:2006年9月17日(日)

追記5で、『めざましテレビ』(フジテレビ系列)の、めざましどっち?というコーナーのことを取り上げましたが、9月4日の放送では、「カレーにかけるとしたら…しょうゆ or ソース?」という質問が出されていました。結果はしょうゆが26.5%(9,417人)、ソースが73.5%(26,067人)で、ソースが全体の約4分の3の支持を集めていました。

驚いたことに、カレー専用のしょうゆ、ソースというものまであるようです。個人的には、どちらもかけないですね。余談ですが、子どもの時に、ごはんに海苔を敷いて、その上にカレーをかけて食べていたことをふと思い出しました。

めざましテレビ(フジテレビ)

「家カレー」もツウの味に! カレー専用ソース(Excite)

カレー名人のウスターソース(蛇ノ目食品 廣田徳七商店)

洋食屋さんのカレー醤油(湯浅醤油)

◎関連リンク◎

日本人はカレーライスがなぜ好きなのか(平凡社)

カレー博物館(横濱カレーミュージアム)

カレー資料館(ハウス食品)

スープカレーの歴史(ハウス食品)

こんなのいいね! 北海道ホワイトカレー(ハウス食品)

カレーの街よこすか(神奈川県横須賀市)

華麗なるBIT CURRYの世界

カレー天国(BRUTUS ONLINE)

『食』に関する調査資料(農林中央金庫)

カレーライス(新書マップ)

・『カレーライスと日本人』 森枝卓士 1989.2 講談社(講談社現代新書)

・『カレーライスの誕生』 小菅桂子 2002.6 講談社(講談社選書メチエ)

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2006年3月15日 (水)

7冊目 『歴史人口学で見た日本』

あの時代、日本列島にはどれくらいの数の人々が生活していたんだろうか。学校で歴史を学びながら、ふとそんなことを考えたことがありました。天下統一を目指した織田信長が生きたあの時代、どれくらいの人が彼と時代を共にしたんだろうか、日本が近代へと歩みを進めた明治維新の頃、どれくらいの人が時代の転換期を生きたのだろうかと。そんな私の疑問に一筋の光を射し込んでくれた本。それが今回紹介する、

『歴史人口学で見た日本』 速水融 2001.10 文藝春秋(文春新書)

歴史人口学で見た日本』 速水融 2001.10 文藝春秋(文春新書)

です。歴史人口学という学問について、この本と出会うまでは名前すら聞いたこともなく、何も知らない状態でしたが、一読してみて、非常に興味深く、また面白い学問であるという印象を持ちました。

歴史人口学の歴史はおよそ半世紀と、学問としてはまだ新しく、フランスのルイ・アンリによって確立された学問だということでした。歴史人口学は、その名の通り過去の人口について明らかにすることが目的で、近代国勢調査以前の不完全なデータを基礎として、人口学の手法を用いてそれらを分析する学問です。日本では1920年に初の国勢調査が実施されているので、歴史人口学が光を当てるのはそれ以前ということになります。

さて、それでは近代国勢調査以前の不完全なデータとは一体どんなものなのか。それが各国によって大きく違っているのです。歴史人口学発祥の国フランスでは、「教区簿冊」の分析が行われました。「教区簿冊」とは教会に備え付けられている記録簿で、そこには洗礼を受けたとき、結婚したとき、墓地に埋葬されたときの3つが個人ごとに記録されています。ルイ・アンリは、「教区簿冊」を用いて、個々人が生まれてから死ぬまでをずっと追いかけていくことを基本として、それを何十、何百、何千と集めていきました。すると、当時の人々が平均いくつで結婚し、何人子どもを生み、どれくらい生きたかということが浮かび上がってきたわけです。このような方法で当時の人口に関する指標が得られるようになったことが、歴史人口学が学問として歩みだしたその始まりでした。

では日本はというと、「宗門改帳」が注目されました。「宗門改帳」は江戸時代の初期に記録され始め、それは一神教であるキリスト教が広まるのを良しとしなかった幕府が、一人ひとりについて、キリスト教徒ではなく仏教徒であることを寺に証明させ、判をついて提出させたものでした。日本における歴史人口学の先駆者となった著者は、この「宗門改帳」に注目し、その研究・分析を行なってきました。著者は、その研究・分析によって、江戸時代初期の人口は1200万人程度で、その後17世紀中に人口爆発が起こり、享保期(1716~1736)には3000万人程度であったとしています。

私ははじめ、歴史人口学というものに対して、その時代にどれくらいの人がいたかが分かる程度ではないかという先入観を、その冠した名前から勝手に持ってしまっていましたが、この本を読み進めていくうちに、実際にはそれだけではなく、歴史の中に埋もれてしまっていた固有名を持つ人々の生涯を追っていくことで、ミクロな視点による歴史、すなわち、その時代を生きた一人ひとりの実像を浮かび上がらせ、その一人ひとりの生涯が何十人、何百人、何千人と重なっていくことで、トップダウンの歴史とは違った、ボトムアップの歴史が見えてくる、すごい可能性を秘めた面白い学問であるという認識に至りました。

江戸時代に起こった世帯規模縮小の理由とは、そして日本人の代名詞とも言える「勤勉」の源流?「勤勉革命」が起こった当時の社会背景とは。これまでの歴史観に、こうした歴史人口学の視点を持ち合わせることで、より多角的な深みを増した歴史に出会えると思います。

ところで話は少しそれますが、「過去」はその字が示すように、すでに過ぎ去ってしまったものごとのことですよね。しかしその、確かにあった「過去」は時間とともに人々の記憶から失われ、その存在を証明しうる物証もやがて失われていきます。そして「現在」。失われてしまった「過去」は、人々にとって好奇心をそそられるロマンの宝庫となっています。人類の進歩、また技術革新によって「新」発見されるのは「過去」。それも「最古の○○」と言われれば不思議と人々の関心は高まります。

「未来」に、今はまだ顔を見せていない「過去」が新発見されるというのは、なんとも面白いことだなと思います。

◎関連リンク◎

歴史人口学で見た日本(文藝春秋)

歴史人口学(Wikipedia)

ユーラシア人口・家族史プロジェクト

歴史人口学を学ぶ

人口問題(新書マップ)

速水融『歴史人口学で見た日本』(井出草平の研究ノート)

・『大正デモグラフィ 歴史人口学でみた狭間の時代』 速水融 小嶋美代子 2004.1 文藝春秋(文春新書)

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