カテゴリー「コミック・アニメ・ゲーム」の15件の記事

2015年1月20日 (火)

93冊目 『聲の形』

元気が出てきたので、久々に書評記事を書きたいと思います。

今回私が紹介するのは、

『聲の形』 大今良時 2013.11 講談社(講談社コミックス マガジン)

聲の形』 大今良時 2013.11 講談社(講談社コミックス マガジン)

という本です。『こえのかたち』と読みます。全7巻で、昨年12月に7巻が発売されて、完結したところです。

物語は、小学6年生の石田将也のクラスに、西宮硝子が転校してきたことから動き始めます。硝子は聴覚障害者でした。

日々、退屈なことを嫌い、仲間とつるんで元気が有り余っていた将也は、硝子に目をつけます。今まで関わったことのないタイプの硝子をからかい始めたのです。いや、将也本人にはからかいの自覚は無かったかもしれません。

しかし、将也の行為は次第にエスカレートしていき、硝子は共に卒業することなく、また転校を余儀なくされます。硝子が転校した後、今度は将也が仲間から「外され」、中学、高校と誰とも関わろうとせず、一人生きていました。

将也は決心します。6年生の時に離れて以来の硝子に会おうと。会って、命を捨てようと…。

1巻は読んでいて辛くなる展開です。感情移入したくなる人物がいない、子どもも親も先生も…。子ども時代のいじめは残酷です。ここまでやるか、誰も止めないのかと、読んでいて腹が立ってきます。

しかし、全7巻を読んだ今言えるのは、これほど人間の気持ちを揺さぶる、考えさせられる漫画は久しぶりだなと。

自らの過ちに気が付いたとき、人にはそれぞれの選択があります。忘れてしまうことも、気がつかなかったことにしてしまうことも出来る。しかし、将也の選んだ道は、二度と取り戻せない、あの小学生の日々と、そして自分が傷つけた硝子と、正面から対峙することだったのです。

いじめも聴覚障害も、両方とも重いテーマではあります。が、『聲の形』はそれを訴えたいのだけではないと感じました。もう取り戻せない過去とどう向き合うのかという人間としての選択、人生における時間の使い方、責任の取り方。。。

読み手は、『聲の形』の世界に入る中で、きっと自分自身をもえぐられると思います。だからこの作品を読まないという選択も出来ます。しかし、私は、この作品を多くの人に読んでほしいと思いました。

加害者と被害者、しかしそれは本当にそうなのか。簡単に分けてしまうことで見えなくなることがあるのではないか。人にはそれぞれ生きていくうえで、どうしようもないことがあります。だからこそ、人の声に耳を傾けることが必要ではないか。時には声なき声に。。。

『聲の形』に出会えたことに感謝します。

◎関連リンク◎

聲の形(マガメガ MAGAMEGA)

聲の形(1) [作]大今良時(BOOK asahi.com)

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2009年11月22日 (日)

83冊目 『ファイトじじいクラブ』

…二人の祖父に捧ぐ

過日、11月1日、母方の祖父が天寿を全うし、この世を去りました。

初孫だった私は、妹と共に幼いころからずいぶんと可愛がってもらい、今もたくさんの楽しかった思い出が心に残っています。奇しくも、『二十一世紀に生きる君たちへ』を贈ってくれた祖父を思いながら、感想記事を書いたのは先月末のことであり、その矢先の急な出来事で、正直なところかなり動揺しました。

ちょうど5年前に父方の祖父も他界しましたが、私にとって越えるのが大変だった10代の半ばから終わりにかけてを支えてくれた、二人の祖父には本当に感謝の思いでいっぱいです。

あの一番苦しかった時の家族の支えなくして、今の私の社会生活は到底考えられませんが、あの頃みんな健在であった、4人のおじいちゃんとおばあちゃんには、生きるということ、そのものを教わり、これからもそれを心の中に大切に抱いて生きていきたいと思います。

実は、祖父が亡くなる少し前に、私はある本を書店で見つけ、その内容に心を打たれて、ここで紹介しようと思っていたのですが、まさかこのような形になるとは思っていませんでした。

祖父がいなくなってしまった寂しさを感じながら、そしてずっと可愛がってもらったことに感謝の思いをこめて、今回私が紹介するのは、

『ファイトじじいクラブ』 山本健太郎 2009.9 エンターブレイン(BEAM COMIX)

ファイトじじいクラブ』 山本健太郎 2009.9 エンターブレイン(BEAM COMIX)

という本です。

祖父は読書家で、愛用していた単車で頻繁に図書館へ通っていて、家にもたくさんの蔵書がありました。今でも家族みんな、それぞれ趣味は違えど本が好きなことに変わりはありませんが、祖父は私が子どものときから、この本は読んだ方がいいと、たくさんの本を勧めてくれました。

私は以前は、読書したり本を買うということにそこまで力を入れていなかったのですが、働き出して、自分で賃金を得るようになってから、本を読むこと、本を買うことに拍車がかかり、今に到っています。

本を買って、中に目を通してから、『あっ、失敗したな…、とほほ』と思うことも時々ありますが、後悔をおそれていたらいい本と出会う機会を逃してしまうかもしれないと思い、本だけは惜しまず買うことにしています。

それで、この本を書店でぱっと見かけた時、作者も聞いたことがないし、宣伝も見たことがなかったのですが、タイトルと表紙の挿絵に何か感じるものがあり、期待半分で手にしたわけです。すいません、今回はかなり前書きが長くなってしまいましたが、いよいよ中身を紹介します。

目次を見ると、

ファイトじじいクラブ

空の下の人々

人になる

目堂君は幸せ

シショーカムバック

という5つの短編が収められており、表題作である「ファイトじじいクラブ」は100頁ほどの中編となっています。

小学校1年生のリュウ太君は毎晩不思議な夢を見ていました。夢の中では二人の祖父が本気で決闘していて、夢から覚めると両親に、今日は父方、母方どちらが勝ったと伝えるのです。

リュウ太君は、学校で上級生がケンカを売ってきても、祖父の決闘の姿を思い出し、怯むことなく挑みます。でも…まだ1年生、力でも体格でも劣るリュウ太くんは負けてしまうのですが、この夜も夢に二人の祖父が現れて、リュウ太くんを励まします。

なぜ毎晩夢の中で、祖父二人は決闘し、その姿をリュウ太君に見せているのか。そこには悲しい理由があったのです。

リュウ太君が生まれるのを楽しみにしていた二人の祖父は、その出生を感じ取りながら、時を同じくして亡くなってしまったのです。以来、夢の中で生き様を伝え、リュウ太君の成長を見守るために、決闘を繰り返していたのです。そんな祖父の思いをちゃんと受け止めて、リュウ太君は立派に成長していました。決して怯まずいろんなことに立ち向かうリュウ太くんでしたが、両親が離婚するという大きな出来事を前にして、ある決意をするのでした…。

思いがけず、素晴らしい作品に出会ったと思いました。リュウ太くんの健気さと祖父の思い、その両方に涙腺が緩んで、この作品がとても愛おしく感じました。

他の4つの短編について、表題作に比べると、画も若干洗練されていない部分を感じつつも、独特の世界観があって、どの作品も共通して「切なさ」を感じさせられるところが印象に残りました。

「空の下の人々」を読んで、井上陽水さんの『傘がない』を思い出しました。

著者の山本健太郎さんは、まだ他の作品を出されていませんが、これから注目していきたいなと思います。

そして私は、これからも本を読んでいきます。

父方 母方 ありがとう(P73)

追記1:2010年2月14日(日)

今月発売の、『ダ・ヴィンチ 2010年3月号』の中で、日本で初めてマンガ学部を設立した京都精華大学マンガ学部の特集記事があったのですが、卒業生として、山本健太郎さんが紹介されていました。

1982年京都生まれということで、年も近かったんですね~。厳密には、山本さんはマンガ学部の前身である、芸術学部マンガ学科を卒業されたようです。

ところで余談ですが、いつもなら発売日をしばらく過ぎても本屋さんに置いてある『ダ・ヴィンチ』が数日後には置いていなくて、少し大きい書店に探しに行ってきました。なるほど、今月は堺雅人さんの特集記事が巻頭で組まれていました。う~む、恐るべし。誰の特集記事を組むかで、販売部数も相当左右されるんだろうなと感じさせられた出来事でした。

◎関連リンク◎

ファイトじじいクラブ ビームコミックス(株式会社エンターブレイン)

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【オススメ】 山本健太郎/ファイトじじいクラブ(マンガ一巻読破)

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2009年8月17日 (月)

72冊目 『プラネテス』

人間が未知なる世界を冒険しようとするのは、ヒトとしての「サガ」なのでしょうか。本来、人類が生存できないような環境であっても、これまで世界に名を知らしめてきた幾人もの偉大な先達によってその地は開拓され、地球上のあらゆる場所が踏破され、その存在を明らかにされてきました。

そして21世紀、人類の宇宙への眼差し。未知を行く冒険者としての先達の意思は、人類にとって今も決して失われていないと感じます。

今回私が手にしたのは、近未来の宇宙を舞台とした、

『プラネテス』 幸村誠 2001.1 講談社(モーニングKC)

プラネテス』 幸村誠 2001.1 講談社(モーニングKC)

という作品です。コミックスは全4巻で完結しています。

作品の舞台は2070年代の宇宙、「ハチマキ」の愛称を持つ星野八郎太は同僚のフィー、ユーリらとともに、スペースデブリ(宇宙ゴミ)を回収する仕事をしています。

この時代、資源が枯渇してしまった地球に代わり、月の資源が利用されていて、また月で生まれ育つ者も少なからずいて、本格的な宇宙開拓時代が始まった頃のように思われます。この時代においては、宇宙は単に人類にとって夢や冒険の舞台だけでは決してなく、政治的・思想的な駆け引きの舞台となっている現実があり、そのような舞台背景を持って描かれるこの作品は、幸せな未来や進歩に沿った空想とは違う、ある種のリアルさを伴った、あり得る近い将来としての宇宙を読者に想起させるものとなっています。

「宇宙自然環境の保護」が過激化し、宇宙における人類の構築物に対して破壊活動を行うようになった『宇宙防衛戦線』。先進国が月軌道上に配備している航空宇宙兵器『軌道機雷』。木星開発のために計画が進行中の人類初の木星往還船の開発の裏側でも、それを阻止しようとするテロの動きがあったり、エンジン開発中に甚大な被害を伴う事故が月面で発生したりと、決して読者に明るいだけの宇宙開拓黎明期を見せてはくれません。

しかし、だからこそ人類は宇宙と今後どう関係を築いていくのか、宇宙はもはや地球の現実と切り離された理想郷ではなく、清濁を抱えた人間社会の延長線上にあるということを、まじめに考えるきっかけを与えてくれているように思います。

八郎太が木星往還船の船員になるために必死になる中で、一度は虚無に見入られそうになりながら、同僚であるタナベと共に生きていくことを決意するまでのパート。そして、終わりのないデブリ回収という仕事をしながら、その一方で宇宙が国家間の軍事的駆け引きの場として新たに汚されていくことに憤り、己の信念を貫くかで立ち往生するフィーの姿を描いたパート。その2つの大きなテーマが作品の骨格をなし、より物語に深みを与えています。

物語全体から受ける印象としてはユーモアが多分に交えられながら、しかしある種の問題提起としての今後の宇宙開発における人類的課題を描くことを怠らないことで、絶妙なバランスの作品となり、私にとって、考えさせられる点が多い作品でした。

夜空を見上げて素直にきれいだなぁと感じられるこの時代に、この作品の持つ意味はなかなか大きいのではないかと思います。『プラネテス』が映像化された作品について私は観ていないのですが、コミックス版と比べてストーリーが再構成されているようなので、ぜひ機会があれば観てみたいなと思います。

◎関連リンク◎

プラネテス(講談社コミックプラス)

PLANETES Web - プラネテス公式ホームページ

・『プラネテス Blu-ray Box 5.1ch Surround Edition』 2009.9 バンダイビジュアル

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2009年3月22日 (日)

68冊目 『深夜食堂』

あっ、この人はこれが好物なんやと分かったとき、急に親しみが湧いてきたり、身近に思えたりすることってないですか?食べ物に関する共感や思い出というものは、思っている以上に人間関係において重要な役割を果たしているような気がします。今回私が手にしたのは、

『深夜食堂』 安倍夜郎 2007.12 小学館

深夜食堂』 安倍夜郎 2007.12 小学館

という本です。

営業時間は夜12時から朝7時頃まで。人は「深夜食堂」って言ってるよ。客が来るかって?

それがけっこう来るんだよ。(第1夜)

繁華街の片隅で深夜にしかやっていない、小さなめしや。メニューにあるのは、豚汁定食、ビール、酒、焼酎、それだけ。それでもお客さんはやってくる、メニューになくても勝手に注文すれば、できるものならおやじが作ってくれるから。

目次代わりのお品書きには、ずらっと料理が並んでいて、その一つひとつに誰かさんのちょっとした人間ドラマが描かれているのです。一つのメニューについて描かれる、そのわずか数ページに、登場人物の喜怒哀楽や生き様が見事に凝縮されていて、それだけでも見事なのに、それに加えて出てくるメニューがどれも美味しそうで、

あなたの腹と心の満たし処

という謳い文句に偽りなしの作品です。

黒髪が美しい娘を自慢していた宮本さんだったが、娘がグレてしまい憔悴してしまう「焼き海苔」。

ボクサーのカッちゃんと、アケミさん・幼いマユちゃん親子を結び付けた「カツ丼」。

食パン持参でやってくる新聞奨学生の中島君が注文する「タマゴサンド」。

おレンさんが注文するのは、かつて息子と自分の命を救ってくれた「あさりの酒蒸し」。

こんなに素敵な人間ドラマが繰り広げられている「深夜食堂」があるのならば是非行ってみたいのですが、実際にあったとして、自分には戸に手をかける勇気がなかなか出ないかなぁと。初めて行く店ってなかなか入りづらいんですよね、だから結局「いつもの」店に食べに行ってしまいそうです。

自分だったら何を注文したいだろうか、そして自分にも何かドラマがあるのだろうかと思いながら、とてもおなかがすいてしまう作品でした。

コミックは現在3巻・第43夜まで出ています。作中で時々、柱時計の挿絵が挟み込まれているのですが、1巻で深夜0時を指していた時計が、現在午前5時まで進んでいて、店の営業時間が終わる午前7時を指したら終わってしまうのではないかと思うと、ドキドキしています。人と食べ物に纏わる機微を見事なまでに穿っている素敵な作品なので、これからもまだまだ続いてほしいです。

追記1:2009年9月21日(月)

今月、コミック4巻が発売され、第57夜まで読むことができます。そして、柱時計は午前7時まで進みましたが、巻末で5巻が11月末に発売予定と予告されていたのでほっとしました。

ちょっと前の話題になってしまいますが、今秋TBS系列(関西ではMBS)でドラマ化され、放送時間は各局ともタイトル通り、日をまたいだ深夜となっています。人間ドラマに味わいがある作品ですが、出てくる料理にも「味わい」があるのでお腹が空いてしまいそうですね。10月には深夜食堂レシピも発売されるようです。

umebonさんのブログ「マンガ食堂」では深夜食堂に出てくる料理を再現されていますが、本当にどれも美味しそうです。バターライスと豚汁は特にいいですね~♪

ドラマではどの料理が、そしてどの料理にまつわる人間ドラマが選ばれるのかも楽しみです。やっぱり「赤いウインナー」は外せないですね。

ドラマ「深夜食堂」公式サイト

深夜食堂(MBS)

・『深夜食堂の勝手口』 堀井憲一郎 2009.10 小学館

◎関連リンク◎

深夜食堂(小学館)

深夜食堂(ビッグスリーネット)

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「深夜食堂」(安倍夜郎)のビーフストロガノフ(マンガ食堂 - 漫画の料理、レシピを再現 -)

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2009年3月 8日 (日)

65冊目 『うごかし屋』

さて3月と言えば、新年度に向けていろいろと身辺を整理する必要がある時期ですが、中でも住む場所を移す必要がある、すなわち引っ越しが一年で最も多い時期でもあります。

私も2年前、就職のため京都市に引っ越してきましたが、なにぶん勤務先が決定したのが3月半ばだったため、慌ただしく引っ越したのが入社式の前日で、しばらく大変な日々だったことを思い出します。もう少し早く引っ越せていれば、時間的な余裕があっただけでなく、引っ越し業界の繁忙期に係るなかなかお高い特別料金に悩まされることもなかったのですが…。

というわけで、人それぞれ、「引っ越し」にはいろいろな思い出があるだろうなぁと思いながら、今回私が手にしたのは、

『うごかし屋』 芳崎せいむ 2008.12 小学館(ビッグコミックス)

うごかし屋』 芳崎せいむ 2008.12 小学館(ビッグコミックス)

という本です。

ひっこしの「うごかし屋」の社長「蘇芳(すおう)鉄」は、急死した父親の跡を継いだ元銀行員で、空いた時間にはいつも読書に耽っています。話は一話完結で、その時に鉄が読んでいる作品とひっこしに関わる様々な人との出会いがリンクして物語が進んでいきます。

読書家の主人公が登場する、ひっこしに纏わる物語というのが新鮮で、話の中で紹介された作品も読んでみたくなったため、一石二鳥な感覚で面白く読めました。

私が好きだったのは、『山吹色の箱』という、小説家の先生のひっこしにまつわる話でした。海松先生が「うごかし屋」にひっこしを依頼するのはなぜか。そして鮮やかな七色のダンボール箱の秘密とは。

話の筋とは関係ないですが、私も本好きが高じて、どんどん身重になってきているので、いつか本当に残したい本だけを手元に残して、ものすごく身軽になって、いろんな土地を転々としてみたいです。

まだ1巻が発売されたばかりなので、物語を彩る登場人物としては、番頭さんの孫娘で、軽々と桐ダンスを持ち上げてしまう力持ちの真朱(まそほ)、鉄の父の代から勤めているベテランの花田と東雲と、まだまだ少ないですが、個人的には、いろいろな文学作品が登場するというのが面白くて、また続きを読みたいなと思いました。

本当は、自分の人生をうごかせるのは自分だけなんです。

オレ達「うごかし屋」はただちょっとそのお手伝いをしているだけなんですよ。(瑠璃色の館)

◎関連リンク◎

うごかし屋(小学館)

芳崎せいむ公式サイト金魚屋古書店

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芳崎せいむ/うごかし屋(マンガ一巻読破)

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2009年1月24日 (土)

62冊目 『宇宙兄弟』

昨年、久しぶりにプラネタリウムに行きたいと思いながら、結局行けないまま年を越してしまいました。夜空に浮かぶ星座は数あれど、自分の心の中でひときわ輝き続けている星座はというと、やはりオリオン座です。子どもの頃に学校の理科の授業で天体について習い、実際にはっきりと星座を見ることができた感動が強く残っているのだろうと思います。

「宇宙」という言葉を聞くと、大人になった今でも、果たしてそこにはどんな世界が広がっているのだろうかとワクワクしてきますが、未知なる世界である宇宙への憧れは人類にとって本能的なものなのかもしれないですね。今年こそはプラネタリウムに行こうと思っている私が今回紹介するのは、

『宇宙兄弟』 小山宙哉 2008.3 講談社

宇宙兄弟』 小山宙哉 2008.3 講談社

という作品です。

物語の舞台は2025年。子どもの頃、宇宙飛行士になるのを夢見た南波六太南波日々人。弟・日々人は夢を叶えて宇宙飛行士となり、月での任務に備えてヒューストンで訓練を受けています。一方、兄の六太は勤めていた自動車開発会社で一騒動を起こし、退職を余儀なくされ、無職となってしまいます。

夢を実現し、どんどん先へ進んでいく弟。子どもの頃から『「兄」とは常に弟の先を行ってなければならない』との思いをもつ六太は、自分は今まで何がやりたかったんだろうかと苦悩します。

そんな六太を再び立ち上がらせたのは、弟の日々人でした。子どもの頃に兄弟で交わした約束、そして新規宇宙飛行士選抜試験への応募。物語は、六太が宇宙飛行士を目指して進んでいく姿を描いていきます。

という風にあらすじをひどくまじめに書いてみましたが、実際に読んでみると、何度も思わず噴き出してしまうくらい面白いです。六太の天然さというか、いいボケっぷりが自分にはかなりツボでした。

登場人物としては、南波兄弟以外にも宇宙飛行士を目指す人々がたくさん出てきますが、六太と同い年で妻子がある真壁ケンジ、医師でこの作品のヒロインともいえる伊東せりかがしっかりと脇を固めています。あと、日々人の飼っているアポがとてもかわいいです。

現在4巻まで刊行されており、物語はこれまで宇宙飛行士を目指す人間が乗り越えていかなければならない様々な試練やストレスを、時にシリアスな人間関係の描写を交えながら描いてきました。作品の各所に散りばめられた笑いのエッセンスと、物語を引きしめる宇宙飛行士になることへのまじめさが相まって、非常に面白い作品になっていると思います。笑いのエッセンスは、至る所にそっと配置されているので、ぜひ丁寧にコマを辿ってみてほしいです。装丁も、キラキラとした星が散りばめられていて、子どもの頃の宇宙に対する純粋な憧れを感じさせてくれて、とてもいい感じです。

3次試験の終盤まできた4巻が終わって、ここからどのような展開になっていくのか非常に楽しみです。

六太、かぺー!

追記1:2009年3月9日(月)

昨晩、NHKスペシャル「宇宙飛行士はこうして生まれた~密着・最終選抜試験~」を見ました。まさに現実の「宇宙兄弟」です。

10年ぶりに日本人宇宙飛行士の候補者が選ばれるということで963名の応募があり、その中から最後まで残った10名が最終選抜試験を受けている様子が画面に映し出されました。

10人ともパイロットや医者など、すごい経歴の持ち主でしたが、さすが最終選抜試験にまで残っている人たちだなぁと感じさせる風格と顔つきをしているように感じ、宇宙への夢を語るその表情には凛々しさと清々しさが漂っていました。

科学や工学といった知識の豊かさだけでなく、コミュニケーション能力やユーモア力、緊急時対応能力など、宇宙に出てから異質な環境の中でやっていける総合的な能力が必要な、ものすごく大変な職業だなと改めて思いました。だからこそ夢や使命感、家族の支えが最後まで崩れ落ちないための大事な土台となるのでしょうね。

再放送が明日の深夜にあるそうなので、見逃した方は是非ご覧ください♪

再放送:2009年3月11日(水) 午前0時45分~1時34分(10日深夜)総合

ちょっと話は変わりますが、実は先月念願だったプラネタリウムを見る機会がありました。仕事の関係で東京へ行った際に、池袋にあるコニカミノルタ・プラネタリウム“満天”に寄ってきました。やっぱり星空を見るのは素晴らしいですね。日本科学未来館にも行きたかったのですが、時間の関係でこちらはまたの機会となりました。

◎関連リンク◎

宇宙兄弟(1)(講談社)

モーニング 宇宙兄弟(e-1day)

インタビュー 「宇宙兄弟」編集者(sorae.jp)

「宇宙への夢」マンガでも(YOMIURI ONLINE)

JAXA 宇宙航空研究開発機構

世界天文年2009

全国のプラネタリウムマップ(日本プラネタリウム協議会)

コニカミノルタ プラネタリウム“満天”

日本科学未来館

NHKスペシャル|宇宙飛行士はこうして生まれた ~密着・最終選抜試験~(NHKオンライン)

・『宇宙においでよ!』 野口聡一 林公代 2008.6 講談社

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2007年9月17日 (月)

52冊目 『こさめちゃん』

数ある漫画の中で、今私が一番読みたい作品を書いている漫画家、それは小田扉さんです。以前、ここで小田さんの『団地ともお』を紹介しましたが、他にも作品が出ているので、また機会があれば感想などを書き残したいなと思います。さて、それらの作品のなかで今回私が手にしたのは、

『こさめちゃん』 小田扉 2001.3 講談社

こさめちゃん』 小田扉 2001.3 講談社

という作品です。『こさめちゃん』は小田さんにとって初の単行本で、表題作の「こさめちゃん」をはじめ、それまで未発表だったものも含めた作品集となっています。

私は自分がなぜ小田さんの作品に惹かれるのかをちょっと考えてみました。一つは言葉を豊かに、そしてとってもゆるく使っているということ。学校で先生が「わかるしとー」と言っていたり、チャイムが「リンゴーン」と鳴っていたり、学生が「テレンコテレンコ」と歩いていたり、そんな一つひとつが重なり合って出来ていく作品はキッチキチにならず、なんともいえぬゆるさが味わいとなって表れているように思えます。

もう一つは、そんなゆるさを持ちながら、所々に挟み込まれる主張しない暗さや闇の存在。小田さんの作品に出てくる暗さや負の感情は、すいかに塩をふるようなもので、それがあるからこそ作品に時としてとてつもない深さが生まれているのではないかと思ってみたりします。その暗さが読者に一緒に暗くなろうと押し付けられることなく、作品中に自然に挿入されていることはすごいことだと感じます。作品によって、細かな描写がされているもの、ゆる~い線で描かれているものがあり、その振り幅の広さも作品の大きな魅力です。

表題作の「こさめちゃん」ではこさめちゃんを取り巻く暗さとは対照的に、巡りめぐって「ぼく」と再会できたときの笑顔がこの作品のすべてを表しているように思えました。作品中、メインディッシュとされている「話田家」全6話についても、様々な暗い事情が挟み込まれているにも関わらず、やっぱり素敵です。細かいですが、79ページの「お友達も」「あどうも」というコマで、友達の見せた笑顔が、あぁ現実でもこんな場面あるだろうなと思って、これを普通に描けるのはすごいなぁと思いました。

とにかく一度「気づいて」しまうと、作品の細かいところまですごく書き込まれていることに驚かされます。今後、どんな作品が発表されていくのかがとても楽しみです。

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30冊目 『団地ともお』(2007年1月15日)

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2007年7月17日 (火)

43冊目 『夕凪の街 桜の国』

その日、一つの都市が一瞬で廃墟と化し、人々は生きたまま地獄の業火に焼かれ崩れた。60数年前のあの日は、この空が途切れることなく遠くの国へと続いているように、確かにこの現代と繋がっている。あの日はあれから終わっていない、終わりなどなく、おそらくこれからも人類と寄り添い続けていくのであろう。命のバトンが引き継がれていく限り…。私が手に取ったのは、

『夕凪の街 桜の国』 こうの史代 2004.10 双葉社

夕凪の街 桜の国』 こうの史代 2004.10 双葉社

という本でした。

夕凪が吹き抜ける街を裸足で歩く皆実。彼女の笑顔と天真爛漫な素振りは、きっと多くの人の心を掴んだことでしょう。年頃の皆実には打越さんという気になる職場の同僚がいて、二人は近づきそうで近づかない。皆実、どうして。

そう、皆実は現代を生きてはいなかった。皆実が生きていたのは、原爆投下から10年が経った広島の地だった。もしも皆実と打越さんが時代と場所を越えて出会えたのならば、二人の未来は違ったものになっていたのかもしれない。

どうして皆実はこんな目に遭わなければならなかったのか。そうだ、きっとそうなのだ。「皆実」と同じように、あの日広島にいた数十万人の一人ひとりが、そんな思いの中で命果て、そして生きてきたのだ。原爆は数十万人の名も無き人々に投下されたのではなく、自分を生きていた「私」に投下された。

私は生きている、けれども私は死んでしまった。私は死んだはずなのに生きている。幸せになりたい…もっと生きたい…。

命は悲痛に叫ぶ、そして私の目が再び何かを映すことは二度となかった。

あの日を境に失われてしまったたくさんの命のバトン。命は繋がっている、だから私たちの命もやはりあの日と繋がっている。あの日は終わってはいない。

桜の国に住む七波と凪生の物語、それはあの日からすっかり時間も空間も遠くなってしまったところで語られる。二人が子どもの頃にチラッと垣間見られた何かの影は、時を現代に移し二人を大人にしたとき、色濃くなって現れたのだった。

夕凪の街の中で私は頁を繰りたくなかった、なぜならその先にはただただ深い悲しみが予見されるだけだったから。私は17頁のあたりを何度も行き来してみた。けれど、時が止まったり何度も繰り返すことは現実ではないのだと改めて痛感した。

私が先へ行くことを渋っても、時は流れてきたのだということ。あの日から、時は止まることなく流れてきたのだということ。たくさんの終わらない物語が終わらないまま今もあるのだということ。

広島の、「ヒロシマ」。原爆ドームの前に立ったとき、それは建物だけれども、「時間」なのだと私は感じました。目の前には「その日」がありました。原爆が「与えた」ものなんてあるのだろうか、「奪った」ものの多さを思いながら、水と緑に潤った平和公園を歩きました。平和記念資料館内の売店には、『はだしのゲン』と並んで、本書がたくさん置かれていました。

今月には映画も公開されます。皆実と七波、時代を超えて語られる二人の物語を前にしたときに、自分の心に映ったものを大切にしないといけないと思いました。

追記1:2007年7月28日(土)

今日から全国で公開が始まった「夕凪の街 桜の国」ですが、私も早速映画館に足を運んできました。物語の展開は若干コミックス版と設定等が変わっていましたが、登場人物たちが口にする台詞の重さを目の当たりにし、何ともいえない思いにとらわれながら鑑賞しました。

皆実役の麻生久美子さんと打越役の吉沢悠さんのやりとりがとても素敵で、願いが叶うことなく皆実の命が朽ちてしまったことに改めて心を締め付けられました。「桜の国」編では、ラストシーンで七波役の田中麗奈さんが見せた素直な涙に思いが溢れだして、素晴らしい劇中音楽とあいまったエンドロールで涙を堪えることは出来ませんでした。

◎関連リンク◎

夕凪の街 桜の国(双葉社)

インタビュー こうの史代(Yahoo!ブックス)

今月のプラチナ本!『夕凪の街 桜の国』(WEBダ・ヴィンチ)

平成16年度 文化庁メディア芸術祭 大賞 夕凪の街 桜の国(文化庁メディア芸術プラザ)

第9回手塚治虫文化賞 新生賞 『夕凪の街 桜の国』(asahi.com)

映画『夕凪の街 桜の国』

原作者 こうの史代さん インタビュー(映画『夕凪の街 桜の国』 Official Blog)

映画「夕凪の街 桜の国」に込める思い(YouTube)

・『小説 夕凪の街 桜の国』 国井桂 2007.7 双葉社

広島を歩く(2007年3月4日)

はっちの太鼓本 太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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2007年5月27日 (日)

37冊目 『少年少女漂流記』

かつて藤圭子さんは「十五 十六 十七と 私の人生暗かった」と唄いましたが、私も「十六 一七 一八と」と唄いたい状況に置かれていました。この曲は自分が生まれるずっと前の曲ですが、ヒッキーがブレイクしたときにお母さんにもスポットライトが当たって頻繁にお茶の間に流れたため、すっかり馴染みのある曲になってしまったのです。

そんなわけで、どんなに学園ドラマに涙しても、高校球児の溌剌としたプレーに手に汗を握っても、あの頃には正直戻りたくありません。戻ったら何度でも同じ道を通らねばならない気がするのです。自分を精神的に一回り大きくしてくれたあの頃、それは言い換えれば、押しつぶされそうになりながら、いっそこのままつぶれてしまいたいという選択を常に迫られている毎日でもありました。そんなことを思いながら私が手に取ったのは、

『少年少女漂流記』 古屋×乙一×兎丸 2007.2 集英社

少年少女漂流記』 古屋×乙一×兎丸 2007.2 集英社

という本でした。本を手にすると、まずは特徴的なその装丁に魅かれました。そして、頁を捲っていくと、その独特の世界にみるみる引き込まれていきました。乙一さんと古屋兎丸さん、お二人の持っているそれぞれの世界が呼応しあって昇華し、脆くて軋み音を伴いながらも呼吸をやめないでいる少年少女たちの世界となって、そこに見事なまでに立ち現れていました。目次を追ってみると、

第一話 沈没記

第二話 アリのせかい

第三話 魔女っ子サキちゃん 前編・後編

第四話 学校の中枢

第五話 お菓子帝国 前編・後編

第六話 モンスターエンジン

第七話 タイト様を見つけたら

第八話 竜巻の飼育の巻 前編・後編

最終話 ホームルーム

となっています。

各話にはそれぞれ主人公がいて、彼ら彼女らは多感な高校生としてその世界でもがいています。私にも記憶がありますが、十代の頃の意識と想像の恐ろしいまでの飛躍、いわゆる妄想が現実の世界を侵食するということについて、その描写は古屋さんだからこそ出来たのだと思えるものでした。青春と聞くと爽やかさが漂ってきそうですが、本当はもっと赤くて苦いようなものではなかったかと思います。どうしても「かつて」を重ねながら、私も彼ら彼女らとその世界を生きざるをえませんでした。

巻末で乙一さんと古屋さんはこのように話されています。

古屋:やっぱりね、過去の自分に「大丈夫だよ」と言ってあげたいというのが僕にも乙一さんにもあったんじゃないかな。乙一さんにしても十代の頃には友達もいなくって、でも今は無事に結婚もされたし、大丈夫だよってあの頃の自分に言ってあげたいっていうね(笑)。

乙一:ほんとそうですよ(笑)。

古屋:自分の自意識の大きさと存在のちっぽけさとの折り合いがつかなかったあの頃の少年少女たちに「大丈夫だよ。嵐は通り過ぎるから」と言ってあげたくて、この作品が生まれたという気がしています。(P287)

夜の街に出れば「いいんだよ」と言ってくれる「夜回り先生」の存在がありますが、夜の街に出ることもなく、自らの内面を抉り続けていくしかない少年少女たちに誰が声をかけられるのか。「大丈夫、いいんだよ」とかつての私は遠い己からの声を聞いて、今こうしてここにいるのかもしれません。

嵐が通り過ぎた少年少女たちは、その後どう生きているのだろうか。彼らはいつかの自分で、今度は「いいんだよ」と声をかける側にいて、この同じ時代をどこかで生きているのかもしれません。私も彼らと心の中で手を繋ぎながら、そっと本を閉じて、今を歩くことにします。

◎関連リンク◎

古屋×乙一×兎丸『少年少女漂流記』(集英社)

中2病だったあの頃、覚えてますか。「少年少女漂流記」(たまごまごごはん)

・『鈍器降臨』 古屋兎丸 2004.3 メディアファクトリー

はっちの太鼓本 太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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2007年3月10日 (土)

35冊目 『ガラスの地球を救え』

『火の鳥』『ブラック・ジャック』『ブッダ』、10代の多感なときにたくさんの手塚作品に触れ、人間の業や苦しみを、そして生命の輝きをそこに感じたことが懐かしく思い出されます。最近では『どろろ』が映画化されて話題になりましたが、亡くなられてなお、その作品群がますます輝き続ける手塚作品に通底するものとは一体何なのでしょうか。今回私が手に取ったのは、

『ガラスの地球を救え』 手塚治虫 1996.9 光文社(知恵の森文庫)

ガラスの地球を救え』 手塚治虫 1996.9 光文社(知恵の森文庫)

という本でした。手塚作品は現在でも刊行され続けており、一体その生涯を通じてどれだけの作品を残されたのだろうかと思っていましたが、本書の「刊行によせて」によると、

昭和二十一年、十七歳でデビューして以来、ただただマンガとアニメーションに生きた人でした。マンガ七百余作品、アニメーション六十余作品、マンガの原稿総枚数はじつに、十五万枚以上にのぼります。(P3)

とありました。マンガ七百余作品とあり、いかに手塚作品の全貌を掴むことが難しいかが分かりました。しかし考え様によっては、いつまでも手塚先生の「新作」に出会い続けることが出来るともいえ、それは一読者として非常に嬉しいことです。

私にとっての手塚作品のイメージ、それは「生命の尊厳」「戦争の悲惨さ」、そして「人類の未来」。人間の光と影、その両方を自らの命をもって書き尽くされた方だという印象があります。今でも心に残っているのが未来社会を書いたあるマンガで、食べ物は栄養補給のためだけに存在していて食事を楽しむことは出来ず、空を飛ぶ鳥は絶滅してしまったために機械仕掛けのものである、という描写があったことです。そのような作品に触れたとき、私は当たり前のように目の前にあった毎日の食事の風景や、人工ではない植物や鳥の鳴き声がどれだけ素晴らしいものなのか、改めて気づかされたのでした。

手塚先生は、人類の未来について常に考えられていたようです。数ある作品の中から代表作を選ぶことは難しいですが、世代を超えて愛されている作品に『鉄腕アトム』があります。

これまでずいぶん未来社会をマンガに描いてきましたが、じつはたいへん迷惑していることがあります。というのはぼくの代表作と言われる『鉄腕アトム』が、未来の世界は技術革新によって繁栄し、幸福を生むというビジョンを掲げているように思われていることです。

「アトム」は、そんなテーマで描いたわけではありません。自然や人間性を置き忘れて、ひたすら進歩のみをめざして突っ走る科学技術が、どんなに深い亀裂や歪みを社会にもたらし、差別を生み、人間や生命あるものを無残に傷つけていくかをも描いたつもりです。

ロボット工学やバイオテクノロジーなど先端の科学技術が暴走すれば、どんなことになるか、幸せのための技術が人類滅亡の引き金ともなりかねない、いや現になりつつあることをテーマにしているのです。(P26-27)

科学技術の発展は、人類全体の未来を考えるという高い倫理観を伴なってこそのものであって、そのバランスが崩れてしまえば、手塚先生の言う「科学技術の暴走」が起こることは容易に想像できます。

日本のロボット技術の発展の背景として、「鉄腕アトム」の存在が大きかったということをよく耳にします。年々高まっていくロボットの性能を目の当たりにすると、人間とロボットとの関係は極めて今日的な課題として重要になってきていると実感します。手塚作品はその重要で難しい課題に私たちが向き合わねばならないとき、必ず多くの示唆を与えてくれると思います。以前ここで書いた山海さんも同じ心を持っていると思います。

ようこそ山海さん(2006年12月3日)

手塚作品の特徴の一つとして、魅力のある悪役の存在を挙げることが出来ます。もしも勧善懲悪のストーリーばかりであったなら、作品の厚みも深みもこれほどまでに豊かではなかったことでしょう。本書の、「〝悪〟の魅力」「負のエネルギー」という項目で手塚先生が述べられている、人間の「善」と「悪」の二面性についての認識と、自分自身を関連させた話は非常に面白かったです。

本書を読み進めていくと誰もが必ず気づくはずです。いかに手塚先生が「子どもたち」のことを考え、人類の未来を憂えていたのかを。手塚先生の子ども時代の経験、そして悲惨な戦争体験が本書でも語られていますが、それらはすべて、未来を築いていく「子どもたち」に向けて必死で「思い」を伝えようとしてのものであることが分かりました。もちろん、手塚作品にもその思想は通底しており、そこから気づくことも多いのですが、こうして文章となって直接的にその「思い」が語られると、手塚作品を支えてきた土台とも言うべき巨大なエネルギーの源を見た思いがしました。

本書のタイトル『ガラスの地球を救え』には、副題として「21世紀の君たちへ」という言葉が添えられています。人類の未来を憂えながら、21世紀を生きることが出来なかった手塚先生、その「思い」を21世紀に生きる私たちが学び、受け取ることは手塚先生が喜ばれることなのではないかと思います。

昨秋、NHKで「ラストメッセージ」という番組が放送されて、その第一集には手塚治虫さんが選ばれていました。非常に素晴らしい内容で心に残っていたのですが、3月11日(日)の24時40分(12日(月)の0時40分)から再放送されるそうです。まだご覧になっていなければ、ぜひこの機会にご覧になられることをオススメします。(関係者じゃありません…汗)

◎関連リンク◎

ガラスの地球を救え(光文社)

ラストメッセージ 第1集 「こどもたちへ 漫画家・手塚治虫」(NHK)

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