カテゴリー「動植物」の4件の記事

2006年11月12日 (日)

23冊目 『へんないきもの』

地球上には多種多様な生物がいますが、私たちは一体どれくらいの生物を知っているのでしょうか。犬や猫、カエルやトンボなど、私たちにとって身近な生き物は、童謡や昔話にも登場し、これまで親しまれてきました。しかし今や、人やモノが国と国とを行き来するのが当たり前の時代であり、私たちを取り巻く生物も少しずつ変化してきています。

湖ではブラックバスが、側溝ではワニガメが、ついにはピラニアまでが日本で繁殖していたなんて話も聞きます。「めだかの学校」が「ブラックバスの学校」になり、浦島太郎ではワニガメが子どもたちを襲う、なんてことにはならないでしょうが、今後、私たちにとって身近ではなかった生物が日本で次々と見られるようになるのは間違いありません。そんな私が手に取ったのが、今回紹介する、

『へんないきもの』 早川いくを 2004.8 バジリコ

へんないきもの』 早川いくを 2004.8 バジリコ

という本です。出版されて少し時間が経っていますが、新聞やメディアでも何度も取り上げられていたので、ずっと気になっていた本でした。

本を捲っていくと、これでもかこれでもかと、異形かつ異様な生態の生物のパレードが続き、この地球上にはこんなにも豊かな生態系が広がっていたのかと感動を覚えました。普通は著者の「はじめに」で、

~これから読者のみなさんを不思議な生物の世界に招待します~

なんていう書き出しで始まりそうなものですが、この本は紹介している動物の一覧がまずあり、次の頁からいきなり本題に突入します。

紹介されているのは66項目に及ぶ「へんな」生物たち。中にはひょうきんであったり、ユーモアのある姿をした生物もいますが、怪物そのものといた生物も数多く紹介されています。私が気になったのは「キメンガニ&スマイルガニ」。

それにしても、怨念にしろピースにしろ、そのメッセージの伝達者がどうして「カニ」なのだろうか。甲殻類は親切なのか?(P26)

という筆者のツッコミには共感して笑ってしまいました。敵を察知するとあまりにも見事な「死んだフリ」をする「オポッサム」や、生きるために食うのではなく、食うために生きる「トガリネズミ」、巷で話題の超生命体「クマムシ」など、人間の想像を超越した生物の数々に、きっと胸がワクワクしてくるに違いありません。

「あの生きものは今」というコーナーがあり、「アゴヒゲアザラシ狂騒曲」「ツチノコはなぜ扁平か」と題した2つのコラムが書かれていましたが、非常に読み応えのある面白い文章でした。

最初は、「へんないきもの」に飛びつきやすい年頃の子ども向けの本かなと思っていたのですが、読んでみると、ピリッとスパイスの効いた皮肉やウィットに富んだ文章で、子どもにはやや難しいであろう言葉も多く使われていたので、これは意外と大人向けの本だと分かりました。寺西晃さんのイラストにも惹きつけられます。気楽に本を開くと、思いがけずのめり込んでしまう、そんな面白い本でした。

バジリコの本書の紹介ページで、試し読みが出来ます。先ほど触れた「キメンガニ&スマイルガニ」も読めますよ。続編も出ているので、是非読んでみたいです。

追記1:2006年11月13日(月)

なんと「へんないきもの」のDVDが、来年2007年1月に発売されるそうです。文章とイラストだけでも衝撃を受けましたが、実際に動いているところを見たら更に度肝を抜かれそうです。でも興味津々だぁ。

今月の始めに、第4のひれを持つイルカが発見されましたが、今度はヒョウ柄の新種の深海魚が発見されたそうです。

asahi.com 2006年11月11日:ヒョウ柄の新種の深海魚

海の豹といえば、これまではあざらし(海豹)でしたが、ここまであからさまにヒョウ柄を見せつけられたら、もう「海豹」の座を譲るしかないでヒョウ。先月はイセエビの新種が見つかったところ。やっぱり人間の知らない未知なる生物はまだまだ地球上にいるようですね。

第4のひれ持つイルカ発見 退化したはずの後ろ脚?(asahi.com)

ヒョウ柄の新種の深海魚見つかる 紀伊半島沖と沖縄で(asahi.com)

体重4キロ、長さ1m 新種のイセエビ、小笠原に生息(asahi.com)

◎関連リンク◎

へんないきもの(basilico)

・『またまたへんないきもの』 早川いくを 2005.12 バジリコ

・『へんないきもの(DVD)』 2007.1 NHKエンタープライズ

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2006年11月 6日 (月)

22冊目 『旭山動物園園長が語る 命のメッセージ』

ずいぶんと長い間、動物園に行っていない気がします。いや、そういえば動物園に行った記憶がない?先日、図書館でふと目に留まったのが「旭山動物園」という文字。手に取ってみると、旭山動物園の園長さんの本でした。動物園といえば、今や「旭山動物園」と言われるくらい、マスコミでも取り上げられ、ドラマ化もされ、私もちょっと気になっていたので、早速読んでみることにしました。今回紹介するのは、

『旭山動物園園長が語る 命のメッセージ』 小菅正夫 2005.8 竹書房

旭山動物園園長が語る 命のメッセージ』 小菅正夫 2005.8 竹書房

という本です。

まず目次を見てみると、

はじめに

第一章 生き物に夢中だった少年時代

第二章 命を伝える動物園

第三章 生きる意味って何だろう?

第四章 動物から学ぶ親子の関係

第五章 考える力、発見する目

おわりに

となっています。

タイトルにもあるように、園長の小菅さんが語られたことが本になっているので、平易で読みやすい文章でした。内容はというと、小菅さんが動物たちと関わってきた中で学んできたこと、感じてきたことを、「命のメッセージ」として読者に投げかけるものになっています。全体を通して、人間社会が行き詰まってきている今こそ、動物の生き方、そして、その命から多くのことが学べるのではないかという強い思いが感じられました。

第二章の「命を伝える動物園」では、旭山動物園がどのような信念と思いによって現在の姿になったのかがよく伝わってきます。

もちろん命を伝えることは「こども牧場」だけではなく、旭山動物園全体の命題です。ですから、僕たちは、動物たちが弱って動けなくなって死ぬところまできちんと展示します。動物の老いも隠さないし、死を伝えることも全く厭いません。なぜかといえば、死を伝えることなくして、命を伝えることなどできないからです。(P55)

動物園で何かの動物の赤ちゃんが生まれたときだけ「生まれました!」と宣伝してお客さんを喜ばせ、いざ死にそうになったら、今度はかっこ悪いからと言って、奥にしまって見せないようにする。そして、その動物は人知れず死んでいく。そんなことをしていたら命は伝わらないと僕は考えています。動物は本当に堂々と死んでいきますよ。「じゃあな」と言って去っていくのです。(P58)

小菅さんは、自身が子どものときの様々な生き物との関わりを思い出しながら、現代の子どもたちと動物とが触れ合える機会が極端に減っていることを大変危惧されていました。そうした思いが、園内で直に動物と触れ合えるスペースが確保されていることに繋がっているようです。

子育てや家族のあり方について、そして小学校へのインターネット導入についての話は、その思いが分かると同時に、やや願いが先行しすぎて、現代社会の土台に根を下ろしていない、少し時代回顧的な印象も受けました。

もう少し、旭山動物園について詳しく知りたかったのですが、この本はタイトルに銘打たれているように、小菅さんの「メッセージ」なので、どのような思いで動物園に関わられているのかという、その気持ちはすごく伝わってきました。旭山動物園に関して、他にも本が出ているようなので、そちらも読んでみたいと思いました。もちろん、旭山動物園に足を運べたら、それが一番なのですが。

現代の日常生活でなかなか伝わらなくなってしまった「命」を、何とかして伝えたい。僕が今、旭山動物園の園長をしながらいつも心で願っているのはこのことです。(P16)

◎関連リンク◎

旭山動物園公式ホームページ

旭山動物園写真館(ほぼ日刊イトイ新聞)

旭山動物園:終了の夏期営業 入場者230万人超す(MSN毎日インタラクティブ)

be between テーマ:動物園(asahi.com)

・『「旭山動物園」革命』 小菅正夫 2006.2 角川書店

・『戦う動物園 旭山動物園と到津の森公園の物語』 小菅正夫 岩野俊郎 2006.7 中央公論新社

・『旭山動物園のつくり方』 原子禅 2005.4 柏艪舎

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2006年6月21日 (水)

15冊目 『動物の「食」に学ぶ』

人間が生活していく上で、その基本とされている「衣食住」。人間の三大欲求である、「食欲・性欲・睡眠欲」。「食べる」ことは、私たち人間にとって、決して切り離すことの出来ない、まさに生きることと直結している行為であるといえます。現代の日本社会を見てみると、飽食の時代とも言われるように、一見豊かな食生活が私たちの目の前に存在しているようでありながら、その一方で、「過食・拒食」「孤食」「奇食」「偏食」といった、食に関わる人々の課題や苦悩も同時に浮かび上がってきているのではないでしょうか。食育の推進など、「食」という行為そのものに社会的な関心が高まってきているように感じる中で、私が今回手にしたのは、

『動物の「食」に学ぶ』 西田利貞 2001.8 女子栄養大学出版部

動物の「食」に学ぶ』 西田利貞 2001.8 女子栄養大学出版部

という本です。まず目次を見てみると、

第一章 食を決めるもの―食物ニッチ

第二章 遺伝子の散布―食べられることは増えること

第三章 味覚の不思議―なぜ甘いものに惹かれるか

第四章 薬の起源―生物間の競争が薬を生む

第五章 肉の獲得と分配―ごちそうを賢く手に入れる

第六章 変わった食べ物いろいろ

第七章 食の現在―ヒトの〝食べる〟を考えよう

となっています。著者である西田さんは、チンパンジー研究の第一人者として知られていて、『動物の「食」に学ぶ』の動物は、西田さんが長年研究されてきた、チンパンジーやゴリラなどの霊長類を主役として、紹介または解説されています。

著者は「はじめに」で、なぜ水の音は快く聞こえるのか、ということを取り上げて、水の音を快く聞こえる個体の方が、生きのびて子孫を残すことが出来たという、そのような個体が自然に選択されてきた、自然淘汰されてきた結果であるということを述べています。

本書では、ヒトを含む動物と植物の間の関係について述べられていて、その記述には多くの驚きが詰まっていました。動物が子孫を残すために厳しい生存競争にさらされているのと同じく、植物もまた子孫を増やすために様々な工夫と進化を繰り返してきました。植物の中には、生長の源となる光合成を行なう葉を、動物に食べられるのを防ぐために、毒物を生産しているものもあります。一方で、より広い範囲に種が広がっていくためには、動物や昆虫に運んでもらう必要があり、食べられては困る植物が、唯一食べてもらうために、種子に果肉をまとわせた果実を作ってきたということも述べられています。果肉だけ食べられて、種子をその場で吐き捨てられては何のための努力か分からなくなってしまうので、種子をそのまま呑み込んでもらえるように、果肉と種子は分かれにくくなっているとのことでした。最近では人間がより食べやすいように「種なし」の果実も品種改良によって生み出されていますが、植物からすれば、種がないなんて本末転倒じゃないかと、抗議されそうですね。

よくテレビ番組などの罰ゲームで、サソリや蜂、いも虫など、昆虫を食べさせられる光景を見かけますが、本書をきっかけに、昆虫を食べるということについて考えさせられました。著者によれば、6000万年前の霊長類の先祖は食虫目であり、昆虫はわれわれの主食だったというのです。昆虫食は野蛮なものだというのは欧米人の偏見からもたらされていて、日本でも蜂やイナゴなど、昆虫は昔から立派な食材であったと著者は述べています。人口爆発の宇宙船地球号がこれから乗組員全員の生存を図っていくためには、昆虫という食材を決して“無視”できないとも聞きます。(虫だけに…)

さて、私が一番面白いなと思ったのは、「カニはなぜうまいのか」について記述された箇所でした。マツバガニやタラバガニ、伊勢エビなど、人間との付き合いがそれほど古くないと思える、カニやエビをあんなに美味しく感じるのはなぜなのか。なぜなんでしょうか。著者はまず、「キュート・レスポンス」というものについて説明します。

「キュート・レスポンス」というのがある。「かわい子ちゃん反応」とでも訳せばよいだろうか。子供の姿を描くとき、極端に頭部や目を大きくし、胴体や腕脚を短くすると、たいへんかわいい感じになる。現実に存在しないプロポーションのほうが、実物より魅力的になるのだ。(P193)

その上で、著者が、カニやエビを非常に美味しく感じる理由として持ち出したのが、「超正常刺激」なるものでした。「超正常刺激」とは、自然界にある正常の刺激より強い刺激のことです。人間はカニやエビに含まれているアミノ酸を美味しいと感じていて、その美味しさを感じる度合いの最低ラインは引かれていても、上限はなかったのではないかというのです。そもそもその食材にもともと決まった味があるわけではなく、人間が「甘味」や「苦味」などを感じるのは、脳によってなのです。タラバガニや伊勢エビはあまりにも脳が美味しく感じすぎて、一昔前の流行語でいえば、「想定の範囲外」の美味しさを感じてしまう食材なのではないかということでした。

この本を読んで、人間が何かを快く感じることは、私たちが生きのびて子孫に命を繋いでいくことと密接に関わっているんだなということを強く意識させられました。

◎関連リンク◎

財団法人日本モンキーセンター 所長室

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動物の「食」に学ぶ(ためいき色のブックレビュ-)

動物の「食」に学ぶ(CHRONOFILE)

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2006年2月 1日 (水)

5冊目 『「桜と日本人」ノート カラー版』

桜、さくら。

その言葉を聞くだけで、の麗らかな美しい光景が目の前に広がり、旅立ちの記憶がよみがえってくる、特別な名を持つ花です。毎年のように新たな「さくら」が歌われ、新生児の名前ランキングでは「さくら」が常に上位にランクインしています。日本人にとって「桜」とは、単なる花ではなく、そこに歴史や民俗、文化や芸術、様々な思いを重ね続けてきた、日本というものを考えるうえで、欠かすことの出来ない重要なものの一つなのではないでしょうか。今回紹介するのは、

『「桜と日本人」ノート カラー版』 安藤潔 2004.3 文芸社

「桜と日本人」ノート カラー版』 安藤潔 2004.3 文芸社

という、まさしく「桜と日本人」の深いつながりを、様々な視点・角度から考察した本です。何と言っても、カラー版なので、その装丁が非常に美しく、たくさん収められている桜の写真も色鮮やかに映え、眺めていると心が弾んできます。目次を紹介すると、

第一章 「サクラ」とは何か

第二章 古代の「桜」

第三章 「桜」に魅せられて

第四章 「桜」の民俗

第五章 お江戸の「桜」

第六章 「さくら」とことば

第七章 「桜」を象る

第八章 「サクラ」の名を借りて

第九章 暮らしの中の「さくら」

となっていて、九つの章と約五十の項目で構成されています。

作者はまえがきにおいて、

「さ・く・ら」ということばが耳に聞こえてきた時、その音感も含めて、人にはそれぞれどんなイメージやどんな心の動きが生まれるものなのでしょうか。そういうことを一つ一つ取り上げて、私はいつか、桜と日本人との関わりの全てを手操ってみたいと思うようになりました。

と記しており、「桜」に対する情熱が伝わってきます。

実際、この本を読み進めてみると、桜の歴史的な文脈を追うだけでなく、「桜」の切手や、その名を持つ日本酒を紹介したり、「桜」のつく地名を探ったり、「花咲爺」や「遠山の金さん」を取り上げたりと、まさしく「桜と日本人」の関わりを探るために、幅広い探求がなされていて、読者を飽きさせません。

ただ、その幅を広げているために、まだ解明されていない項目も扱うことになり、その点は解明が待たれるところですが、それらを含めても非常に面白く、興味の尽きない取り組みであると思います。日本古謡「さくら」(♪さくら さくら 弥生の空は)に関する疑問として、元となった古謡とは何か、なぜこれほど日本人に親しまれるに至ったのか、などが挙げられており、解明への取り組みは今後も続きそうですが、今から非常に楽しみです。

「サクラ」の語源としてはいくつか説があるようですが、作者曰く、

「農作業(稲作)を始める時期に咲き、その年の収穫の吉凶を占うべき、最も神聖かつ美しく大切な花」

との心情が込められた言葉だそうです。

私が「桜」を想像するとき、それはおそらく「ソメイヨシノ」なのですが、作者によれば、執筆段階で367種の桜が確認出来ており、今後も新種や未発見のものが見つかっていくのは確実なようです。一口に「桜」といっても、日本全国を見渡せば、それは千差万別であり、各地に伝説の桜や、天然記念物に指定された桜など、様々な桜が存在していることを知りました。やはり「桜」は、私たちにとって、身近にして相当奥の深いもののようです。

最後になりますが、この桜を扱った美しい装丁の本は、本棚にも花を咲かせてくれることでしょう。

追記1:2006年4月14日(金)

そういえば、平成の大合併で「さくら」という名前のついた自治体が誕生していたような気が。早速調べてみると、2005年3月28日に栃木県でさくら市が誕生していました。ちょうど桜の開花の時節に自治体も出発したんですね。

これまでは「さくら」という名の自治体といえば千葉県佐倉市が思い浮かびましたが、栃木県さくら市は本当に「桜」の「さくら」だけに、記憶に残りますね。ただ、地名として名乗るのは、なんとなく微妙な感じもします。「さくら」と聞いて、日本のこの場所だ!という、人々の共通認識はあまりないのではないでしょうか。

ともあれ、もしもさくら市の方と知り合いになれたら、ぜひ手紙を書きたいです。住所を書くのがちょっと嬉しいかも。もちろん、さくら市から届く郵便はさらに嬉しいでしょうね。ちなみに、さくら市の人口は約4万人だそうです。今後、出会いがあるのかなぁ。

栃木県さくら市

さくら市の「桜」開花情報

追記2:2006年4月14日(金)

京都・伏見の醍醐寺といえば、豊臣秀吉が催した「醍醐の花見」の舞台として有名ですが、その醍醐寺で話題になっているのが、しだれ桜「土牛(とぎゅう)の桜」のクローン桜です。

醍醐寺・しだれ桜「土牛の桜」

「土牛の桜」は推定樹齢が150歳に達していて衰えが見られることから、クローン技術で「土牛の桜」を増殖させ、そのクローン桜は昨春初めて、わずかながら花を咲かせたそうです。そして今年、クローン桜は昨春に比べてたくさんの花を咲かせたそうで、先日ニュース番組でたまたま目にしたのですが、その姿は若木ながら確かに血筋を感じさせる(というかクローンなんですね)美しく立派なものでした。今から100年後、このクローン桜は人々の目を楽しませているのでしょうか。クローン技術は、このような場面にも用いられているんですね。

話の筋から逸れますが、昨年大きな話題となった「ど根性大根の大ちゃん」、その強靭な生命力で、もし子孫が無事成長していけば、いつの日かブランドになるかもしれないですね。

バイオ技術で増殖した『土牛の桜』のクローン桜(住友林業)

・『がんばれ大ちゃん』 みやざきあゆみ 2006.3 恒星出版

追記3:2006年4月14日(金)

「桜の開花をあらわすのに『○分咲き』という表現があるが、『○割』と言うのが適切ではないか」

との問い合わせがNHK放送文化研究所にあったそうです。そう言われると、確かに当たり前のように使っている『○分咲き』という表現は、なぜ『○割咲き』ではないのかという疑問が湧いてきました。詳しくは下の記事を参照ください。

○割○分○厘と聞くと、頭の中にはプロ野球のことが浮かんできますが、それはさておき『○分咲き』という表現だけでなく、咲き始めの頃に、『一厘咲き』という表現を耳にしたことがありませんか?うんと思ったあなたは、私のお仲間です。これって『一厘』じゃなくて、『一輪』なんですね。えっ?そんな間違いしないって?すいませんでした(汗)

サクラサク - ことばウラ・オモテ(NHK放送文化研究所)

◎関連リンク◎

カラー版 「桜と日本人」ノート(文芸社)

ニッポンの桜だより(今日のニッポン)

北海道松前郡松前町

「さくら」を冠する歌(Yahoo!ミュージック)

『心に残る桜ソングNO.1は!?』(ORICON STYLE)

名前ランキング2005(明治安田生命)

新書マップ 桜と花見

・『百分の一科事典・サクラ』 スタジオ・ニッポニカ 1998.4 小学館(小学館文庫)

・『桜が創った「日本」』 佐藤俊樹 2005.2 岩波書店(岩波新書)

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