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2006年9月29日 (金)

19冊目 『職人学』

「職人」という言葉を聞くとき、みなさんはどんな印象を持ちますか。大辞林(三省堂)で「職人」を調べてみると、

大工・左官・飾り職・植木屋などのように、身につけた技術によって物を作り出したりする職業の人。

と説明されていますが、「職人」という響きから、私はそれ以上の何かを感じます。

働く人を指す言葉として、労働者、勤労者、作業者など、いくつかの言葉が思い浮かびますが、これらの呼称と「職人」という言葉の違いは一体何なのでしょうか。そのことを考えるヒントとして、「職人」と付く言葉を列挙してみると、職人気質職人魂職人芸職人肌などの言葉がありますが、なんとなくイメージが浮かび上がってきませんか。

経験に裏打ちされた確かな技術と熟練の技を持ち、信念を持って自分の仕事を誇りとする人。そして何となく、頑固なおじいさんの姿が私には浮かんできます。果たしてそのような「職人」像は本当なのか。それを探るべく、今回私が手に取ったのは、

『職人学』 小関智弘 2003.11 講談社

職人学』 小関智弘 2003.11 講談社

という本です。著者の小関さんは高校卒業後、約50年間、旋盤工として工場で働いてこられました。その傍ら、執筆活動もされていて、著書が直木賞、芥川賞の候補にもなったという、すごい経歴を持った方です。本書では、小関さんが自身のこれまでの旋盤工としての人生を振り返りながら、また、たくさんの「職人」さんとの出会いとエピソードを交えながら、「職人」とはどのような人のことを指すのかを明らかにしています。

以下は、五十年余りの町工場での旋盤職人としての体験と、たずね歩いて感銘を受けた人たちの姿や、教えられた書物から、これからの時代にあるべき職人像、戦闘的な職人像とはどのようなものかを、主として現在の工場に足場を据えながら探ろうという試みである。(P27)

目次を見てみると、

序章 職人の条件

第Ⅰ章 身につける

第Ⅱ章 場数を踏む

第Ⅲ章 ものを見る目を養う

第Ⅳ章 熟練工は一品料理を熟(こな)す

第Ⅴ章 超一流に挑戦する

第Ⅵ章 仕事を通して徳を積む

第Ⅶ章 職人の喜びと誇り

あとがき

となっています。各章はいくつかのエピソードで構成されているのですが、その見出しは、「金属を舐める」、「鉄が匂う、鉄が泣く」、「機械にニンベンをつけろ」など、職人ならではの表現で、目次を見ただけで私はとてもワクワクしてきました。

本書の最大の特徴は、「職人」のことを自身も「職人」である著者が書いているということです。感覚的に分かっていることでも、そのことを言語化し、他者に伝えるのは非常に難しいことですが、小関さんの経験と豊かな文才によって、「職人」の世界が鮮やかに立ち上がってきて、その中に読み手をぐいぐいと引き込んでいきます。かのリンカーンのスピーチをもじって、「職人の職人による職人のための本」と言えるかもしれません。

具体的なエピソードが語られているので、門外漢には機械の名前などなかなか頭にものの姿が浮かばず、すべてを理解することは難しいのかもしれません。しかし、そんなことは非常に瑣末なことだと言い切れるほど、それ以上に「職人」というものを深く知ることが出来て、感銘を受けた非常に素晴らしい本でした。

「アメリカの職人気質と日本の職人気質」(P102)という項目があったのですが、これには思わず「なるほど」と頷きました。西本正樹さんの『アメリカよ大志をいだけ!』(1982 篠崎書林)という本の内容が紹介されているのですが、調べてみると『アメリカよ大志をいだけ!』を入手するのは今となっては難しそうなので、どんな内容か気になった方は、是非この『職人学』を手に取られることをお薦めします。

他にも印象に残った箇所は数え切れませんが、身近な話として、缶詰のふたに安全革命を起こした、谷啓製作所の話が特に心に残りました。

プルトップ缶(タブを引っ張るだけで開缶する)が主力になっている缶詰のふたは、ふたを取ったあとの切り口が鋭利で、なんとか安全なものが出来ないかと、世界中の缶メーカーが研究を進めていました。ふたと本体、一方だけを安全にする技術は達成されたものの、両方を安全にするのが非常に困難な状況の中、ダブルセーフティを初めて実現したのが、谷啓製作所の会長、谷内啓二さんでした。

谷内さんが、指の切れない安全なプルトップ缶に挑戦したのは、1983年にアメリカのピアニストが缶で指を切って、約1億円の損害賠償の訴訟を起こしたという新聞記事を読んだのがきっかけで、以来何度も試作を繰り返しながら、1988年8月15日の真夜中に、ついに完全に安全な缶が出来たそうです。こうして結論だけを言うのは容易いですが、本当に実現する日が来るのかも分からない中で、コツコツと研究と試作を続けた、そのプロセスが本文中で紹介されており、感銘を受けました。身近な安全が、このような努力によるものだと知り、缶詰を見る目が変わりそうです。

本書を通じて、私にとっての「職人」像は大きく変わりました。「職人」とは技術と熟練に加えて、固定観念にとらわれず、経験をたよりとして新たに創造し、工夫し、追求し、開拓していく人を指すということ。そこに老若男女の区別はありません。本書では、女性の職人さんも紹介されています。そして、自分よりも素晴らしい職人を育てようとする心を持っているということ。なによりも、本書を書かれた小関さん自身が、「ものづくり」の後進たちに大きな期待を込めて、エールを贈っている気持ちが本文を読みながらしっかりと伝わってきました。

時代が変われば、扱う機械も道具も、あらゆる環境が変わっていくのは必定です。しかし、その現場に臨む際の、大きくて豊かな「職人」精神は、これからも引き継がれていってほしいなと心から思いました。

私はいろいろな因果の巡り合わせで、現在自転車工場で検査員として勤務しています。小関さんは「ものづくり」の現場の中でも、旋盤工として製造に携わられてきた方です。私の勤めている工場は、いわゆる「組み屋」と言われているところで、製造された部品を組んで検査し、親会社に納品するという仕事をしています。私の仕事は、組んで仕上がった製品の外観検査と規格検査をしていくことです。本書は製造に携わる方のエピソードが中心なので、少し事情は違うのですが、それでも作業の様子や道具の名前など、自身の日常と関連した箇所も多く、読みながら何度も頷きました。

私がしている作業では、100分の1ミリ単位の検査と修正が必要で、ここに勤めてから、100分の1ミリの違いの大きさに気づかされることになりました。100分の5ミリの差ともなると、世界が全く違ってきます。時代が進むにつれて、製品によっては、10000分の1ミリの精度、もしくはそれ以上の精度を要求されるものも出てきているそうです。その技術のおかげで、どんどんと製品の小型化が進められ、私たちの生活に大きな変革がもたらされています。

検査の作業で「振れ見治具」という道具を用いているのですが、その「治具」に関する記述には驚かされました。

治具はもともとは外来語で、英語ではJIGと書く。近代工業が日本に入ってきたとき、JIGを治具と書き替えた日本の工場の人たちの知恵には、あらためて感じ入るが、いまでは治具という言葉が定着して、現場で働く人のほとんどは、それが英語であることさえ知らない。(P95)

「治具」が英語由来だとは、私も知りませんでした。これも含めて非常に勉強になることが多かったです。

最後になりますが、小関さんの思いを端的に表した箇所を引用させて頂いて、本の紹介を締めくくりたいと思います。

わたしはずっと自分の著書のなかで、「職人とは、ものを作る手立てを考え、そのための道具を工夫する人である」と書いてきた。間口の広さに甘んじて、奥ゆきの深さを探ろうとしなかったなら、どんな仕事をしたって楽しいはずはない。間口のところで、ただ手慣れてしまったら、ロボットと変わらない。ロボットと同じような働きぶりからは、どんな進歩も発見も、働く楽しさも生まれないのである。

広い間口から入っても、その奥ゆきを極めようと努力する人だけが職人なのである。(P26)

追記1:2006年10月19日(木)

小学生の頃、社会の時間に「第一次、第二次、第三次産業」という言葉を教わりました。ちょっとこの言葉について振り返ってみたいのですが、大辞林ではこのように説明されています。

【第一次産業】

C=クラークによる産業分類の一。原材料・食糧など最も基礎的な生産物の生産にかかわる産業。農・林・水産業など。一次産業。

【第二次産業】

C=クラークによる産業分類の一。製造業・建築業・鉱工業・ガス・電気・水道業などをいう。日本の統計では、ガス・電気・水道業は第三次産業になっている。

【第三次産業】

C=クラークによる産業分類の一。商業・運輸・通信・金融・公務・サービス業などをいう。日本の統計では電気・ガス・水道業を含める。三次産業。

いわゆる「ものづくり」の世界である製造業は、第二次産業に分類されています。社会の発展・成熟に伴なって、第一次・第二次産業の比率は下がり、第三次産業の比率が高まっていくということを学んだ記憶があります。

日本でも第一次・第二次産業の比率が下がってきていますが、私は、第一次・第二次産業こそが、やはり社会の基盤であると思っています。第三次産業は、私たちの目に「見えます」。コミュニケーションが欠かせないという点で、見せる産業だと言えるかもしれません。それに比べると、第一次・第二次産業は、その生産物は私たちの目に明らかですが、生産過程はなかなか「見えない」。

私は工場でほぼ一日を過ごしています。作業工程自体が企業秘密だということも十分考えられるので、そこをオープンにするメリットはないのかもしれません。しかし、生産過程が見えなさすぎて、商品と、商品の製造に関わっている人があまりに分離されているような気がしてなりません。最近は「トレーサビリティー」という考えが浸透してきたこともあり、生産者と消費者が結ばれるということが増えてはきていますが、それでもまだまだ生産物全体からすると微々たるものです。

「見える製造業」「見せて魅せる製造業」という考え方はどうでしょう。私は製造現場で働いたことで、ものづくりというのは生産物だけでなく、その生産過程も含めて考えることが自然なことだと思うようになりました。実際、生産過程が見えるのは興味深いですし、なんとなくそれ自体がアート、芸術性を帯びているように思えます。工場でしている作業を、突然街の大通りで同じようにやったら、絶対に新鮮に面白く感じられると思います。そんなことを考えながら仕事をしています。

ところで言葉というのは面白いもので、「生まれたてのニワトリ」「身長10キロメートル」など、ありえないことでも言葉を組み合わせることは出来るので、どんな表現も可能なのですが、時にその言葉の組み合わせが現実になることがあります。「青いバラ」が開発された話は有名ですが、ここで述べるのは先の話に関連して「第○次産業」という言葉です。たくさんの興味深い考察に出会えます。みなさんの目で確かめて見てください。

第四次産業 Google 検索

第五次産業 Google 検索

第六次産業 Google 検索

◎関連リンク◎

職人学(講談社)

職人学 講談社 小関智弘(ブックス成錦堂)

“粋な旋盤工”小関智弘フェア(e-hon)

今週のインタビュー 小関智弘さん(Mammo.tv)

小関智弘「職人道」(塩田合金所)

「現代の名工(卓越した技能者)」表彰制度のコーナー(厚生労働省)

北九州マイスター(福岡県北九州市)

不思議!手が切れないプルトップ缶の工場~谷啓製作所(凡才中村助教授の憂鬱)

モノづくり職人ホームページ

ドイツの職人の道マイスター制度と日本の職人への道の現状(職人の技)

達人図鑑(YOMIURI ONLINE)

職人ネットワ-ク

職人.com

株式会社 ミツトヨ

・『職人力』 小関智弘 2005.10 講談社

・『仕事が人をつくる』 小関智弘 2001.9 岩波書店(岩波新書)

・『手仕事を見つけたぼくら』 ガテン編集部 小関智弘 2001.2 小学館(小学館文庫)

・『鉄、千年のいのち』 白鷹幸伯 1997.6 草思社

・『美味いとは何か』 数江瓢鮎子 2002.5 恒文社21

・『洟をたらした神』 吉野せい 2001.1 埼玉福祉会

はっちの太鼓本 太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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