カテゴリー「文庫」の50件の記事

2015年3月 7日 (土)

95冊目 『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』

今週から久々に職場復帰して、無事一週間勤めることが出来ました。久々に同僚に会ったり、上司にあいさつ回りをしたりで、いろいろなことを一気に思い出した一週間でした。

本当にギリギリのところでふんばって職場復帰出来たので、健康であることを大事にして、ぼちぼち頑張ろうと思います。∠(`・ω・´)

仕事にも復帰し、また通勤時間を利用して本を読むことが出来るようになりました。

今回私が紹介するのは、

『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』 七月隆文 2014.8 宝島社(宝島社文庫)

ぼくは明日、昨日のきみとデートする』 七月隆文 2014.8 宝島社(宝島社文庫)

という本です。読書メーターで話題になっており、読んでみることにしました。

一目惚れをした。
いつもの大学までの電車の中で、ぼくは唐突に恋をしてしまった。
(P5)

大学生の南山高寿は、通学中に一目惚れした福寿愛美に勇気を出して声をかけます。そして、そこから2人の関係がスタートすることになります。

愛美は涙もろい女性でした。それに、彼女の言動には不思議なことがあって。。。

この作品は、是非余計な情報を得ずに、読んでみてほしいです。一度最後まで読んだら、もう一度読みたくなる作品に出合ったのは久々でした。

舞台は京都で、宝ヶ池や京都市動物園など、自分にとってはよく知っている場所が次々と出てきて、それだけで物語の中にするっと入っていけました。もちろん、京都に馴染みがない方にもお勧めできます。

また通勤中にうるっときてしまい、涙をこらえるのに必死でした。

文体も軽めで読みやすいので、さらさらと読んでいけるのに、心に残る、素敵な作品でした。

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2010年1月23日 (土)

92冊目 『セント・メリーのリボン』

読書の醍醐味とは、もちろん人それぞれではありますが、私にとってそれは、無数にある書籍の中から、何らかの縁でその本を手にし、それが自分の読書人生の中でかけがえのない一冊になるであろうという予感がし始めた時の、読書中の幸福感であると言えます。

そんな本との出会いがきっとこれからの人生の中でまだまだあると思うと、自分が読むまで待っていてねという気持ちになり、その本を知るきっかけ、出会うきっかけを求めて、今日も本へのアンテナを張り巡らせているところです。

その本は、自分が生まれる前に書かれているかもしれないし、今現在まだ誰にも書かれていない、将来生まれる作品かもしれません。

他の誰かが何と言おうと、自分が素敵な本と巡り合ったと思えた作品は、やはり誰かに伝えたいと思うものです。ただ、なんだか力んでしまって、スッと記事を書いて紹介することが出来ず、いつの間にかタイミングを逃すということが、もう何度あったかなと思います。

巧いこと紹介しようという見栄を捨てて、素直に紹介できれば、もっとそんな本を紹介していけるかなと自分でも思っており、それがこのブログの課題でもあります。

さて、今回私が紹介するのは、

『セント・メリーのリボン』 稲見一良 2006.3 光文社(光文社文庫)

セント・メリーのリボン』 稲見一良 2006.3 光文社(光文社文庫)

という本です。私はこの作品を手にするまで、この作者の名前を聞いたことがありませんでした。

「いなみ いつら」さんと読みます。そして、残念ながらすでに他界されている稲見さんの作品に巡り合えたことを、読書中に感謝しながら読みました。冒頭で書いたとおり、稲見さんの作品が自分にとってかけがえのないものになる予感がしたからです。

本作は「傑作小説集」と銘打たれ、目次を見ると、

焚火

花見川の要塞

麦畑のミッション

終着駅

セント・メリーのリボン

あとがき

となっており、表題作を含む、5つの中短編で構成されています。

あとがきの中で、著者は、

〝男の贈りもの〟を共通する主題とした。
誇り高き男の、含羞をこめた有形、無形の贈りもの――というテーマでは、今後とも書きたいと思っている。(P239)

と述べられています。

私は頁を捲りながら、その作品の情景があまりにもはっきりと頭の中に浮かんでくることにまず驚きました。登場する人物が「生きている」ためには、当然その「世界」が生きていることが必要とされます。その点、著者が描きだす「世界」は、フィクションではない、本物の時間が流れている「世界」を映し出していると信じるに足りるほど、豊かな情景が広がっていたのです。

そんな作品の情景を生きる登場人物たちも、みな「生きて」いて、彼らがそれぞれの人間関係を紡いでいく様は、どれもが地に足のついた深い人間ドラマとなって、読者である私の心に確かなインパクトを伴って、刻みつけられていきました。

表題作である、「セント・メリーのリボン」は、猟犬専門の探偵業を生業とする、竜門卓の物語です。相続した広大な山林の中に探偵舎を構え、その土地を狙う輩に怯むことなく、自分の生き方を貫く竜門。そんな彼のもとには、いなくなってしまった犬の捜索依頼が舞い込んできます。ある仕事の縁から、盲導犬を探すことになった竜門は、なんとかその足跡を辿っていくのですが…。

勧善懲悪ではない人間ドラマ、罪を憎んで、その人間をも救おうとしてしまう優しさ。これは、稲見さんが描きだす人間に共通することかもしれませんが、器用ではないけれど、確かな自分があって、人とは違っていても自分の生き様に誇りを持ち、心の奥底に優しさを秘めている男たちの物語。

以前読んだ時には気がつかなかった、それぞれの作品の良さにも、再読したことで新たな魅力を感じました。本当にまだまだこれから作品を書いていかれるというところで、亡くなられたということが残念でなりません。残された作品の数々を今後もじっくりと味わっていきたいと思います。

この作品と著者を知るきっかけとなったのは、数年前に読んだ、
『活字の砂漠で溺れたい』さんの記事でした。本当に素敵な出会いとなったので、私もこの作品と、著者の稲見さんの魅力をまだ知らない人に、少しでも知ってもらえたらなと思います。

最後に、再読して、思わず唸った文章の一節を。

木立ちが疎らになって、林が明かるくなった。林の向うに平地が見えた。おれは足を止めた。そのとたん、足元から群鳥がとび出した。鋭い羽音が、おれの心臓を掴んだ。二つ、三つ、四つと鳥は次々と放射状に飛び、藪に消えた。落葉の精のような、コジュケイだった。拡げた短い翼に日が当った瞬間、羽毛の中の銀と朱の色がきらめいた。
落葉を焚くあの強烈な匂いに近づいていた。(P14「焚火」)

◎関連リンク◎

セント・メリーのリボン(光文社)

春のドラマスペシャル 猟犬探偵・竜門卓 セント・メリーのリボン(テレビドラマデータベース)

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2009年12月27日 (日)

91冊目 『カタブツ』

新年を前に、近くのスーパーで早くも福袋が並べられていました。ちょっとフライングやなぁと心の中で思いつつも、閉塞感漂う社会情勢が新しい年には打開されていくことを願い、福袋ならぬスポーツジャージ一式が入った福箱を手に取りました。

2009年、今年の書評もこれで最後かなぁと考えながら、今回私が紹介するのは、

『カタブツ』 沢村凜 2008.7 講談社(講談社文庫)

カタブツ』 沢村凜 2008.7 講談社(講談社文庫)

という作品です。

目次を見ると、

バクのみた夢

袋のカンガルー

駅で待つ人

とっさの場合

マリッジブルー、マリングレー

無言電話の向こう側

という6つの短編が収められています。

6つの短編の主人公たちは、性別や年齢、状況はそれぞれ違えど、自分の言動には筋を通し、行動規範を頑なに守ろうとする、いや逃れることが出来ないのかもしれませんが、傍から見ると愚直な、まさに「カタブツ」と言われるような人たちです。

私が特に興味を持ったのは、「駅で待つ人」と「無言電話の向こう側」でした。

「駅で待つ人」は、待ち合わせウォッチングが趣味の男の話です。

待っている人はいい人です。待っている人は、信じている人だから。

でも、ただ信じているだけじゃあ、忠犬ハチ公です。ハチ公がだめだっていうわけじゃなくて……、つまり、ハチ公は犬だから、その行動が立派だったとみんなから称賛されて銅像にまでなったけれど、人間だったら変でしょう、やっぱり。

人間は、疑うことを知っています。人間には論理的な判断力があるから、百パーセント確実なことはないって知っている。一点の曇りもなく何かを確信することは、できないんです。不可能なんです。人間の頭は、そういうふうになっていないんです。

だから、犬の「信じる」が無邪気で純粋なものだとしたら、人間の「信じる」は、不確かであることを知ったうえで、その不安に打ち克つということなんです。未来に賭けるという、とても能動的なことなんです。(P116)

確かに自分にも、そんなに頻繁にはないものの、駅の改札口で待ち合わせをして、先に着いて相手を待っているときに、同じように誰かを待っている人の姿が自然と目に入ることはあります。

この短編では、そんな、「待っている人を見る」ことが目的になっている男の話なのですが、待っている人というのは「信じている」人だという風に捉える視点がなかなか面白くて、共感してしまうところもありました。ただ、この男の話が、ただの問わず語りではなかったところが哀しいところですが。

「無言電話の向こう側」は、これぞまさにカタブツと呼ぶに相応しい男の物語。

いつでも自信満々の友がいる。世界六十億の人間が「甲」だと言っても、自分が「乙」だと思えば乙が正しいのだと揺るぎなく信じていられる、そういう奴だ。

さぞつきあいにくい人物だろうって?そんなことはない。樽見幹人(たるみ かんと)というこの男は、同名の哲学者と同じく理性の勝利の信奉者で、どんなことでも自分で考えて判断をくだすのだが、だからといって、他人の意見を聞かないわけではない。(P238)

仕事を通じて樽見と知り合った俺、須磨陸が語る樽見の人となり。それは、こちらが何を言っても動じることなく、またその言動もブレることがない、常に己の行動規範に乗っ取って生きている男の姿でした。

臨機応変ではなく愚直であり、自分の行動にごまかしがないからこそ開き直ることなく、どんなことでも受け入れようとする。それが時に、周囲に誤解を招いてしまっている男の姿。

ここまでいくと極端やなぁと思いながらも、樽見の考え方に私は結構共感を覚え、しかもところどころ自分の行動規範と重なるようなところもあり(「赤信号」の話など)、語り手の須磨にではなく、気づけば樽見に心を合わせながら読み進めていました。

これほど個性の強い樽見がこの短編だけの登場で終わってしまうのはもったいないなと思うし、もし樽見が登場する話の続編があれば是非読んでみたいです。

作者の沢村さんの作品では、少し前に『黄金の王 白銀の王』が話題になって、読みたいなと思ってからなかなか読めずにいたのですが、この『カタブツ』が面白いという評判を見聞きして、文庫版ということもあり、先にこちらを読みました。現代を生きる癖のある人物を巧みに描いた作者が、『黄金の王 白銀の王』ではどんな個性のある人物を描き、骨太と言われるファンタジーを完成させたのか、来年こそは読んでみたいです。

補足ですが、作者の名前は「凜」が正しく、「凛」とは微妙に違うので検索する際はご注意を。(文字を大きくすると分かります)

正:「凜」 誤「凛」

◎関連リンク◎

カタブツ 沢村凜(講談社)

・『黄金の王 白銀の王』 沢村凜 2007.10 幻冬舎

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2009年12月26日 (土)

90冊目 『神の守り人 下 帰還編』

鬼に笑われながら、来年のことを考えている今日この頃。一年の終わりにいろいろと整理をしていると、もっとこうしていれば良かったと反省しきりですが、それはまた来年に生かすとして、残された2009年をしっかりと締めくくっていきたいと思います。

それでは更に引き続き、今回私が紹介するのは、『守り人・旅人シリーズ』の第六弾である、

『神の守り人 下 帰還編』 上橋菜穂子 2009.8 新潮社(新潮文庫)

神の守り人 下 帰還編』 上橋菜穂子 2009.8 新潮社(新潮文庫)

という作品です。

目次を紹介すると、

序章 王城の裏庭で

第一章 狼殺し

第二章 罠

第三章 サーダ・タルハマヤ〈神と一つになりし者〉

終章 サラユの咲く野辺で

となっています。

バルサが救ったタルの民の少女アスラは、とてつもない力をその身に宿していました。それは、ロタ王国が建国されるよりも前、太古の昔に栄えていたロタルバルを支配していた畏ろしき神「タルハマヤ」の力でした。

タルの民、ロタ王家、そしてロタ王家に仕えるカシャル(猟犬)に代々語り継がれてきた、ロタ王国の建国に関わる秘密。言い伝えを頑なに守ろうとするもの、時代を変える力を得ようとするもの、そしてまだ幼さの残る少女を命をかけて守ろうとするもの。それぞれの思惑が交差しながら、確実に、その時が、その場所が、すべての者たちを引き寄せていきます。

アスラが宿している神の力を国のために、民族のために利用しようとする者たちも、それを阻止しようとする者たちも、結局はアスラを「大きな物語」の駒のように捕えています。しかし、バルサは違いました。バルサにとってアスラは、ただただ自身の人生を幸せに、穏やかに生きてほしいと願う一人の少女なのであり、大きな物語に巻き込まれていくことがどうしようもなく哀しかったのです。

「わたしは、大きな遊戯盤なんか、どうでもいい。神も、王家も、どうでもいい」

目をひらき、バルサは、暖炉の明かりで揺れる椅子の影を見ながら、いった。

「ただ、どうしてもゆるせないのは――シハナや、あの子の母親までもが、寄ってたかって、あの子に、人殺しをしろと、そそのかしていることなんだ」

声が、低く、かすれた。

「だれかが、伝えなければ……あの子に、人を殺すことのおぞましさを……」

なにもいえずにいるタンダの腕を、バルサはにぎった。

「いつになっても、穏やかな日々に安らぐことのできない闇が、その先には待っているんだと……」(P218)

物語の、そしてアスラの結末がどうなったのかは、みなさんの目で確かめていただきたいと思います。バルサのアスラへの溢れる思いは決して無駄にはならなかったのだと気づかされます。最後の最後に浮かんでくる顔、声、思い。人はそれによって生きも死にもするのかもしれません。

バルサとチャグム、交わりながら、離れながら、語られ、紡がれる物語。思えば、いくつかの国を旅した彼らのまわりには、あまりにも不思議な出来事が次々と起こっています。それはそれぞれの国で、何十年、何百年単位で語り継がれてきた「もうひとつの世界」と深く関わっているものでした。

それらすべてがバルサたちの生きるその時に現れてくる不思議さを思いながら、否、バルサたちが「もうひとつの世界」を引き寄せるに足りるからこそ現れているのではないかとも思えてなりません。実際、バルサとチャグムは過酷な状況の中でも人を生かし、自分を救い、それが大きな物語である新たな歴史を紡ぐことになっているのですから。

文庫版に際し、ちょっと残念だったのは最後の解説が肌に合わなかったことだけ。作者は素晴らしい解説と述べられていたものの、一体誰に向けて、どんな読者に向けてこれは書かれたのだろうか。作品を称賛するためにあまりにも「作り物」という言葉が強調されていて、作品の余韻を味わいたい頃に、興ざめしてしまうような内容だった。ここまで読んできた読者はストーリーをすでに味わっている。解説が果たさなければならない役割が規定されているとは思わないけれども、たとえばそういう見方もできるのかという、自分とは違う視点を与えてくれていると、作品の面白さが更に増すように思える。その点でいうと、これまでのシリーズの解説は、なるほどと思わず唸らせられる名解説が続いてきていただけに、ちょっと残念に思ったのは事実。これはあくまで一読者としての意見です。

ひとまず『守り人・旅人シリーズ』の新潮文庫版の刊行は今の時点ではここまでなので、先を読みたい溢れる気持ちを抑えつつ、次作の刊行を楽しみに待ちたいと思います。

◎関連リンク◎

上橋菜穂子『神の守り人―下 帰還編―』(新潮社)

守り人&旅人 スペシャルページ(偕成社)

85冊目 『精霊の守り人』(2009年11月28日)

86冊目 『闇の守り人』(2009年11月30日)

87冊目 『夢の守り人』(2009年12月19日)

88冊目 『虚空の旅人』(2009年12月20日)

89冊目 『神の守り人 上 来訪編』(2009年12月23日)

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2009年12月23日 (水)

89冊目 『神の守り人 上 来訪編』

みなさま、暮れの何かと慌ただしい季節、いかがお過ごしでしょうか。暮れの際まである仕事も、このブログの更新も何とか綺麗に締めくくれるよう、今年最後の力を尽くしてから新しい年を迎えたいなと思います。

それでは引き続きになりますが、今回私が紹介するのは、『守り人・旅人シリーズ』の第五弾である、

『神の守り人 上 来訪編』 上橋菜穂子 2009.8 新潮社(新潮文庫)

神の守り人 上 来訪編』 上橋菜穂子 2009.8 新潮社(新潮文庫)

という作品です。

目次を紹介すると、

序章 シンタダン牢城の虐殺

第一章 災いの子

第二章 逃げる獣 追う猟犬

第三章 罠へと誘う手紙

終章 旅立ち

となっています。

本作は、時系列で言うと、先に紹介した『虚空の旅人』から少し時間を遡ったところから始まり、作品の途中からは前作と時間が重なっているのかなと思われます。

章のタイトルにも表れているように、これまでの作品と比べて、シリアスな場面から物語はスタートします。舞台となるのは、ロタ王国。新ヨゴ皇国との国境に近いシンタダン牢城で恐るべき惨事が起こるのですが、このことはこれから起きようとしていることのまさに「序章」に過ぎなかったことが次第に明らかになっていきます。

ロタ王国が抱えている内政問題である、民族間に横たわっている差別感情、対立する南北の民と格差問題、そして遠くはない将来に訪れる王位継承に係る火種、といった困難な課題をすべて巻き込みながら、ロタ王国の成り立ちと存亡に関わってくる恐るべき出来事が着々と進行しつつあったことは、まだその時ごくわずかな人間しか知る由はありませんでした。

こうした現実顔負けの内政問題を物語の中に位置づけて、しかもそれらを重要な要素として作品を成り立たせていることについて、こうして書き並べてみると、人によってはファンタジーの世界には馴染まないのではないかと考える人がいても、それは普通ではないかと思います。

しかしこの作品を読んでいくと、この課題多き国に暮らす人々はそうした背景があるからこそ「生きて」いる、こんな現実を変えたいと思う気持ち・人がいて、現実を「超越」した何かの力と、「変革」を欲しているというリアルがひしひしと伝わってきて、こうした課題を作中で幾度も書きだしてはクローズアップしていくというのは、この物語にとってある種必然であったのかなと納得してしまった次第です。

もちろん、それには作者の、物語を最後まで破綻させずに、またそういった現実世界ともリンクしてくる課題に終始するだけで「物語・ファンタジー」としての輝きを失わせ、その魅力をくすませてしまうことがないだけの確かな筆力とバランスが求められ、何よりも読者を物語の最後まで連れて行き、見届けさせてくれる魅力あるストーリーが必要なのではないかと思います。

その点で言うと、この『守り人・旅人』シリーズの話題性や人気を見るに、その答えは自ずと明らかになっているのではないかと私は思います。

ちょっと何を言いたいのか分かりにくい文章になってしまいましたが、シンプルに言ってしまえば、今回のロタ王国と新ヨゴ皇国を行き来するバルサたちの旅も、世界が拓けていき理解が深まっていく喜びと、時に緊迫した命のやり取りを織り込んだ魅力あふれるものであったことは間違いないということです。

バルサが、そのまだ幼さの残る兄妹を最初に目にしたのは、タンダと共に「ヨゴの草市」を訪れ、ぼんやりと人の往来をながめていたときでした。兄妹を連れて歩く商人がその妹に向かって発したある言葉が、バルサ自身の幼いころの苦い思い出を呼び起こしたのです。

兄のチキサと妹のアスラは「タルの民」であり、商人たちはこの兄妹を売ろうとしていたのです。バルサはこの兄妹をそのまま放っておくことが出来ず、商人たちがいる宿屋の部屋へと向かいます。しかし、その時その少女の悲鳴が聞こえ、それと時を同じくしてバルサの身にも思わず鳥肌が立つ程の何かが起こったのです。

なにも見えなかったが、バルサは、なにかが自分にむかって飛んでくるのを感じて、ぎりぎりで、それをかわした。

考えている暇はなかった。気配に反応して身体が動くにまかせ、バルサは、ひたすらに、目に見えぬなにかを避けつづけた。喉にせまってくる神速の槍の穂先を幾度となくかわしてきた、身に沁みこんだ経験が、かろうじてバルサの命を救っていた。(P49)

バルサは命の危機は免れたものの、代わりに脇腹に獣に咬まれたような傷を負ってしまいます。バルサが救おうとした兄妹は無事でしたが、商人たちはみな喉を咬み裂かれて死んでしまっていました。そして、それはシンタダン牢城での惨事を思い出させるものだったのです。

同じ宿屋にいた、タンダの知り合いでロタ王に仕える呪術師のスファルは、アスラが生きている限り災いがひろがるのを防ぐ術はないと、タンダに余計な手出しをしないよう忠告します。しかし、そのまま見過ごすことができなかったバルサはある決意をし、タンダにその思いを告げたのです。

「おまえは、身に沁みて知っているはずだぞ。――他人を助けるのが、どういうことか。他人に助けられるのが、どういうことか。……これは一時の用心棒稼業じゃない。へたをすると、一生にかかわることだぞ。情に流されて、自分を捨てるな」

バルサは右手で顎をこすった。そして、うなずいた。

「そうだね。大切に貯めてきたもので、ひたひたに満ちている器を、ひっくりかえして空にする気がないなら、やめたほうがいい」

バルサの目は、怒りとも哀しみともつかぬ光を秘めて、異様に光って見えた。いつもはひと束にむすんでいる髪が背にひろがり、額にもかかって、濃い影をつくっている。(P96)

そして、バルサはどんな深い事情があるにせよ、少女の命を簡単には奪わせないと、アスラを連れて、スファル達のもとから逃亡します。まだアスラに秘められた力の全容は明らかにされていませんが、確かなのはバルサたちが追われる獲物となったことでした。

バルサ達の命をかけた逃亡の行きつく先は、そしてロタ王国の建国の歴史にも関わってくるアスラが持っている力とは。その答えとこの国の未来が交差する終着点、ジタン祭儀場へと向けて、バルサたちの旅は、次巻「帰還編」へと続きます。

◎関連リンク◎

上橋菜穂子『神の守り人―上 来訪編―』(新潮社)

守り人&旅人 スペシャルページ(偕成社)

85冊目 『精霊の守り人』(2009年11月28日)

86冊目 『闇の守り人』(2009年11月30日)

87冊目 『夢の守り人』(2009年12月19日)

88冊目 『虚空の旅人』(2009年12月20日)

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2009年12月20日 (日)

88冊目 『虚空の旅人』

さて、この年の瀬の週末、日本列島にはこの冬一番の寒波がやってきておりますが、私には引き続き上橋作品の猛烈な風が吹き込んできております。

今回私が紹介するのは、『守り人・旅人シリーズ』の第四弾である、

『虚空の旅人』 上橋菜穂子 2008.8 新潮社(新潮文庫)

虚空の旅人』 上橋菜穂子 2008.8 新潮社(新潮文庫)

という作品です。

目次を紹介すると、

序章 海から吹く風

第一章 海の都

第二章 呪い

第三章 儀式の夜

終章 虚空を飛ぶハヤブサ

となっています。

さてみなさん(「浜村淳」さん風に)、お気づきでしょうか。作品をすでに手にされた方は知っている、タイトルの使い分け。

そうなんです、今回のタイトルは「守り人」ではなく「旅人」なんです。守り人とはバルサのことでしたが、では、「旅人」は?

このシリーズのもう一人の主人公、それは新ヨゴ皇国の皇太子チャグムのことです。今回の作品において、チャグムは南の隣国である「サンガル王国」を舞台とした国際紛争の渦に巻き込まれてしまいます。

文庫版の最初にある世界地図を見ると、今までの作品で舞台となってきた新ヨゴ皇国やカンバル王国は北方に位置しており、南にはヤルターシ海という大きな海が広がっていて、更に南へ下っていくと、他の国々を呑み込みつつある、南の大陸のタルシュ帝国がすぐそこまで来ていることがよく分かります。この地図を見ていると、作中の世界は一体どこまで拡がっていくんだろうという、とんでもなく大きな期待感にワクワクが止まりません。

これまでの作品の舞台としては、山や川、地底などがありましたが、今回は多くの島々からなるサンガル王国が舞台となっているということで、海の世界が登場します。そして、本作でも、これまでと同様にもう一つの世界である、ナユーグルが存在しています。

サンガル王国から「新王即位ノ儀」への招待が届き、チャグムは星読博士であり、相談役でもあるシュガとともにサンガル王国の都へと向かいます。しかし、この即位ノ儀には、国の内外に不穏な動きが見え隠れしていたのです。

都では招待された各国の代表を前にして、「祝いの演武」が行われることになっていたのですが、そこにはサンガル王国の第二王子タルサンも参加していました。王子の身でありながら演武をおこなえる自由さを羨ましく思っていたチャグムに対して、タルサンは王に即位する兄のカルナン王子から、同じ十四歳でも物腰や受け答え、気品がこうも違うかと言われ、隙あらばチャグムに恥をかかせようともくろんでいました。演武が始まり、激しいぶつかり合いを繰り返しながら、ついにタルサンはチャグムを狙いにいき…。

この場面は、長い付き合いのチャグムに肩入れしていたので、読みながら胸がスッとしました。いやはや、さすがバルサと共に生活していただけあって、チャグムも相当腕を上げていたようです。それは身のこなしだけでなく、見事な立ち居振る舞いにも現れていました。読者として、このような成長した姿を見られるほど嬉しいことはありません。

そして…。まだまだ少年でありながら、国と国とのやり取りをせねばならない重責を担っているチャグムにとって、同じ年頃であるタルサンとの出会いは、そう簡単には失いたくないものでした。

「こんなくだらないことを、わたしたちのあいだに刺さった棘にしたくない」

タルサンは眉をひそめ、色白の皇太子の黒い目を見つめた。

皇太子の目に、自分自身を嫌悪している色が浮かんでいるのに気づいて、タルサンは、驚いた。えらそうなことを言ってしまった自分を、いやなやつだと恥じている気持ちが、チャグムの、かすかにしかめられた顔にも、現れていた。――超然と見おろすような表情は消えて、おなじ年頃の少年の顔が、はじめて見えていた。(P86-87)

この場面の「そういう話をしましょう」は、チャグムとタルサンを国際関係の舞台から一気に同じ年頃の少年同士にまで視点を引き下げ、そして心を近づけていて、すごく好きなセリフです。

さて、不穏な空気はやはり、南のタルシュ帝国からやってきているようでした。海の民であるラッシャロー達が襲撃を受ける場面では、大漁の喜びから一転して命を狙われ、一家が離散してしまうというとんでもない展開になり、今後待ち受けているタルシュ帝国との対決は避けられそうにないと、国同士の戦いを予感させて、とても哀しくなりました。何より一番苦しむのは、国よりも、そこに暮らす市井の人々なのです。

今回、バルサは登場こそしなかったものの、バルサとの出会いにより大きく運命が変わったチャグムが大活躍し、またその言動や思いやりの心、理不尽さに対する怒りなどは、シュガならずとも、今後の活躍を期待したくなり、またその器の大きさを垣間見せていることも非常に嬉しいことでした。

サンガル王国の危機に際し、自らも命をかけたチャグム。そのことがもたらした大きな変化。そう、兵士は駒ではない。

兵士たちを誇らしげに従えて出発していくタルサンの後ろ姿を見ながら、チャグムは、自分が兵を率いるときは、きっと、誇りよりは痛みを感じているだろう、と思った。(P375)

今回のサンガル王国の危機によって、タルシュ帝国に立ち向かうために北方の隣国同士の絆が深まることになりました。北の隣国、カンバル王のラダール、そして西の隣国、ロタ王のヨーサム、彼らと手を組まねば、タルシュ帝国の北上をくい止めることは容易いことではないようです。

最初に登場したときは、何とも弱々しく思えたチャグムが、これほどまでに成長してきたことにより、今後のバルサとの人生の接点がますます面白くなってきました。上橋先生、本当にこの作品はすごいです。最後にあとがきを紹介します。

もともと私は、「多音声の物語」を書いてみたい、と思っていました。社会的立場も、文化的背景も異なる多くの存在がひしめく世界を描いてみたかったのです。

多くの異なる民俗、異なる立場にある人々が、それぞれの世界観や価値観をもって暮す世界――そういうものを、生々しく具現化できたらと願っていました。

その欲求を思いっきりぶちこんで書いたのが、この『虚空の旅人』です。(P383)

ようやくここまで辿り着きました。これで昨年分の再読は完了し、いよいよ未知なる旅『神の守り人』へと私は旅だったのでした。

(これが一ヶ月ほど前の話です。時間が経つのが早すぎるよ~)

◎関連リンク◎

上橋菜穂子『虚空の旅人』(新潮社)

守り人&旅人 スペシャルページ(偕成社)

85冊目 『精霊の守り人』(2009年11月28日)

86冊目 『闇の守り人』(2009年11月30日)

87冊目 『夢の守り人』(2009年12月19日)

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2009年12月19日 (土)

87冊目 『夢の守り人』

早朝のあまりの冷え込みに、自然と目が覚めてしまう今日この頃。もうすぐ2009年がいろんな思いを連れて去ってしまうので、今のうちにいろいろと書き記しておきたいと思います。

今回紹介するのは、『守り人・旅人シリーズ』の第三弾である、

『夢の守り人』 上橋菜穂子 2008.1 新潮社(新潮文庫)

夢の守り人』 上橋菜穂子 2008.1 新潮社(新潮文庫)

という作品です。

目次を紹介すると、

序章 〈花〉の種が芽吹くとき

第一章 〈花〉の夢

第二章 〈花守り〉

第三章 〈花〉への道

第四章 〈花の夜〉

終章 夏の日

となっています。

カンバル王国で、自らの運命としっかり対峙したバルサ。本作では、旅の途中、バルサが「人狩り」から一人の若者を救おうと立ち上がる場面から物語は語り始められます。

その圧倒的な強さでバルサが救った若者・ユグノが「リー・トゥ・ルエン(木霊の想い人)」だったことから、バルサの新たな旅が始まるのです。ユグノの歌声は不思議な力を秘めていました。

ユグノの声は、風よりも軽く、さざ波よりも繊細に、大気をゆらした。そして、あたりの木々のあいだ、草のあいだから、いくつもの声が――細く高い、低く太い、なんともいえぬ複雑な旋律をもった声が、響きはじめた。

糸が織りあわされるように、声と声とが響きあい、響きが響きを織り……バルサは全身が波にゆすられ、泡だっていくような――意識さえも泡だっていくような、たまらない感覚にとらわれていた。

身体と心をかたちづくっているものの、ひとつひとつが、歌声に共鳴して、ふるえている。

湧きあがるよろこびが、渦を巻いて天にのぼり……消えていった。(P41-42)

場面は変わって、バルサの幼なじみで呪術師のタンダは姪のカヤを診察していました。カヤは眠りについたまま、何をしても起きなくなってしまっていたのです。原因がはっきりと分からないまま、師匠であるトロガイにその話をしたところ、なんと一ノ妃も眠ったまま起きなくなってしまっているといいます。

トロガイは、ぽつりと「花の夜」がおとずれたのかもしれないと言うと、はじめてタンダに自分の哀しく、不思議な過去の話を語りはじめました。話が終わった後、カヤを救いたいというタンダにトロガイは釘をさします。

「バルサとおまえには、決定的にちがうところがあるんだよ。気づいてるかい?あいつは、ひどくさびしいやつで、いつも自分の人生を、今いるところまでだと思ってる。先を夢みていないから、命をかける瞬間の思いきりがちがう。

でも、おまえはそうじゃない。おまえは先を夢みてる。この先の人生を楽しみにしているだろう?おまえが命をかけるのは、こうせねばならぬからという信念のためだ」

「きっと、おまえは自分の信念のために死ぬだろうよ。おまえは、そういう馬鹿だ。

だけど、いやじゃないか、え?死ぬ瞬間に、この先にあったかもしれない未来を思いうかべるような死にざまは、さ。――おまえに、そういう死に方をしてほしくないだけさ。」(P84)

トロガイの忠告を受けつつも、カヤを救うために自らの魂を飛ばしたタンダ。花が咲く異界にやってきたタンダは、悪意を持ったなにかに魂を捕らわれてしまい、現実の自らの身体を乗っ取られてしまいます。

ユグノを狙う化け物と化したタンダと、対決しようとするもタンダのことを思い、なかなか傷つけることが出来ないバルサ。これまで命のやり取りを数多くこなしてきたバルサにとっても、幼なじみの身体を持った化け物と戦わねばならぬという、これほど辛い戦いはかつてないものだったに違いありません。

シリーズ第一作で登場した人物たちも数多く登場するのですが、中でも成長したチャグムの姿が描かれていること、そして第一作に本作の重要な伏線があったことに気づかされることなど、シリーズとして、物語の深みを感じさせられる第三作となっています。

タンダやトロガイについての描写が多く、バルサ以外の登場人物の人となりを更に知ることで、この世界について、読者がより深く嵌っていく作品に仕上がっていると思います。

さて、物語を読み終えた後のもう一つの楽しみと言えば、「解説」ですが、本作ではその役目を養老孟司さんが務められていて、これがとても素晴らしい文章でした。読み終わった後の余韻を更に豊かなものにしてくれていると思います。

よいファンタジーには、悪人はいない。上橋さんの「守り人」シリーズはその典型である。良い人の、悪い行動があるだけである。人はよい動機からですら、悪いことをする。むしろよい動機があるからこそ、悪いことをする結果になる。それがわかってないと、ただの善玉、悪玉になってしまうのである。(P347)

皇太子チャグムは、楽しかったバルサたちとの旅や過ごした日々を思い出しながら、帝位継承者としての自らの運命を受け入れようとしていますが、まだまだ若いチャグムにとって、その運命を呑み込むには時間がかかりそうです。

当代最高の呪術師としてその名を広く知られるトロガイにも、悲しい若い時代があったことが語られ、どれほど月日が経とうが、未だにトロガイにとって向き合うことが辛い出来事が過去にあったのだと本書では明かされています。

本シリーズが多くの人に愛されるのは、登場する人物の誰もが順風満帆ではなく、その社会的な位置や運命に翻弄され、悲しみや辛さを背負いながらも、絆を結びあい、喜びを分かち合っていくところにあるような気がします。

バルサ、タンダ、トロガイ、そしてチャグム。物語の中を生きる彼らの生き様。シリーズが進むにつれて、彼らだったらこうするだろう、こう言うだろうというのが、読み手である自分にも分かってくるのが嬉しくて、更に続いていく彼らの旅路を追いかけています。

◎関連リンク◎

上橋菜穂子『夢の守り人』(新潮社)

守り人&旅人 スペシャルページ(偕成社)

85冊目 『精霊の守り人』(2009年11月28日)

86冊目 『闇の守り人』(2009年11月30日)

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2009年11月30日 (月)

86冊目 『闇の守り人』

すぐそこに、今年も師走がやってきました。どうしても何かと急いてしまう日常にあって、ふと心を立ち止まらせることができる読書の時間をとれるよう、心がけたいなと思います。

さて、先日、上橋菜穂子さんの『精霊の守り人』を紹介しましたが、未読の方は本当にお勧めなので是非読んでほしいなと思います。もう読まれた方は、今回も一緒にバルサの旅を追っていくことにしましょう。今回私が紹介するのは、

『闇の守り人』 上橋菜穂子 2007.7 新潮社(新潮文庫)

闇の守り人』 上橋菜穂子 2007.7 新潮社(新潮文庫)

という本です。『守り人・旅人シリーズ』の第二作目の作品です。

目次を紹介すると、

序章 闇の中へ

第一章 闇の底に眠っていたもの

第二章 動きだした闇

第三章 <山の王>の民

第四章 <ルイシャ贈りの儀式>

終章 闇の彼方

となっています。

『精霊の守り人』はバルサの長い旅路の序章、チャグムとの出会い、そして私たち読み手との出会いの物語でもありました。前作で少しだけ語られたバルサの壮絶な過去の一端。

用心棒として、否、家族のように思えるようになったチャグムを守り抜いたバルサは、生まれ故郷であるカンバル王国へと向かっていました。故郷を訪れるということ、それはバルサにとって、大変な覚悟を伴うものであったに違いありません。

バルサは、これまでずっと、故郷を忘れようとしてきた。バルサにとって、故郷は、ふれれば痛む古傷のようなものだったからだ。

身体についた傷は、時が経てば癒える。だが、心の底についた傷は、忘れようとすればするほど、深くなっていくものだ。それを癒す方法はただひとつ。――きちんと、その傷を見つめるしかない。(P19)

幼いバルサは、当時何も分からないまま、家族と引き離され、その後養父となる、父・カルナの親友であったジグロと共に、カンバル王国を脱出します。王国の暗い陰謀によって命の危険に晒されていたことを知る由もなかったバルサ。苛烈な運命の歯車はこの時動き出したまま、今もバルサの心に行き場のない怒りと苦しみを残し続けていたのです。

25年ぶりに戻ってきた故郷、カンバル王国では、真実は闇の中に葬られ、全く違う話が事実として人々に記憶されているようでした。友との約束を守りバルサを救ったジグロは、国を裏切った悪人に仕立て上げられ、かつては百年にひとりといわれるほどの天才的な短槍使いとしてその名を轟かせ、氏族の誇りとされた男であったはずが、今では氏族の恥として蔑まれ、氏族の名を貶めた者として恨みの対象にもなっていたのです。

国の状態はというと、もともと貧しい王国であるカンバルにとって、とてつもない富である宝石「ルイシャ」を得る機会である「ルイシャ贈りの儀式」も、もう何十年も訪れない状態が続いていました。

捻じ曲げられた真実と、訪れることのない「ルイシャ贈りの儀式」。そこへ25年ぶりに故郷の地を踏んだバルサの存在が、この国の人々を、そして過去と表裏一体である未来を動かしていくことになります。

いくらあらすじを書いたところで、この作品のすごさを百分の一も伝えられないであろうことがもどかしいですが、私が伝えたいのは、この作品を未読の人は本当に羨ましいなという素直な気持ちです。

もう一度白紙の心でこの物語と出会いたい。

物語はクライマックスに向けて、読み手の感情を揺さぶり続けます。自らの心の傷口から目を逸らすことなく、辛くても見つめようとしたバルサだったからこそ、その瞬間は訪れたのでしょう。

弔いの槍舞いの衝撃。

本当にバルサが必要とした人と、お互いが本心でぶつかり合った場面では、もはや涙が流れるのを止めることは出来ませんでした。作品としてはファンタジーの王道と言われるのかもしれませんが、決してこの物語は子どもだけのものではありません。むしろ、子どもの頃には分からなかったであろう、人が「生きて」いくうえで呑み込まねばならない複雑な気持ちや、受け入れるしかない不本意な運命といったものが、大人の読み手であるからこそ分かる部分もあると感じる作品です。

上橋さんは、あとがきでこう綴られています。

偕成社から出版されている軽装版の後書きにも書きましたが、『精霊の守り人』は、子どもたちに人気がある一方で、『闇の守り人』は大人から支持されているようです。これは、多分、『闇の守り人』は、バルサという大人が、過去と向きあう物語だからなのでしょう。

バルサは、なんらかの事件の渦中にある人を守る用心棒なので、もともとは事件の当事者ではありません。ですから、たとえ主人公として立っていても、どこか「傍らに居る」感じのする人です。

しかし、「守り人シリーズ」全十巻の中で、本書は唯一、バルサ自身が事件の核となる部分があり、それゆえ、彼女の葛藤が物語の中核を貫くことになりました。大人が『闇の守り人』を支持してくださる理由は、きっと、そこにあるのだろうと感じています。(P378-379)

昨年、その時の感想を記事には出来ませんでしたが、自分の中では2008年に読んだ作品の中で、一番心を動かされた、感動した作品です。さらにつけ加えると、感動だけにとどまらず、物語としての面白さもあり、一度読み始めると、どうしても先が読みたくなり、散りばめられた伏線と謎の真実を知りたくなり、思わず徹夜してしまったほどでした。

前作の『精霊の守り人』と合わせて、本当にお勧めの作品です。カンバルで古い傷と向き合ったバルサの旅は、ここから更に続いていきます。

「やってくれるだろう。わしはな、運命がバルサをこの地に呼んだのだと思っているんだ。バルサには、運命なんて言葉で、かるがるしくかたづけるな、とどなられたがな。だが、この世には、こんなことが――ふしぎな糸で、たぐりよせられるようなことが、ときおり起こるものだ。そうじゃないかね?」(P298)

◎関連リンク◎

上橋菜穂子『闇の守り人』(新潮社)

守り人&旅人 スペシャルページ(偕成社)

85冊目 『精霊の守り人』(2009年11月28日)

はっちの太鼓本 乱打太鼓本だ~♪どどんがどんっ!

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2009年11月28日 (土)

85冊目 『精霊の守り人』

あの時から1年が過ぎました。あの時とは、この物語を初めて読んだ時。いつか感想を書こうと思っている間に、待望の文庫版の続編も刊行され、ようやくこの秋、このシリーズをもう一度読みなおそうと思い、これまで少しずつ読み進めてきました。今回私が紹介するのは、

『精霊の守り人』 上橋菜穂子 2007.4 新潮社(新潮文庫)

精霊の守り人』 上橋菜穂子 2007.4 新潮社(新潮文庫)

という本です。本書は、上橋さんの人気作品である『守り人・旅人シリーズ』の幕開けとなった、記念すべき第一作です。

昨年、『獣の奏者』を読んで、そのあまりの面白さに感動し、これは他の作品も読まねばと、次々と上橋さんの作品を読みました。先に感想を言ってしまうと、このシリーズも期待を裏切らない上質な面白さと感動を与えてくれた作品でした。

目次を紹介すると、

序章 皇子救出

第一章 皇子の身体に宿ったもの

第二章 卵を食らう魔物

第三章 孵化

終章 雨の中で

となっています。

本書の、そしてこの広大なシリーズの主人公、バルサの物語はここから語られ始めました。

バルサが鳥影橋を渡っていたとき、皇族の行列が、ちょうど一本上流の、山影橋にさしかかっていたことが、バルサの運命を変えた。(P14)

バルサは今年三十。さして大柄ではないが、筋肉のひきしまった柔軟な身体つきをしている。長い脂っけのない黒髪をうなじでたばね、化粧ひとつしていない顔は日に焼けて、すでに小じわが見える。

しかし、バルサをひと目見た人は、まず、その目にひきつけられるだろう。その黒い瞳には驚くほど強い精気があった。がっしりとした顎とその目を見れば、バルサが容易に手玉にはとれぬ女であることがわかるはずだ。――そして、武術の心得のある者が見れば、その手強さにも気づくだろう。(P14)

「短槍使いのバルサ」の名で知られる女用心棒のバルサは、たまたま命を救った少年が新ヨゴ皇国の第二皇子であったことで、その母親である二ノ妃から助けを求められます。それは、命を狙われている第二皇子のチャグムを連れて逃げ、生きのびさせてほしいというものでした。

断ればその場で殺されるかもしれないこの時点で、バルサに残された選択肢は、それを受け入れ、チャグムを連れて逃げることしかありませんでした。こうして、バルサとチャグムの逃亡が始まります。

皇族としてこれまでずっと暮らしてきた宮を脱出し、生きるために逃げることを余儀なくされたチャグム。バルサとの逃走は知らないこと、驚きの連続でした。

「お、ぶさる、とは、どういうことか?」

「おぶさるっていうのは、背負われることだよ。平民の子は赤ん坊の頃から、おっかさんが仕事をしているあいだ、おっかさんにおぶわれているものなのさ。……知らないことは、お聞き。知らなくてあたりまえなんだから、気にすることはない。ゆっくり慣れていけばいいさ」(P68-69)

チャグムが命を狙われる理由。それは、チャグムの身に「恐ろしい何か」が宿ってしまったからでした。そのことが表沙汰になれば、国を統治する帝の威信にも関わってくるという理由で、父である帝から命を狙われることになってしまったのです。

しかし、チャグムの身に起きたことは宮中だけの事件にとどまらず、この国に暮らす人々がこれから生きていくことが出来るかという、国の存亡にも関わってくるような、もっと重大な出来事であり、チャグムの身に宿ったものは不思議な力を秘めていたのです。

チャグムを連れて逃走したバルサは、幼馴染みの薬草師・タンダ、当代最高の呪術師と言われるトロガイと合流し、チャグムの身に宿ったものの正体、そして秘密が少しずつ明らかになっていきます。

一方その頃、新ヨゴ皇国の都・光扇京で星読博士たちが住まう星ノ宮でも、若き星読博士シュガが、今回のチャグムに起こった騒動の真実に迫ろうとしていました。星を読み、天ノ神を祭る星読博士、その中で、「星ノ宮一の英才」とささやかれていたシュガは、思いがけない建国以来の秘密を知ることとなります。

チャグムを守ろうとする者たち、チャグムを捕えようとする者たち。そしてもう一つ、チャグムに宿ったものを狙う不気味な魔物の影。

終盤にかけて散りばめられていた伏線が怒涛のように混じり合い、一本の線となっていきます。果たしてバルサ達はチャグムの命を救い、この国の未来を左右する大事なあるものを守ることができるのか。是非未読の方は、自分の目でこの物語を味わってほしいなと思います。

上橋さんの作品の素敵なところは、登場人物の感情がそれはそれは豊かなことです。喜びや悲しみ、苦しみ、そういった感情が時に切なく、痛いくらいに伝わってきて、物語の枠を超えたリアルさを伴って、読み手の心にその世界がドワーっと迫ってくるのです。

そして登場人物の個性の強さもさることながら、その世界観や歴史についても最後まで破綻することなく、どこかにあるかもしれないもう一つの世界へと読者を誘ってくれます。この点については、さすが文化人類学者としても活躍されているだけに、上橋さんが築かれた世界は厚みが半端じゃないなと思わせられます。しかも、シリーズが続いたことによって、その世界が更に広がりを見せることになるとは、本当に恐れ入ります。

壮大な物語の幕開けにふさわしい、本当に素晴らしい作品でした。

そして本書の終わり、バルサは故郷であり、自身の運命を決定的に変えてしまった土地でもある、新ヨゴ皇国の北の国、カンバルへと向かいます。今は亡き、養父ジグロへの思いを胸にして…。

バルサの長い旅は、これからも続いていきます。

◎関連リンク◎

上橋菜穂子『精霊の守り人』(新潮社)

守り人&旅人 スペシャルページ(偕成社)

精霊の守り人

作家の読書道 第95回:上橋菜穂子さん(WEB本の雑誌)

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2009年11月23日 (月)

84冊目 『チャリオ』

自転車に乗る機会が減りました。一応駐輪場にあることはあるのですが、パンクしてしまったままずっと置きっぱなしです。自転車部品の組み立て工場で2年間働いていたにも関わらず…。なので移動する際は徒歩というのにもすっかり慣れてしまいました。

学生時代は自転車には本当にお世話になりました。そして、幾度となく転倒し、ついには自分が前方に飛んで、ズザ~っと着地して後ろを振り返ると、自転車がひっくり返った拍子に180度回転し、左右のハンドルとサドルの三点できれいに立っているという奇跡?を目の当たりにしたことが今となってはいい思い出です。

というわけで、今回私が紹介するのは、

『チャリオ』 雀野日名子 2009.9 角川グループパブリッシング(角川ホラー文庫)

チャリオ』 雀野日名子 2009.9 角川グループパブリッシング(角川ホラー文庫)

という本です。雀野日名子さんは『トンコ』が話題になりましたが、先にこちらを読んでみることにしました。読者には嬉しい、文庫書き下ろし作品です。

目次を見ると、

一 泥喰川

二 駐輪場

三 ルームミラー

四 草むら

五 決 壊

となっています。自転車の物語と言えば、竹内真さんの『自転車少年記』が思い出されますが(未読です)、何故か私は最近手にすることが多い角川ホラー文庫の、このカバー絵とタイトルに惹かれて読み始めてしまいました。出だしのタイトルが「泥喰川(どろばみがわ)」という時点で、もう何か嫌な予感しかしないですね。

タイトルになっている「チャリオ」とは、販売時に自転車につけられていた名前でした。

白い梱包材のあいだから現れたのは、スカイブルーのフレームに稲妻のエンブレムがあしらわれた十八段変速――全国千台限定発売の「チャリオ」だった。(P29)

最初に登場するのは、塾で講師をしている「光一」。光一は小学生として、ほんの一時期を過ごした北陸の田舎町に講師として赴任してきた青年で、なぜよりによってこの町に配属されたのかと、陰鬱な思いを持って日々を過ごしていました。小学生だった当時、引っ越してきたものの、町にも町の住人にも馴染むことが出来ず、暗い思いしか残っていなかったのです。

そんな光一に不思議な出来事が起こります。自分のアパートの玄関前に残されていた泥水とタイヤ痕。最初は隣人の仕業かと疑いますが、そうではないと分かり、しかし更なる自転車による自分へのいたずらと思われる出来事が起こります。

その時、光一は記憶の底にあったあることを思い出すのです。タキだったかアキだったかフルネームは思い出せないものの、自分のことを「コウにいちゃん」と親しく呼びかけては絡みついてきていた少年のことを。そしてあの事件を。

――小4男児行方不明。自転車だけが発見される。

あの日の新聞記事が生々しく浮かびあがる。(P22)

物語は章ごとにある登場人物の視点に特化して語られ、その視点が交差しながら、少しずつ「チャリオ」を接点としたある事件の全容が明らかにされていきます。

光一が少年に対して持っていた歪んだ感情。そして行方不明になった少年の家族が抱えていたそれぞれの複雑な思い。

読み進めていくうちに、誰かの視点というのは、ある一側面しか見えていないのだな、そして本当のところは端から見るのとはやはり微妙に、時には全く違うのだなという思いが心の中に満ちてきます。昔、浜崎あゆみさんが歌っていた「appears」という歌の歌詞を私は思い出しました。

果たしてバラバラになってしまった家族の心と、光一、そして少年の思いはどこへ向かって自転車のように進んでいくのか。私は最後の声にならない場面で、少し救われる気がしたのと同時に、家族というものは時に何かを超越して結びつけられるものなのかもしれないなという気持ちにさせられました。

少年は「チャリオ」に果たして何を語りかけ、何を願ったのか。最後の場面を見るに、これは単純な恨みや復讐だけの物語ではないなと思いました。少年の心を宿した自転車を接点とする、家族の崩壊と再生の物語とも読めるかもしれません。少年の心のどこかに、仲の良い幸せな家族の風景が願いとしてあったのではないか、私はそう感じました。

最後の再会がこの家族にとって、瞬間的なものだったのか、リスタートになるのかは読み手の想像に任されているのかもしれません。私は、この家族ならもう一度やり直せるのではないかと信じたくなりました。

それにしても、著者が作品の中で自転車の動きを独特の言い回しで表現されていたのには、驚かされました。なんだかこればかりが強く印象に残ってしまいました。

べぉん、ぎしし、ずり、ぎぎ、がりり、ぎゅり。

◎関連リンク◎

チャリオ 雀野日名子(web KADOKAWA)

・『トンコ』 雀野日名子 2008.10 角川グループパブリッシング(角川ホラー文庫)

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